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4.不破六郎 6/28 8:50


 扉を開いた先、左右穴だらけの通路の一室で、おれは吹き付ける風を受ける。

 今の時期には暑い、全身を覆う白い作業着。涼しさのカケラすら感じられないことが残念だった。

 風が止んだ通路から奥の扉を開くと、照明眩しい白壁の大部屋に、居並ぶ工作機械とベルトコンベア。そこには俺と同じ格好をした、遠目には誰が誰かもわからない白装束の集団が集まっている。

 精密機器を扱う工場内のクリーンルーム。おれの一日の大半を占める場所だった。

 現場主任であるおれの入室に、社内の部下数名と見知った背格好の派遣達が集まり出す。生まれついての無駄に高いタッパが、この格好ではいい目印になっていた。

 そして皆が集まりだした直後、おれは嫌な予感とともに、奇妙な事態を間の当たりにした。


「あ? なんで二人だけなんだ……?」


 短期的な業務の多忙に合わせ、三社から雇っている派遣社員。防塵服の左肩と背中に縫い合わせた簡素な名札には、名前の下に各社のイメージカラーに合わせた黄色、赤、緑のラインが引かれている。

 そのうちの「赤」の数が、明らかに少ないのだ。


「アメジストはどうした? 今日は君らだけか?」


 今月二十日付けで、雇っている五人中、二人が同時にいなくなったアメジストワークス。俺は総務を通し、抜けた二人分と、更に二人の人員の追加を頼んだはずだった。予定七人、それが残ったはずの三人を割って、二人になっている。

 理由を問い質してみるも、アメジストの二人は「さぁ」と顔を見合わせるばかり。


 たまに事情通もいるにはいるが、基本派遣達は雇い主の都合など知る由もない。それどころか、今日誰が現場に来るメンバーなのかも知らないのが普通だ。

 ハナから期待はしていなかったが、聞くだけ無駄だった。おれは聞く相手を、彼らの責任者に切り替えることにした。


「いっつもここに送ってくれてる、あの姉ちゃんはまだいるか?」


 おれの問いかけに、「武藤(むとう)」と名札を付けた、三ヶ月前から通っているアメジストの派遣が顔を上げた。


「あ、倉橋さんでしたら…… 昨日仕事中に交通事故に遭って重体になってるとか……」

「えぇ!?」


 おれは思わず、すっとんきょうな驚きを漏らしてしまった。驚いたのはおれだけでなく、おれの部下や他の派遣達にも何人かいたようだった。

 なんか疲れた顔をした姉ちゃんだったが、気の毒な話だ。派遣の引率で来る人間には珍しい、人の好さそうな姉ちゃんだっただけに、尚更気の毒に思う。だが、事情はともかく今は目の前の問題だ。


「そっか、じゃあ…… あとで今日君らを連れてきてくれた、担当者呼んでくれるか?」

「いえ、倉橋さんが行けなくなったので…… 今日は私達ここまで電車とバスで……」

「はあ?」


 しどろもどろに話す武藤が、おれの低い呆れ声にびくりと萎縮した。


「君ら…… 自分達だけで来たのか?」

「え? は、はい…… 緊急時なんで、各自自腹でってうちの会社から……」


 ()()()()と、話を聞いたおれの中に、衝動が沸き上がった。

 おれはそれを抑え込み、姿勢を正して皆を見渡す。

 作った空気感に、全員の意識が俺に集中したことを確認したおれは、大きく一礼した。


「おはようございます」


 応える挨拶の声が響き、朝礼が開始された――




 クリーンルームを出たおれは、廊下を歩いてどかどかと階段を上る。

 金の無駄としか思えない、社内意識啓発のポスターが貼られまくった上階の廊下、下層よりも遙かに小綺麗な廊下を歩み、おれはその部屋のドアノブを握った。


「くぉら! どういうこった!」

不破(ふわ)さん!? な、なんですか?」


 怒鳴り込んだ部屋の中、パソコンのモニターに向き合っていた眼鏡の望月(もちづき)が、おれの大声にびくりと振り返った。おれ達とは違い、スーツ姿の連中が詰める『総務部』。今は望月しかいないようだが、おれが会いにきたのはこいつだ。


