19:夏祭りと天狗の長 (1)
空の一族。
それは妖怪の中にあってむしろ神に近い存在――『天狗』。
空を自在に翔る姿から空を統べる一族、空の一族と妖怪達は呼ぶのだという。
蒼は長となりその一族を束ねるはずだった。
それは一帯の妖怪達の頂点に立つに等しい。
私を寮に送り届ける夜道で伊緒里が語ったのはそこまでだった。
だから蒼がなぜ人間の式神になり、人間の側で暮らしているのかはわからない。
まだそれを尋ねるには早すぎる気がしていた。
キーンコーン
チャイムが鳴る。
「はいそこまで!答案用紙を後ろから集めて」
私は教師の声で我に返った。
期末テストの最後の教科を終えて教室は開放感に包まれる。
「ミズホーっ。今日夏祭り行きマスか?行きマスよネ?」
教師が教室から立ち去ってすぐイズミが座っている私を後ろから抱きしめた。
「ゴメン。今日バイトなんだ」
「エーッ!ミズホ最近バイトばかりで付き合い悪すぎマス」
「ごめん!ほんとごめんね」
ふくれるイズミに誤り倒すしかなかった。
イズミには悪いが本当はバイトではない。
最近ではバイトも減らしているくらいたのだ。
本当は妖怪の住むマンションで陰陽師の末裔にして学園のアイドル叶斗王子に術を教えてもらっているなんてことはオカルト大好きのイズミには口が裂けても言えなかった。
けれどここ一週間はcafe Sakuraに顔を出していない。
テスト勉強のために術の勉強を休むことに叶斗は怒ったが学年トップの成績の彼に対し私はいつも全教科可もなく不可もなくといった感じ、気を抜けば補習や追試に時間を裂かなければならなくなる。
しぶしぶ一週間の休みを与えられたのだのだ。
おかげで何とかいつも通りの点数はとれそうだ。
そしてテスト最終日の今日は学校が終わったら必ず来るようにと念を押されたのだった。
きっと休んだ分の勉強が待っているんだろう。
試験が終わってすぐだけに少し気が重かった。
cafe Sakuraは午後のひと時を楽しむ人々でいつになく賑わいを見せていた。
いや、賑わいどころではなく混み合っている。
その上小さな妖怪達が店内を走り回っているなどということは初めてだった。
店内に人間がどれほどいるのかは疑問だ。
その場にいる数少ない人間であろう叶斗の姿は雑踏の向こう、カウンター席にあった。
隣には蒼の小さな後ろ姿。
「いらっしゃいませー」
「いらっしゃいませー」
カウンターに向かおうとするとウェイトレス姿の女の子が二人両脇から現れた。
私と変わらない年頃に見える。
この店で朔良以外の店員を見たのも初めてだった。
「ただ今満席となっております」
「おりまーす」
顔も声もそっくりの二人だ。
「水穂!」
見ればこちらに気づいた蒼が大きく手を振っていた。
「あなたが水穂さんでしたか」
「どうぞこちらへ」
カウンターの『予約席』のプレートが置かれた席に通される。
「期末テストどうだった?」
「たぶん…大丈夫」
「そ。よかった。お疲れ様」
蒼はいつものように可愛らしい笑顔で迎えてくれた。
叶斗はこちらをチラリと見ただけだ。
朔良が入れてくれた紅茶を一口、そして術の基本を記した冊子を取り出す。
「今日は術を覚える時間なんてないぞ」
そっけない叶斗の言葉。
どういう意味なのかわからなくて蒼に視線を移した。
「今日はお祭りの日だから勉強はお休み。すぐに出かけるから」
「えっ?お祭り…って。もしかして隣町の神社?」
蒼が頷く。
それはイズミに誘われたあのお祭りだった。
「人間だけじゃなくお祭り好きの妖達が集まって来るもんだから見回りに行くんだよ」
祭りの前に妖怪達がここに立ち寄るのも毎年恒例らしい。
「まったく、どうして人ごみをぶらぶら歩き回らなければならないんだ」
叶斗は人ごみが苦手のようでぶつくさと文句を言う。
私が紅茶を飲み終えたころにちょうど出発の時間となった。
「そうそう、あやめさんと渚さんがお神楽を舞われるそうですよ」
隣町の神社はあやめの家の分社だからと朔良が教えてくれた。
「楽しんでいらして下さい」
「いってらっしゃーい」
「いってらっしゃーい」
双子が揃って手を振った。




