2 ツボタという男 -1-
生徒指導室で、
「ごめんなさい……」
ヤツは殊勝げにうなだれ、哀れっぽい声を出していた。
「僕……ただ……先生とゆっくり二人で話したいと思っただけで……。こんな騒ぎになるとは思わなくて……」
涙をぬぐうように目元に手をやる。
言わせてもらえば、先生とゆっくり二人で話したいと思っただけならわざわざ二重ロックのある放送室を選ぶ必要はないと思う。百歩譲ってたまたまそこを選んだとしても、バリケードを築いたりはしないだろう。いや、そもそも鍵をかけてる時点でオカシイ。
しかし普段は厳しい生活指導担当の女教師は、ヤツに同情的な目を向けた。
「そうだったのね。でも坪田くん。ああいうことをされては菅井先生だって気分を害されるわ」
「はい……誤解されるようなことをした僕が悪いんです」
誤解も何も。アレがテロ行為でないとしたら何をそう形容すればいいんだ?
コイツの見た目が女っぽくてなよなよしているから、みんなそれにだまされる。しかも下手に綺麗な顔をしているものだから、女がみんな味方になる。タチの悪いことに本人がそれを知っていて利用する気満々なのだ。
「菅井先生にちゃんと謝りなさい」
「はい……」
案の定、こちらを向いたヤツの顔には涙の痕なんてカケラもなかった。
「菅井先生、ゴメンナサイ」
すっげえ棒読みだし。笑顔だし。しかも目は笑ってねえし。怖ェよ。
菅井先生が明らかに怯えている。お前、あの部屋で先生に何したんだよ。
「い、いや、いいんだ。坪田くん、気にしないでいいから……」
菅井先生は早口にそう言い、逃げるように部屋を出て行ってしまった。というか逃げたんだな、アレ。
気の毒に。日本で高校教師をやっていて、真正のテロリストに監禁されることになるなんて思いもしなかっただろう。そこらのヤンチャな生徒の相手とはわけが違う。
「先生……僕のこと許してくれたでしょうか……」
なんて、ひ弱な美少年ぶって生活指導担当を振り返るツボタ。気色悪ぃよ。やめろソレ。
「もうこんなことしちゃダメよ」
そして騙されている生活指導担当。チョロすぎるだろ!
一礼して生活指導室を出る。しばらくの間おとなしそうな顔で廊下を歩いていたツボタだが、角を曲がった途端に顔が変わった。俺を見てニヤリと笑う。
「バカみたい。あんな嘘信じるんだ」
前髪をかき上げる。
「最悪なヤツだな」
こういう時のコイツは、どんなに顔がキレイでも『美少年』には見えない。近付いたら悪いことに巻き込まれる雰囲気しかない。
「あー、でもテストの点は上げてもらえなかった。高原、何かおごってよ。おなか空いた」
「何で俺がお前に物を食わせなきゃならないんだ! 食いたきゃ勝手に食え!」
ツボタはムスッとした顔で俺を見て、
「ケチ」
と言った。どっちがだ! 自分の腹くらい自分で満たせと言いたい。
俺たちが並んで歩く姿を見ると、すれ違う女生徒はクスクス笑いしながら廊下の端でさざめき合い、男子生徒は緊張した顔で避ける。
生徒が多い昇降口付近でも見る見るうちに人垣が左右に割れる。モーゼが紅海を割った時はこうであったかというような光景である。
ちょっと前まではこうではなかった、というか俺一人ならこんなことは起きない。
話はヤツが編入した頃に遡る。俺たちの通うこの学校は男女共学とは名ばかりでクラスは完全男女別、教室の場所さえ男子棟・女子棟に分かれており、部活動や委員会活動でなければ女子と顔を合わせることがないという監獄のようなところだ。
で、そんなところに顔の綺麗ななよっちい男が入ってきた。帰国子女、四ヵ国語が出来るという派手な謳い文句付きで。