11:榊河家と式神 (2)
「た、大変なんです!蒼くんが!!」
店内に入るが早いか私はそう叫んでいた。
招かれざるものは見つける事ができない店『cafe Sakura』。
道に迷いつつもたどり着けた事にひとまず安堵する。
店主の朔良が息を切らして飛び込んできた私を見て女性のような顔立ちに心配そうな表情を浮かべた。
「蒼さんがどうしました!?」
「いきなり連れ去られて!私、どうしたら…あの、榊河くんがここで待ってるって聞いて」
「あー落ち着いてください。はい、お水ですよ」
差し出された水を一気に飲み干し息を整える。
そこでやっとテーブル席に人がいることに気付いた。
榊河叶斗その人だ。
制服姿のままの清森学園のアイドルは眉を寄せてこちらを見つめていた。
というか睨んでいた。
整った顔立ちだけにかなり怖い。
「騒がしい…」
前回会った時より更に不機嫌そうだ。
「蒼が連れ去られただと?いったいどんな奴にだ?」
「えっと、黒い立派な車が突然やって来て…。顔は見えなかったけど、見えた手は女の人だったような…」
「なるほど。全く面倒な」
「そんなに落ち着いていていいんですか!?」
「…そのうち帰ってくるだろう」
自分の式神ではないから誘拐されたって関係ないのだろうか。
それはあんまりではないか。
蒼は叶斗を弟のような存在と思っているのに。
「ヒドすぎます!蒼くんはあなたのこと弟みたいに大切に思ってるって言ってたのに!!」
「弟だと?あいつそんな事言ってたのか!」
しまった、怒るから言うなと言われていたのについ口走ってしまった。
「だいたい何故僕が酷いなどとののしられなければならないんだ。いいか?僕は君の事だって認めた訳じゃないからな!」
叶斗はそっぽを向いてしまった。
「ま、まあまあ二人とも…」
やや遅れぎみの制止が入る。
その声に続いてドアのベルがカランコロンと耳ざわりの良い音を響かせた。
入ってきたのは三人の男女。
みんな清森学園の制服を着ている。
一人は金髪で耳にはピアスがたくさん付いた怖そうな男子。
あとの二人は女子で長い黒髪のいかにもおしとやかという言葉が似合いそうな和風美人と小柄で中学生のように幼く見える可愛らしい少女というちぐはぐな組み合わせだった。
「あぁおかえりなさい」
朔良に三人がそれぞれにただいまと返す。
目立ちそうな彼らだが私は学園内で見かけた記憶はなかった。
「あ!あんた!!」
けれど向こうは違うらしい。
「蒼を式にしちまったのってあんただろ?…ふーん、あんますごそうにゃ見えねえけどなぁ」
金髪の男子は私を値踏みするように眺めた。
「失礼よ楓太」
隣の和風美人がそっとたしなめる。
「初めまして、私は火渡あやめ、彼は草薙楓太。私達は桐組だから学校ではあまり会う機会がないけれど、あなたと同じ二年よ。そっちは一年生の…」
「一年桐組、六宮渚。よろしくお願いしますね、先輩。でも叶斗様の物を横取りするなんていい度胸ですよねー。渚感心しちゃう」
無邪気に微笑むその子だが言葉には恐ろしくトゲがある。
「皆さんこのマンションに住んでいらっしゃるんですよ。ここは桐組の寮代わりなんです」
他に妖の住人達もいますけどねと付け加えて微笑む朔良。
ここは『妖怪相談所』ではなく『妖怪マンション』だったのだ。
なのにこの人達は妖怪の存在を知っていてしかも怖がってもいない。
式神の事だって知っていたし。
「腑に落ちないって顔してるぜ?叶斗、まだ何も説明してねぇの?」
そっぽむいたままの叶斗に楓太が意外そうにそう言った。
「榊河家については?」
「えっと…妖怪が関わっている事件を解決する役目を担ってきた家だってことは聞きました」
楓太は人懐っこい笑みを浮かべる。
この人は見た目ほど怖くないみたいだ。
「そう。で、榊河家の他にも妖怪達と深い関わりを持つ家があるわけよ」
「桐組にはそういった家の子孫が多く在籍しているわ」
「渚達もその一人ってわけ。わかりました?」
三人がチームワーク良く説明する。
「それじゃああなたたちも陰陽師!?」
「いんや、オレんとこは先祖が剣術道場を営む傍ら妖怪退治をしてたらしい。あやめと渚は従姉妹なんだけどな、家は神社なんだ」
特待生クラスの桐組にそんな秘密があるとは思わなかった。
「ま、そういうことだからよ、今後ともよろしくな」
「は、はぁ…どうも」
差し出された握手を求める手にはシルバーのアクセサリーがたくさん付いている。
今後の関わりが想像できないながらもその手を握り返した。
「あら?そういえば今日は蒼くんはいないんですね」
「あ、それがですねぇ。水穂さんを迎えに行ってここまでの間に連れ去られてしまったらしいのですよ」
あやめに慌てているのかいないのかわからない口調で朔良が返す。
そうだった危うく蒼の事を忘れかけていた。
「あいつが?マジかよ!?」
「渚はおとなしく連れて行かれる方もどうかと思いますけどそれを大人しく見てた人もどうかと思う」
「んなこといってる場合じゃねえよ。どうするよ?」
「そうね。あの子を連れ去るほどの者よ」
「放っておけ」
冷たく言い放った叶斗に全員の注目が集まる。
その叶斗が入り口を見ろとばかりに顎をしゃくった。
ドアが勢い良く開く。
ドアベルがさっきの何倍も激しく鳴り響いた。




