1 テロリストの放課後 -3-
「いいよ別に。おばあちゃんはさ、いつもいつもわけのわからない無理難題ばっかり僕に押しつけて……」
それについては一部、言い返せないところもあるが。取りあえず分かっているのは、年寄り呼ばわりをしているのが先生にバレたらコイツは半殺しにされるということだ。ついでに俺も連帯責任で半殺しにされる。
「先生のことをそんな風に呼ぶのはやめろと何度言ったら分かるんだ。俺は巻き添えを食うのはゴメンだからな。あと、先生に師事するのを決めたのはお前自身だ。忘れたとは言わせないぞ」
そう言うと、またツボタはとても不機嫌になる。何故かというと俺が真実を語っているからだ。
「じゃあ高原は、僕に不当な圧力を受けたままガマンしろって言うの」
「不当じゃない。お前の古典の採点はアレで正しい」
「僕は海外生活が長かったんだから、少しは考慮してくれてもいいじゃないか!」
「勉学に情状酌量はない。それにお前、授業中いつも眠っていたじゃないか。試験勉強もろくにしないですぐにベッドに入っちまうし。努力もしていないくせに文句ばかりつけるな」
「だってあんな呪文みたいなモノ見たって意味分かんないし」
「芸術作品を呪文扱いすんな! お前が菅井先生にしていることを、世の中では『不当な圧力』って言うんだよ!」
細い眉が一直線になった。眉間に深い縦じわが刻まれる。
と思ったら、二秒でドアが開いた。ものすごい不機嫌な顔でツボタが中から出て来る。
「高原さあ。おばあちゃんから僕の面倒看ろって言われてるんでしょ? それなのにどうして僕の味方をしないで、そんなことばっかり言うのさ?!」
「アホか。ふざけるな」
俺はイラッとする。
「確かに先生からお前の面倒を看ろと言われているがな。それはお前に日本の常識というものを教え込むことも含まれているんだ、このタワケ!」
「直球バカの高原にそんなこと言われる筋合いはないんだけど?」
うわ。バカのくせに他人をバカ呼ばわりしやがった。
「それはこっちの台詞だ。お前にバカ呼ばわりされるなんて、俺も落ちぶれたとしか言いようがない」
一触即発で睨みあう俺たち。それから俺はハッとした。
「待て。外に出よう。ここにある機材は高いんだ、壊れたら弁償しきれない」
ツボタは放送機材をチラリと見てから、うなずいた。
「うん、いいよ。ここじゃ狭いしね。高原が散らかしたから机とか倒れてて邪魔だし」
誰のせいだと思っているんだ。お前がバリケードとか作るからだろうが。
と思いつつ、面倒くさいので反論しない。
俺たちは黙ったまま、並んで放送室を出た。
廊下に出るなり、俺たちだけにしか聞こえない開戦のゴングが鳴る。
ツボタは背を丸め、俺のみぞおち目がけて突っ込んできた。体当たりかと思いきや直前で身を翻し、鋭い回し蹴りを叩きこんでくる。こういうフェイントはコイツの得意とするところだ。生まれつき根性がねじ曲がっているから、騙し技が上手いんだろう。
しかし俺も伊達に三ヶ月コイツと付き合っていない。飛んでくる回し蹴りを体を斜めにして避ける。すかさず裏拳が飛んでくるが、それも避けて相手の腕を掴む。
もちろん向こうもそれは織り込み済みだから、右の正拳が俺の顔に向かってうなりを上げるが。
コイツは左利きなんだよな。右の拳はコンマ数秒遅いんだ。その隙に俺はヤツの懐に入って制服のワイシャツの襟元を掴み、抵抗しようとするヤツの足元を思いっきり払った。
払釣込足崩れというところか。試合だったらポイントは取れないだろうが、ツボタは面白いようにスッテンと転がった。
あのな……受け身くらいとれよ。三ヶ月、ひたすら教えてやってるじゃねえかよ。俺の努力が全然実になってねえじゃねえよ。
後頭部を床にぶつけて頭を抱えるヤツの上に馬乗りになり、そのまま押さえこむ。
「い、痛い! 痛いよ高原! ヒドイよ、放して!」
情けなく叫ぶツボタ。周りの女子生徒がざわざわ言い始める。俺に突き刺さる冷たい視線。何か俺が悪役になってるんだが。
この野郎、大げさに騒いで世間(特に女子)の同情を買おうという肚だな。バカのくせにそういう悪知恵は回るんだ。
「黙れテロリスト。お前のような危険物を校内に野放しに出来るか。……先生」
俺は目を丸くしている女教師を見上げた。
「コイツが落ち着くまで拘束した方がいいです。体育の先生方を呼んで来て下さい。そうでないと話にならない」
「でも高原くん。あんまり乱暴は」
厳しくて有名な生活指導までそんなことを言ってるんだが。ホント、コイツの顔は厄介だな! 女がみんな骨抜きになりやがる。
「先に菅井先生に乱暴を働いたのは、コイツなんですが」
俺はうんざりしながら指摘した。
「でも、ほら……。坪田くんの言い分も聞かないと」
生活指導担当はそんなことを言っているが、コイツの言い分とやらを聞くと無理を通して道理が引っ込むことになるのは状況が証明していると思う。
そんなことを言っている内に騒ぎを聞きつけた体育の先生方が現れ、多勢に無勢と見てツボタも観念しようやく騒ぎは収束したのだった。