3 ダメ男のブルース -2-
「あーあ」
それを眺めて、何だか俺が悪いかのようにこっちを見るツボタ。
いや、俺は悪くない。どう考えても俺に責任があるわけがない。
「何やってんだお前! どうやったら一瞬でそんなに散らかせるんだ」
わめく俺に、
「知らない……ちょっと触ったら落ちて来たんだよ」
どうでも良さそうに答える。コイツはあ。
「だから前にも言ったじゃない?」
何故か勝ち誇った様子でヤツは続ける。
「僕は掃除とか向いてないよ、って」
その言葉でガックリした。確かに前に手伝おうとした時にもコイツは、畳の上にバケツ一杯の水を引っくり返したりとか集めたゴミをとっ散らかしたりとか、迷惑になることしかしなかった。
「てめぇなあ……」
それでも俺は、キレそうになる自分を目いっぱい抑えて言ったのだ。
「わざとやってるんじゃないだろうな?」
「失礼だな。僕は真面目にやってるよ?」
ヤツは心外そうに茶色い目を見開く。お前は辞書で真面目という言葉の意味を引き直せ。
そんな俺の気持ちが伝わったのか、ツボタはわざとらしくため息をつく。
「高原は冷たいよね。トモが懐かしいよ。トモはさ、僕に無理なことは絶対言わなかった。『いいんだよ、カズは座ってて。部屋の片付けは僕がやるからね。むしろ動かないで』っていつも優しくて……」
トモというのは不幸な事件で亡くなったコイツの弟である。兄弟仲がよほど良かったらしく、ことあるごとにツボタは弟の名前を口に乗せるのだが。
しかし『むしろ動かないで』という言葉は優しさから出ているのだろうか。俺にはコイツの存在を諦めと共に受け容れ、部屋の片付けを全面的に引き受けた弟の姿が幻視されるのだが。
だが俺はコイツの弟ではないし、兄弟子としてコイツの粗忽を矯正するのをまだ諦めたわけでもない。
「悪いが俺はお前の弟とは違う。自分でやったことは自分で何とかしろ。その武具を速やかに片付けろ」
と言うと、ツボタは細い眉を不快そうに上げた。
「当たり前だろう。高原なんてトモとは似ても似つかないよ。思い上がらないで」
えーと。何で俺、こんなに罵倒されてんの? 意味不明だが何か不愉快だな。
その後、ツボタは一応自分で片付けようとはしていた。だが壊滅的に不器用なのか、ものぐさなせいで手元がいい加減なのか、結構な確率で壁に戻したはずの竹刀や木刀を取り落す。ひどい時には落ちてなかった物まで一緒に叩き落して被害を広げる有様。
なので俺が着実に仕事を進めてもツボタの方はさっぱり進まず、結局俺はひとりで道場の掃き掃除と畳のからぶきをした上に武具の片付けまで手伝う羽目になったのだった。
納得いかないのはいつの間にかツボタが仕事から手を引き、横で俺を眺めてニヤニヤしていることである。
「手際いいね、高原」
とか言いやがる。お前に比べれば誰でもマシだ。
言いたいことは多いが、全部言っていると何もしないうちに寮の門限が近くなってしまう。大人な俺は文句を言うのを後回しにした。
「ダラダラするな。時間がないぞ。まずは柔軟からだ、稽古を始める」
俺はコイツの指導役を任されている。といっても実力の差が大きいというわけではなくて、俺は道場で空手を学んだ経験があり、ある程度型を身に付けているというだけのことなのだが。