13:榊河家と式神 (4)
私は『妖怪マンション』の最上階、榊河叶斗宅の一室にいる。
ゲストルームだという部屋には大きなベッドがあり、家具なども高級ホテルさながらに調えられていた。
落ち着かない空間で私は小さくため息をもらした。
何故こんな展開になったのだろうか。
cafe Sakuraを叶斗が去ってしまった後、桐組の三人も自室へと引き上げていった。
このマンションの住人はここで食事を済ませる者も多いらしく、朔良はその準備にとりかかる。
「あの、私もそろそろ帰ります。おじゃましました」
結局ここに呼ばれた理由は明日に持ち越しということなので寮に戻ろうとした私に伊緒里は思いがけない提案をした。
「待った待った。外はえらい雨やで。もう少しゆっくりしていき。せや!どうせまた明日来なあかんねんから叶斗のとこに泊まっていけばええんや。そうや、それがええ」
ちょうど明日は学校も休みや、と一人でしきりに納得する。
「ウチも泊まるつもりやし遠慮はいらん。つもる話もあるしな」
先ほど初めて会ったばかりでまだ話がつもる時間があったようには思えなかったけれど伊緒里はそんなことは気にしていない。
遠慮します。
その一言がなぜ言えなかったのか。
「ええよな?蒼ちゃん」
私の無言を了解だととった伊緒里はさっさと蒼の許可をとりつけた。
叶斗の許可は…必要ないらしかった。
叶斗宅はワンフロアを占める豪邸だった。
今いる部屋も廊下にしても広々と、解放感にあふれている。
おまけに中庭があって緑が植わっていて…マンションの最上階だということを忘れさせる造りだった。
それなのに現在ここに住んでいるのは叶斗と蒼だけらしい。
二人で住むには広すぎると蒼は不満をもらしていた。
広いゆえに同じ家の中でも叶斗と顔を合わせることが少なそうなのはありがたかったが、大企業でもある榊河家と庶民との差を思い知る。
ひとしきりソワソワしてからベッドに転がってみだが、すぐにドアをノックする音に体を起こした。
「はい」
「ウチや、伊緒里や。入るで」
言い終わると同時にドアは開いていた。
「着替え持ってきたんや。制服のままやと寝られへんやろ」
差し出されたのは白地に赤い花模様の浴衣だ。
自分のものを貸してくれたのだろう。
私がそれを受け取っても伊緒里に帰る気配はない。
そのまま窓際に置かれたソファに腰を下ろした。
「水穂ゆうたっけ?」
「はいっ」
伊緒里はcafe Sakuraに現れた時とはうってかわって親しげな笑みを浮かべた。
「まぁまぁそう固くならんといてえな。これから長い付き合いになるんやからな」
「長い…付き合い…ですか。伊緒里さんも榊河家の方なんですよね?やっぱり妖怪退治を?」
「ああウチは式や。叶斗の叔父、榊河暁史のな」
「式…神?」
そうや、と伊緒里は得意げに頷く。
よく考えれば式神が蒼だけとは限らないのにその答えは想像していなかった。
「今は関西の方を担当しとる。まぁあっちは最近平和やから会社の仕事の方が忙しいて。榊河はアパレル業界にも参入したよってにそっちの方がな」
蒼にしてもだが一見しただけでは人間にしか見えない。
「そや、これヌエちゃんストラップ。うちんとこの子供服のキャラクターや。良かったらつこて」
そのストラップに付いている人形は黒いクマのようなウサギのようなはたまたネコのような動物で見覚えがある。
「ストラップも蒼ちゃんが持っとるカバンも非売品や。レアもんやで」
そう、蒼のバッグと同じキャラクターだ。
よかったらと言いつつも是非とも今すぐに付けてくれという視線に私は携帯を取り出しストラップを取り付けた。
伊緒里は満足げだ。
「あの、聞きたいことがあるんです」
少しの間を置いて私は口を開いた。
「ん?何でも聞いてや」
「蒼くんは榊河くんの式神になるはずだったんですよね?でも私聞いたんです。榊河くんは蒼くんのこと式神にできなかったんだって」
「そんなこと誰から聞いたんや!?」
私が学校に住み着いている妖怪から聞いたと言うと伊緒里はあの子ら噂好きやからなぁと困ったようにつぶやいた。
「んー叶斗はな…契約に失敗したんや。もう六年ほども前になるなぁ。その二年程前に蒼ちゃんの主人やった叶斗の父親が亡くなってな。確かに叶斗なら蒼ちゃんを式にできる資質あるて言われてたけど。10歳の子供やった叶斗はまだ未熟やったんや。危険を押して決行した契約の儀式は失敗して…ひどい惨状やった。叶斗も怪我したけどそれをかばった蒼ちゃんはもっとヒドい怪我してしもたんや」
「どうして危険だとわかっていてそんなこと」
「焦っとったんやろな。榊河の式の中で蒼ちゃんは別格や。だから蒼ちゃんを式にできたら榊河の中で一番の実力を持っとるゆうことになる。叶斗は自分が幼いせいでその座を他に譲るんは嫌やったんや」
「蒼くんにヒドいことをしたら怒るって言ったのはそういう事があったからですか?」
「あぁあれは叶斗のことちゃうで。昔、式を道具としか見てへんひどい奴がおったんや。っとこの話は今はええ。とにかく叶斗はそういうんと違て蒼ちゃんのこと家族みたいに思ってるからな」
「でも榊河くん、蒼くんが自分のこと弟みたいなものだって言っていたって知って怒ってました」
「叶斗はそういうこと言うと子供扱いされてるて思っていつも怒るんや。せやけど叶斗は蒼ちゃんに大ケガさせたせいでもう一度儀式に挑むことずっとためらっとったくらいや、大事に思ってないわけやない」
「じゃあ、私がよけいなことしなければ、榊河くんは…」
「蒼ちゃんを式にできたかもしれへんな。せやけど聞いた話やとあのままやったらみんな危なかったんやろ?ウチはあんたが蒼ちゃんを助けてくれて感謝してるんやで」
伊緒里の言葉は真っ直ぐで、偽りがないように思えた。
伊緒里もまた蒼の事を大切に思っているに違いない。
「あ!もうこんな時間や!うち、見たい番組あるんや。ほなまた明日な!!」
急に立ち上がると伊緒里は慌ただしく去って行った。
足音が遠ざかり急に静けさを取り戻す室内。
取り残された気持ちになる。
伊緒里はああ言ってくれたけど、やはり叶斗から大切なものを奪ってしまった罪悪感の方が大きい。
叶斗の叔父榊河暁史とはどんな人物なのか。
その人は私に何を告げるのか。
答えの見えない疑問ばかりが浮かんで私は眠れない夜を過ごすこととなった。




