3 ダメ男のブルース -4-
ひとりで稽古している内に先生が帰って来て、一時間ばかり相手をしてもらった。
と言っても俺が投げられたり締められたりする一方だが。先生との稽古は下手な実戦よりもよっぽどスリリング(いろいろな意味で)なので勉強になるわ精神的に疲れるわ、とにかくぎゅうぎゅうに絞られた。
「まだまだ甘いな、康介」
五十代独身女子である山城先生はジロリと俺を見て厳しい口調で言う。その先生の姿には年は重ねても凛とした美しさがある……と言えないこともない。先生が着ている物が、ふわふわピンクの甘ロリワンピースじゃなかったらの話だけどな!
先生はとにかく可愛い服を着たがる。先生の個性に全く似合っていない、若向けでヒラヒラゴテゴテした女の子っぽいものを好む。絵的に厳しすぎるので正直やめてもらいたいと常々思っている。
「申し訳ありません」
そんな気持ちは押しこめて、俺は殊勝に頭を下げた。たとえ服の好みがアレでも、武術の道でこの人より尊敬できる師匠はいない。それだけは確かだ。
先生はうなずくと、
「で。あっちの修業は進んでいるのか?」
と尋ねた。
「あっち……」
俺はため息をついた。
「ツボタですか」
「他に何がある」
『誰がいる』ではなく『何がある』と表現するところに、先生のツボタに対する評価が透けて見える気がするのは俺の僻目だろうか。貧乏くじ引かされた感がハンパないので、ついそういう風に思ってしまう。いかん、俺ももう少し謙虚にならねば。
これも修行だ。ツボタの世話を焼き、ヤツを導くことは俺の精神を鍛えるために必要な試練なのだ。つまりアイツの存在そのものが試練だ。
……そう思ったら余計にため息が出た。
「文句は多いですが、朝晩の稽古はちゃんとやっていますよ」
俺は言葉を選んで、とりあえずホメてやれそうなポイントを探した。うん、朝晩の柔軟とか組手は文句を言わずにやってる。
「人形補修は?」
ツッコまれた。それはヤツに対して出されている精神修養の課題だが。
「……あまりやっているところを見かけません」
これについては正直にそう報告するしかない。何しろ先生に対して提出できる成果物(補修した人形)がないのだから、俺が取り繕ってもムダである。
「たまに、思い出したようにリサイクルショップに行って礼子さんに教えてもらっているようですが」
海の近くにあるその店で、ツボタは以前に一ヶ月くらい泊まり込みで世話になった。
その時にそこの家族と馴染みになったヤツは、今でも時々顔を出しに行く。特に礼子さんというそこの奥さんにやけに懐いている。
礼子さんは裁縫が得意だ。だからアイツは教えてもらうと言いながら実は代わりに人形を補修してもらうのが目当てなのじゃないか……と俺は邪推している。
が、礼子さんは結構厳しい。そんな甘えは許さない。びしばし指導を入れる姿は、目の前の山城先生にも負けぬ容赦のなさである。なのでアイツは泣く泣く自分でヘタクソな補修をしているようだ。
「ふん。甘ったれているな」
先生にはお見通しだったようで、その一言で終わりだった。