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2:髪切り事件と開かずの間

「今、このガッコウで起きている事件、ミズホも知ってイマスね?」


 イズミは神妙な顔付きで言った。

 イズミが所属する新聞部の部室でのことである。

 今は私たち以外の生徒はいない。


「事件っていうと、女子生徒が髪を切られるっていう、あれ?」


 被害者は6人にのぼっているが、誰かの悪質ないたずらだという話だ。


「けど先生達が見回りをするようになってからはなくなったんじゃぁ…」


「ノン。まだ安心はできマセンヨ。私の調べではあれはこのガッコウに巣くう妖怪のシワザなのです。その証拠に髪を切られた生徒は皆体調を崩して学校を休んでイマス」


 イズミは人差し指をピンと立てて言った。

 誰でも突然髪を切られたらショックだろう。

 ショックで体調も崩すかもしれない。

 けれどイズミの考えでは妖怪に生気を吸い取られたということになるらしい。

 そして更にイズミは続ける。


「いいデスカ?ミズホ」


 イズミはまるで刑事か探偵のように手帳を開いた。


「髪を切られた生徒には共通点がありマス。まずは女子というコト。それから黒のロングヘアということ。そして被害に逢ったのは開かずの間の前デス」


 開かずの間とは学園のはずれにある旧講堂で、確かに新しい講堂ができてからは扉にはいつも鍵が掛かっていて開かない。けれど妖怪云々というよりはただ単に使われていないだけという気もする。


「よ…妖怪なんて…はは。人間が犯人でも似たような人を狙うことってあるんじゃないかな?」


 困惑ぎみの笑顔を浮かべてみるが、それに対してイズミは得意げにポケットから小さなピンクの物体を取り出した。


「もう一つ重要な共通点がありマス。みんなこれを持っていマシタ」


 それは折り紙で作ったハートだった。恋のおまじないとして最近流行っている。

 確か好きな人の髪と自分の髪を入れておくというものだ。

 開かずの間の周辺はひと気がなくて告白スポットでもある。

 そこで意中の相手を待つ生徒達がおまじないで恋の成就を願っていたとしても不思議はないけれど。


「ネ?なんだか臭うデショ?」


 イズミは自分の推理に自信満々だった。


「だから協力してほしいノデス」


 すごく嫌な予感がする。


「コレを持って開かずの間へ行ってクレマスね?妖怪が犯人かどうかはっきりさせマショウ!」


 イズミの目は本気だ。

 イズミは金髪だから黒髪の私に目を付けたのだろう。ロングヘアといえなくもないし。

 けれど人間の仕業であれ本当に妖怪が出てくるにせよ…危険だと思う。

 下手をすれば、いや、成功すれば髪を切られて生気を吸い取られるんじゃないだろうか。

 数日前に課題を手伝ってもらったけれど、それに見合わないギブアンドテイクといえた。


 



 半ば引きずられるように木々に囲まれた道を歩く。


「やっぱりやめようよぉ」


 何度目かの講義の声は周りの木に吸い込まれるように思えた。

 すっかり暗くなり、校舎からも遠くて全くひと気が感じられない。

 所々に外灯が灯っているのだが夜の学校は不気味だ。


「も…もし本当に妖怪が出て来たら…すごく危険だと思うんだけど」


「そんな時のために、はいコレ」


 手渡されたのは近くの神社のお守りだった。


「さ、ワタシはここで隠れて見ていますから」


「ええっ!?一人で行くの?」


「そうデス。二人では犯人はきっと出てきマセン。スクープをモノにするためデス。頑張ってクダサイ!」


 なんとしても記事にする気らしい。

 私はイズミに背中を押されてトボトボと歩き始めた。

 旧講堂までのわずかの距離が妙に遠い。

 手にはお守りとハート型に折った折り紙。ハートの中にはさっき髪の毛を入れさせされた。

 何も起こらないことを祈りながらいよいよ旧講堂前の十段ばかりの階段に差し掛かる。

 レンガ作りの階段を昇り、木製の扉の前にたどり着いた。

 辺りに変化はない。

 ホッと息をついた時、物音が聞こえたような気がしてギクリと身体が強張った。

 それはただの風の立てる音だったのかもしれないけれど。

 急に辺りの闇がいっそう濃くなったような気がする。

 木々の間をザァっと風が駆け抜けた。

 逃げ出したくて仕方がないのに手がドアの取っ手へとのびるのをとめられない。

 その時。


「だめだよ」


 声は講堂の中からではない。

 視線をさまよわせればほんの数メートルのところに子どもが立っていた。

 10歳かそれくらいの少年、いや少女だろうか。

 服装からするとボーイッシュな女の子に見える。少年だとしたらずいぶんかわいらしい。

 ぱっちりとした瞳が真っ直ぐこちらを見つめている。


「ここには近付かない方がいいよ」


 繰り返された言葉に、まだ取っ手に掛かったままだった指を慌てて引っこめた。

 扉にくっついてしまったとすら思われた指は驚くほど簡単に離れた。


「君は…」


 どうして一人でこんな所にいるのだろうか。

 尋ねようとして、けれど私は言葉を切った。

 話し声が聞こえたからだ。イズミと女の人の声だった。

 振り返るとイズミと共にもう一人の人物がこちらに来るのが目に入る。

 数日前私を課題漬けにしたあの笠原という教師だった。


「忘れ物はあったのかしら?」


 そう聞かれ戸惑う私にイズミが身振りで話を合わせるように言う。


「はっ、はい!」



「それなら早く帰りなさい。もう遅い時間よ」

 

 かなり苦しい言い訳だが笠原は信じているようだった。

 そんな幸運を逃す手はない。

 さすがのイズミも諦めざるをえない様子で、私達はその場を後にした。


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