「なんでもクソもあるか! あと二人増やせっつったのに逆に一人減ってるじゃねぇか!」

「……アメジストがやらかしたんですよ、しゃあないでしょう」


 悪びれる様子もなく答える望月。それでこっちが引き下がれるわけがない。


「しゃあないで済むか! 納期迫ってんだよ! こんなんでどうやって期日までに終わらせろって言うんだ!」

「そうは言われましても…… 人を集められなかったのは向こうですし……」


 こいつには責任感というものがないのだろうか。派遣会社を選別し、直接交渉しているのはお前だろうに。

 脅しではなく、実際に納期は迫っている。迫っている上に、これまでの予定数にも届いていない。この状況で今日はラインを一本止めさせられたのだ。派遣会社ごとでベルトに立たせ、チームを組ませている生産ライン。たった二人じゃ「みずすまし」に放り込む以外に使いようがなかった。

 おれはため息をつき、前々から考え、今日で決めた、おれの中での決定を告げることにした。


「わかった、もういい。アメジストは切れ」

「え?」

「人を集められない派遣会社なんざいらん、他を当たれ」


 望月が目を丸くする。縦割り厳しい工場での、一現場主任からの分際を越えた指示。足かけ二年以上、もう長く使っていた取引先だけに驚きもあるのだろう。


「……そうは言われましても不破さん、どこも人手不足なんですよ?」

「それくらいは知ってる、だがあそこは現場への対応も悪けりゃ、働いてる人間の待遇も悪すぎる。他の会社より何百円も時給が削られてるせいか士気が低すぎんだよ、全体的に仕事がおせぇ」


 『派遣会社ごとでベルトに立たせ、チームを組ませている生産ライン』。人員の管理上の設定だが、この設定はおれに対して、日々明確な数字として記録を示していた。

 一緒に過ごす休憩時間の愚痴の多さや、業務と関係無い世間話の割合、送られてくる人間の一見した質。そんなおれの目を通した不確かなものを差し置いても、数字に士気や能力の低さが表れているのだ。

 流れ作業は、決して同じ速さで流れるものじゃない。アメジストの出してきた記録ははっきりとそれを示し、今日爆発するまでの不満をおれに募らせ続けていた。


「給料出してるのはこっちじゃありませんし、受けた仕事なんだから安くてもしっかりやるのが、派遣さん達の責任でしょう?」


 不服そうな望月の寝言が、おれの()()()対する不満を逆撫でする。


「そんなお為ごかしが現実に通用するか! なんでもいい! もうアメジストは切れ! 安かろう悪かろうは人を借りるにしても一緒だ! 納期間に合わせたいならちゃんと金払って、まともな会社と契約しろ!」

「んなこと言わないでくださいよ! まるで俺達が金を出し渋ってるみたいな……!」

「事実そうだろうが!」


 おれは知っていた。アメジストのラインが出した数が明確な数字ならば、それを見られるのはおれだけじゃない。その数字がありながら、これまであの会社が切られずに放置されていたのはその安さにある。

 人的な負担を現場のおれに押しつけ、派遣の人件費を安く抑えて賞賛されるのは他の誰でもない、この望月だ。

 何が「俺達が」だボケが、このまま行くとてめぇ個人の夏のボーナス査定どころか、会社自体がまずい状況に追い込まれることがまだわかっていないらしい。


「あっ、ちょ…… 何を……」


 おれは望月のデスクに強引に体を割り込ませ、受話器を取って外線を押した。


「ああ、どうも、不破です。……ええ、そうなんですよ。どうしてもね、間に合わなくて…… そんなわけで――」


 間抜けに口を開いておれを見上げる望月を無視して、おれは受話器の向こうの相手と話し続ける。数分の話し合いのあと、おれは相手と軽い笑いを交わしあい、受話器を戻した。

 おれは満足げに、まだデメキンみたいになっている望月の顔へと、にやりと振り返ってやった。


「ほら、許可出たぞ」

「はぁ?」

「総務部長に許可とってやった、アメジストは切っていいってよ」

「なぁ!?」

「じゃ、今日中に別の会社、頼んだぜ?」


 さて、こっからどうやって乗り切ってやるかなと、おれは迫る納期を頭に笑みを作り、総務部を後にした。


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