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3 ダメ男のブルース -3-

「柔軟なんて」

 ヤツは莫迦にしたように嗤った。

「いざという時に敵が体をほぐすのを待ってくれると思ってるの?」

 憎まれ口を叩くが無視。無視無視。そんな時だってないとも限らないし。コイツだって寮での朝晩の柔軟は文句を言わずにやっているのだから、必要性は理解しているのだ。


 十分に体をほぐしてから、本式に稽古にかかる。

「じゃ、受け身の練習だ」

「またそれ……」

 ツボタは途端に不機嫌そうな顔になった。嫌いなのだ。苦手なのだ。ヘタクソなのだ。

 

「ヤダ……バカみたいだし」

「バカにすんな! 習得しておけば技を食らった時のダメージが全然違うんだから、しっかりやれ!」

 とはいえ俺も柔道の受け身はまだまだ初心者だ。だが俺たちが今籍を置いている『下天一統流』は勝つためなら何でもやるという流派だ。

 有用なら空手でも柔道でも何でも取り込む。極論を言えば、勝てば何でもいいというメチャクチャな流派でもある。


 俺は現在、先生から柔道の動きを叩きこまれている最中だ。そしてツボタは俺から武道の動きを教わる。そういう段取りになっている。

「文句を言うな。受け身稽古、三十本からだ」

 そう言って俺はさっさと自分の稽古を始めた。自分だってしっかり稽古をしなければ先はない。

 ツボタはしばらく文句を言いながら突っ立っていたが、そのうち渋々と稽古を始める。

 しかし……ホント下手だな! ぎごちないというか。稽古になってるんだかなってないんだか良く分からない不器用な動きである。


「あのなあ」

 俺は指導役として仕方なく口を出した。

「もうちょっとなめらかに動けないか? ロボかお前は。何でそう、動きのひとつひとつで止めを入れるんだ」

「だって」

 ヤツは不服そうに言う。

「面倒くさいんだよ。ここで手の向きは内側じゃないとダメとか、足はこっちを先に出すとか」

「それが怪我をしにくい姿勢なんだよ。何度もやって体に覚えさせろよ」

「面倒くさい……」

 ツボタはそう言って両膝を抱えて座り込んでしまった。『体育座り』のポーズだが、コイツの場合、単にふてくされているだけである。


 面倒くさいのはお前だ、という言葉をギリギリ飲みこんだ自分を俺はホメてやりたい。

 このまま放っておきたいのは山々だが、それは指導役としては無責任だろう。だから俺は仕方なく、コイツを引っ張り上げる羽目になるのである。



「ほら立て。やらなきゃいつまでたっても上手くなれないぞ」

「もういいよ……。それ、だいたい分かったからさ……」

 むっつりと言いながら立ち上がる……と思ったら。

 ヤツの細い足が俺の内股に絡まって来て、えっと思う間もなく俺は投げられていた。もっとも俺はきちんと受け身の稽古をしているから怪我もしなかったけどな、というのは負け惜しみ。


 畳の上で立ち上がりながら、俺は深いため息をつく。

「何でお前はそうなんだ」

 俺もツボタもまだまだ素人に毛が生えた程度だが、試合だったら今のはポイントくらいは入っただろう。隅返、だと思う。

 コイツは『攻撃』の方は教えたら何でもすぐに出来るようになって、こうやって隙を見せれば教えた俺の方がやられてしまうくらいのキレを見せつけるくせに。

「どうして何か月教えても受け身が全く出来ないんだ」



 俺の言葉にヤツは余計に不機嫌そうな顔になる。その顔がイラッとするので、俺は更にかみつく。

「コツは同じだろ? 稽古を重ねて動きを体で覚えるんだ」

 先人たちが既に『最適な動き』というヤツを確立してくれているのだ。その後塵を拝する俺たちはひたすらに修練してそれを身に付けるだけでいい。

 

 そりゃ個人の運動能力に差はある。修練すれば何でも出来ると言うほど俺も楽観主義者ではない。出来ないものは出来ない。努力しても打ち破れない壁というものはある。

 だけど。

 基礎の基礎、修行の道のほんのとば口において攻撃は出来るのに防御は全然出来ないなんて、そんな不合理はない。いくら何でも有り得ない。



「お前なあ。もうちょっと真面目にやろうと思えよ。基礎の基礎でつまづいてどうするんだ。人形補修も進んでないしよ」

 そう言うとツボタの不機嫌さがMAXになった。人形補修と言うのはコイツが先生から課せられているもう一つの修行なのだが。これがまた想像を絶するどヘタクソの上、さっぱり進んでいない。


「……真面目にやってるよ!」

 ツボタはヤケになったように叫んだ。

「僕だって、アンタじゃなくて早くおばあちゃんに教えてもらいたいんだ!」

「だったら、もっとなあ」

 俺にはどう考えてもコイツのむら気のせいだとしか思えない。受け身をなめてるんじゃなかろうか。


「もういいっ!」

 ツボタは癇癪を起こして俺に背中を向け、どすどすと道場を横切って入り口で靴をはき始めた。

「おいっ、何やってんだ」

「もう帰る。こんなことやってられない」

「ってなあ……」

 上手くいかないから投げ出すってコドモか、コイツは。

 と俺が呆れている内に、ツボタは本当に帰ってしまった。



 追う気にもならない。どうせ寮でも学校でも顔を合わせるのだ。正直、少しはヤツから解放されたいという気持ちが俺にもある。

 今日は自分の稽古に励もう。そう思いながら。

 俺はもう一度だけツボタのことを考えた。


 アイツは下手じゃない。俺より武術の才能はあると思う。身体能力も高い。さっきの隅返だって、とんでもなく鮮やかだった。

 アイツがどれだけ強くてどれだけ危ないか。そんなこと、いつも相手をしている俺が誰より一番良く知っている。


 それなのに。

「何でアイツ、防御だけあんなにヘタクソなんだ……」

 気が付けば、俺はそう呟いていた。



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