3.木下哲也 6/27 16:12
「くそっ! だから女の運転はっ!」
電話口に、らしくもない馬鹿丁寧な応対をしていた俺は、通話が切れるや否や受話器を電話に叩き付けた。
「面倒起こしやがって…… あのアマ……!」
倉橋が交通事故に遭った。私用ならいざ知らず、体調不良とやらを起こしやがったタマの処理に向かわせた先での、よりにもよって社用車での事故だった。
面倒な事後処理を考え、怒りが沸き上がる俺の前に、黙らせたはずの電話が鳴る。
「はい、アメジストワークスです」
また警察か、本部からだとすれば妙な態度はまずい。電話対応としては0点な応え方だが、俺はなんとか怒りを抑えてコールに出た。
『すいません…… 面接、お願いしたいんですけど……』
「……ああ、面接ね。じゃあ履歴書はいらないから、本人確認出来るものだけ持って――」
微妙な年齢といった感じの、若い男の声だった。
気分じゃないが、この業界も人手不足だ。俺は無難に新しいタマを迎え入れる手管を取った。マニュアル通りな説明を終え、俺は受話器を戻す。
「めんどくせぇ……」
よくよく考えれば、誰がこいつを面接するんだ? そう思った俺は次回面接の日付を確認し、倉橋の出勤日だということに気づいて足下のゴミ箱を蹴り飛ばした。
本人は昏倒し、まだ意識が戻らないらしい。詳しい話はわからないが、警察が言う通りならしばらく復帰は出来ないだろう。
「ちっ…… いっそあいつもう切るか」
そこそこに美人で、スケベな底辺どもをかどわかせると思って採用した倉橋だったが、あいつはどうもこの仕事が向いていない。
タマを扱う側に求められるのはフリだけだ。気を遣っているフリ、それを勘違いさせて不満を抑え込み、使えるだけ使い倒す、それが出来なきゃ話にならない。そんなもんウチやこの業界に限ったことでもない、どこの会社でも客に対して、従業員に対して普通にやってることだ。
いい大人なら分かってそうなもんだが、あいつは間抜けにも本当に気を遣ってしまっている。それは人に利用される側のやることだってのが理解出来てない。
だいたいウチの業界ってのを理解してるのかも怪しい。ギャンブルじゃないギャンブル、売春じゃない売春、口入れじゃない口入れ。法律の隙間を突き、突くことを見逃されている業界ってのを理解してるんだろうか。「まとも」が通じる世界だとでも思ってるのだろうか。
「……はい、アメジストワークス」
ここに働きに来るタマどもにしたってそうだ。
俺はこの仕事に就く前、食い詰めていた時代に「お前ちょっとあそこで働いてきてくんない? アガリは俺が三、お前が七でいいからさ」と、都合のいい寝言を吐いて言い寄って来たアホをブッ飛ばしてやったことがあるが、ウチの商売ってのは、まんまあのアホの物言いと同じだ。
明日の金にすら困ってんならともかく、なんでワザワザ間に金を毟るやつを挟むのか意味がわからない。
どっかのアホの言い分だろうが、事務所構えたスーツ野郎の言うことだろうが、ピンハネはピンハネだ。んな可愛いもんどころか、この業界ゲタハネだのダリハネだのが当たり前だ。だのにこうして看板掲げて会社にしちまえば、なぜかタマどもはムカつくはずの話に自ら乗っかりにくる。俺からすりゃ意味不明だ。
どいつもこいつも「会社」ってもんを、響きだけで「まともな入れ物」とでも勘違いしてんじゃねぇだろうか。
「はぁ? 明日休みたい? 吉沢さん…… 何言ってるんですか、仕事に穴空けてどうするんです、相手先困るでしょう? 社員としての自覚が足りないんじゃないですかぁ?」
ま、そういう連中がいるおかげで、俺みたいな四十過ぎのチンピラでも営業所の所長なんてポストに収まれるんだ。ありがてぇっちゃありがてぇ話か。
「くそっ…… キリがねぇな」
いつもの愚痴を頭に一巡させている間も、次から次へと電話は鳴り止まない。
俺と事務員二人で回している営業所は、今日は一人が非番で、倉橋のみの日だった。
非番の事務員はババアだが、倉橋よりも世渡りがうまい。会社との付き合い方ってもんを心得ているだけに、いざ非番になれば絶対に非番を通す、俺と似たタイプだ。今から呼び出すことは無理だろう。
俺は掛かってくる電話に無視を決め込み、自分のやるべきことに集中することにした。
「木下です。お忙しいところ申し訳ありませんが、実はうちの営業所でトラブルが――」
倉橋の事後処理。所内に俺しかいない以上、本部に動いてもらわなければ仕方が無かった。
俺が起こしたわけでもないのに散々愚痴られたが、警察やらなんやら面倒な処理は押しつけることに成功した。
ただし――
「くっそ、気の利かねぇアホどもが……!」
時間帯が悪いという理由で、今日これからの事務員の増援は認められなかった。
途中退場した倉橋、やつが残した仕事はそのまま俺に回ってくる。あいつはまだ、厄介な案件を一カ所残してくれていた。
倉橋の担当している、割のいい得意先――
「やろう……! てめぇがいなきゃ誰がタマ集めんだよ!」
大手メーカーの下請け工場。そこに放り込むタマが、未だに決まっていなかった。
立地の悪い工場街にあり、タマをはめ込みにくい厄介な地域。先日ウチから出しているタマが二人抜け、拡充を明日に迫られていた。しかもあいつが事故に遭う直前に急遽連絡が入り、更に新規二名の追加を要請してきている。
そろそろと時間は五時を回る。業務を終えた各所のリーダーからの、終了報告にも応えなければならない。
正直今すぐ倉橋の病院にかっとんで行って、叩き起こして引っ張り出してやりたいくらいだった。
「やるっきゃねぇか……」
都合四名の選出。まごついていられる時間は無い。
俺は倉橋の席に座り、タマのリストを物色する。あいつはここを離れる前、何人かをピックアップしている最中だったはずだ。なら俺がイチから探すよりはいい。
こんな仕事だ、タマには爆弾のようなやつもいる。リストの備考欄を頼りに、俺は使えそうなヤツを探った。
――『二週、四週水曜日、皮膚炎のため通院。』
――『小さなお子さんがいる。早朝、深夜は厳しい。』
――『二年前にヘルニア、派遣先の業務内容に注意。』
「あいつ、アホか……」
俺は備考欄の情報に白目を剥く。アホだアホだとは思っていたが、倉橋は本気でアホだった。
タマの私情なんざ知るか! 使える使えねぇと使い道だけを書いとけ!
だが、背に腹は代えられない。俺は頼りにならない情報をもとに、都合の合いそうなタマに電話を掛ける。
「……ちっ、でねぇか」
長めにコールを続けるが繋がらない。
来る者拒まず去る者追わず。タマの数は有象無象でも、幽霊と化しているやつも多い。
もとよりこっちも一回二回で繋がって、穴を埋められるなんざ思っちゃいない。
「面倒かけやがって! あいつ社用車全額弁償させてやるからな!」
片っ端から電話、仕事終わりに事務所に訪れたヤツには即勧誘。じじいだろうがガキだろうがかまわない。
倉橋のような甘いやり方はしねぇ、四の五の言おうが何がなんでもねじ込んでやる。
俺は久々に躍起になって、倉橋の残した仕事に挑みかかっていった。