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2 ツボタという男 -2-

 ツボタの態度も悪かった。ヤツは誰とも話そうとせず、俺に後ばかりついて回った。話しかけられても無視。挨拶すらしない。クラスメートの印象は最悪である。

 しかし顔だけは綺麗なツボタは、数日後には女子たちからチヤホヤされ始めた。その辺りで溜まり切ったヘイトが爆発。

 俺のいない隙を狙って、五人ばかりのちょっととんがったヤツらがツボタに因縁を付けた。

 

 俺がいないとツボタはひとりでボーっとしている。囲むのは簡単だったろう。助けるモノ好きもいなかった。

『生意気なんだよ』

 とか。

『帰国子女だからって人をバカにしてんじゃねえぞ?』

 とか。

 ありがちな文句で話は始まったらしい。


 しかし怯えて身をすくませるはずの『帰国子女の美少年』は長めの前髪をかき上げ、冷たい目でそいつらを眺めて、

「嫉妬? バカみたい」

 と鼻で嗤ったという。



 これはムカつく。ソイツらじゃなくてもムカつく。こういう時のツボタの口調は本当に小憎たらしい。他人を見下しているのが態度に出るのだ。

 しかも、囲んだヤツらはツボタを俺の金魚のフンと思ってバカにしていた。バカにしていたやつにバカにし返される。こんなにムカつく状況はまずない。


「ふざけんなよ!」

 頭に血が昇った一人が殴りかかった。高校生の男ばっかりひとところに閉じ込めておくと、殴り合いも日常茶飯事……とまではいかないが、たまにある話だ。この時点でも誰も騒ぎ立てなかった。

 だが、それがありがちな出来事でなくなったのは次の瞬間だった。


 聞いたところによると、ツボタはつまらなそうに立って殴りかかってくる相手を見ていたらしい。それを怯えて動けないのだと囲んだヤツらは解釈したが、そんなわけはない。そんな可愛げのあるヤツじゃない。

 拳がヒットする直前にツボタはそれをひょいと横によけた。ついでに片手で後ろにあった窓を開け、突っ込んできた相手の足を思い切りひっかけたという。

 結果。ツボタを殴ろうとしたヤツは勢いよく開いた窓に飛び込み、そのまま頭から落っこちた。

 教室の空気が凍りついたという。何しろ教室は三階なのだ。



 その中でツボタは薄く笑った。そして、

「次は誰?」

 と平然と言ったらしい。


 残っていた生徒たちが叫び声を上げながら雪崩のように廊下に走り出た。人を窓から落として平然としているツボタに慄然としたのだ。当然の感覚である。



 で、俺が呼ばれて教室に駆け付けた時は。

 ツボタのバカは連中のひとりを締め上げて窓際に追い込み、落とすフリをして楽しんでいた。大して楽しそうな顔はしていなかったが、それでもあれは遊んでいたんだろう。

 俺はその哀れなクラスメートをツボタから引き離し、その後はお決まりの俺とヤツの殴り合いになり……という流れだが。


 それ以来ツボタは男子棟で一目置かれる存在になった。一週間くらいは噂を聞きつけてツボタとやり合おうとするバカが何人かいたが、それも今ではいない。全員が最初のヤツらと同じような目に遭わされたからだ。



 当たり前である。本気で人を殺すつもりのヤツと、ケンカするだけのつもりのヤツがやり合って勝てるわけがないのだ。

 最初に窓から落とされたヤツは池に落ちて軽傷で済んだが、ツボタが池の存在に気付いていたかは怪しい。池なんかなくてもアイツは同じことをしただろう。そういうヤツなのだ。


 しかしそういう行為がこの国では厳しく咎められる……そのことだけはヤツはこの三ヶ月でしっかり学習していた。

 だからその時も教師の前では泣き真似をして、

「僕……大勢に囲まれて、怖くて……自分が何をしたか分からなくて……ゴメンナサイ……」

 とか白々しい演技をしていた。無論、後でじっくり俺が説教しておいたが。



 まあそういうわけで。

 結局、誰もがツボタのことを『コイツはヤバい』『コイツは違う』と認識した。

 現在のツボタは、男子生徒の間において昔のマンガに出てくる『伝説の番長』みたいな存在になっている。目を合わせないよう避けるヤツもいれば、進んでおべっかを使いかばん持ちやパシリを引き受けるヤツもいる。


 そしてコイツは、別に気にするでもなく飄々と退屈そうにそんな日常を受け容れているのだった。

 


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