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10:榊河家と式神 (1)

 校庭のベンチのそば、木陰に小さな妖怪達が集まっていた。

 妖怪達は何事か囁きあっている。

 ここ清森(せいしん)学園にいると妖怪を見るのはしょっちゅうだけど話し声は初めて聞いた。

 言葉を喋れる事に驚いて耳を傾けてみる。


「あの子が蒼さんの新しいご主人だって?」


「本当?」


「普通の女の子じゃない」


「叶斗にもできなかったのに」


 すごいねーなどと口々にはやし立てる。


 叶斗にもできなかった。

 その言葉が引っ掛かって尋ねようと口を開きかけたその時


「ミズホ〜!!お待たせしマシタ。やっと買えマシタ納豆パン☆」


 飛び切りの笑顔で息を弾ませて駆けてくるのはクラスメイトで寮の隣人イズミだった。


「?どうかしたのデスカ?」


 イズミから見れば何もない木陰に向かい腕を伸ばしている私をいぶかしむ。


「なんでもないの」


 慌てて腕を引っ込め笑顔を作った。


「それにしてもミズホが叶斗王子に連れて行かれた時はおどろきマシタ」


 この話題はもう5回目になる。


「わ、私だって驚いたんだから。拾った携帯が王子のだったなんて」


 私が拾った携帯電話の持ち主がたまたま叶斗だった。叶斗はそれを取りにやってきて、騒ぎ になったから私を教室から連れ去った。

 突然叶斗に連れ出された事はそう言ってごまかしたのだ。

 なんとか信じてもらえているようで助かった。

 見上げれば晴れわたった空が眩しい。

 そして…暑い。

 そろそろ外で昼食を取るには向かない季節になろうとしていた。





 同じ日。

 授業が終わり新聞部の部室の前でイズミと別れた。

 今日はこれからバイトだ。

 校門を出ていったん寮へ戻ろうとして、聞き覚えのある声に呼び止められた。


「水穂!」


 門の近くに少年の姿があった。


「蒼くん!?」


「迎えに来たよ」


 私を待っていた様子の蒼は以前と同じく可愛らしい格好に黒いポシェットを提げて無邪気な笑顔を浮かべていた。

 青年の姿ではなかった事を不思議に思いつつも少し安堵する。

 あの人には人間じゃない雰囲気がある。

 会うのは少し怖い。

 といっても目の前の少年がその人なのだが。

 それがまた信じられなかった。


「水穂?」


 無意識に見つめていた私の視線に蒼が首を傾げる。


「や、あの…私てっきり蒼くんは大人の姿になったと思ってたの…」


 そのあどけない表情を見ていると人間ではないということすら忘れて子供のつもりで接してしまう。


「あぁ、えっとねぇ、普段は子供(こっち)の方がラクだから」


 他にも事情があるのかもしれないが話すつもりはないらしい。


「行こっ。かなちゃんも朔良のところで待ってるんだ」


「ちょ…ちょっと待って。私これからバイトがあるの」


「それならお休みしますって言ってあるよ」


「え?」


「あのお菓子工場は榊河のグループ会社の工場なんだよ。知らなかった?」


 知らなかった。

 いつの間にかバイト先まで調べ上げられている事が恐ろしい。

 かくして私はバイトをあきらめCafe Sakuraへと向かう事となった。

 

 その道中。


「…蒼くん。あの時の怪我は…?」


「うん、もう平気。水穂のおかげだね」


「…あ…それって…式神になった…から?」


 私の問いに蒼はにこりと笑みを返した。


「叶斗王子は…っと、榊河くんはきっとすごく怒ってる、よね?蒼くんは榊河くんの式神だったんだよね」


「かなちゃんはすねてるだけだよ。ぼくはまだかなちゃんと契約成立してなかったしね」


 確かにあの時、最初から本当の力が出せたなら窮地におちいることもなかったのだろう。


「でも、かなちゃんは弟みたいなものだから放っとけないんだよねー。ってゆーのはかなちゃんには内緒ね。怒るから」


「そう…なんだ…」


 叶斗の性格では自分が主人となるはずだった相手に弟と言われたら怒りそうだ。

 だけど蒼が叶斗を式神云々関係なく大切に思っている事はわかった。

 しばらく木の葉の揺れる音だけを聞いて歩く。

 山を抜ける近道から車道に出た辺りで、蒼はこちらを振り返りふと表情を曇らせた。

 愁いを帯びた瞳が妙に大人びて見える。


「…ごめんね、水穂」


「え?」


「できればこれ以上巻き込みたくはなかった」


 いくら榊河家の血縁だったといえあんな事がなければ普通の高校生活を送れるはずだったから?

 大丈夫、と言うにはまだ訳がわからないことばかりで私は何て答えたらいいのか言葉につまった。

 

 キキキィーッ!


 突如一台の車がブレーキ音を響かせて私達の真横に停車した。

 黒塗りのいかにも高級そうな車の後部座席のドアが開く。

 中から伸びた腕が何歩か先にいた蒼の腕を掴み車内に引っ張り込んだ。

 ドアが勢いよく閉まる。

 あっけにとられる私を残して車は走り去った。

 一瞬の出来事だった。


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