6 価値 -1-
この状況をどうするべきか。悩んだ結果、俺が取った手段は『先生に頼る』というものだった。
電話で状況を聞いた先生はすぐに駆け付けてくれた。そして俺たちはタクシー二台に分乗し、先生の知り合いが営む小さな診療所へ向かった。
他校の不良たちは治療を受けた後、先生にじっくり説教をされた後で放免。終始ツボタに怯えた視線を向けていたのが印象的だった。
樫村は大きな病院で検査を受けた方がいいということで、またまたタクシーに乗せられ市民病院へ搬送。知らないヤツに蹴られたことにすると樫村自身が決めた。同じ中学の卒業生であるヤツへの優しさなのかまだ怯えがあるのか。そこまでは俺には分からない。
で。ツボタが手当てを受けている間、俺は先生からじっくり事情を聞かれる。俺だけ無傷なのが申し訳ないような気まずいような。
「成程。分かった」
先生は両腕を組んでうなずく。俺を見る目が厳しい。この状況では仕方ないが。
「他に言いたいことはあるか、康介」
そう聞かれると反抗心がむらむらとわきあがって、
「……俺のせいじゃありません」
俺は横を向いて子供みたいなことを口にしてしまった。
「俺だって四六時中アイツを見張っているわけにはいかないです。監督不行き届きと言われたって、どこに行くにもくっついているわけにはいかないでしょう。だから……」
「別に和仁の咎をお前に押し付ける気はないよ」
先生は肩をすくめた。髪を飾る淡いピンクのレースのリボンが揺れる。ホントどうにかならないか、先生のこのファッションセンス。
「それで全部か?」
静かに言われて俺は黙り込む。そんなわけない。そんなわけないんだ。言いたいことはまだあるのだけれど、いろいろなモノが邪魔をして喉から外に出てこない。
俺が口を開かない間、先生も何も言わなかった。
ツボタは手当ての必要はないと言い張って、医者と口論をしていた。無理やり処置をしようとする医者からボールペンを奪い、ペン先を向けて威嚇。何でも凶器にするのは本当にやめてほしい。
俺はため息をひとつ付いて先生の前から離れ、後ろからツボタの両腕をがっしりとホールドした。
「どうぞ。さっさと診てやってください」
「あっ、何するんだよ高原! 大丈夫だってば、医者に診せるようなケガなんかしてないよ!」
俺は無視した。何でコイツはこうも医者が嫌いなんだ。ボールペンは先生がやって来て取り上げた。
ヤツはまだ足をバタバタさせて医者を威嚇している。すると先生がそのむこうずねに強烈な蹴りを食らわせ動きが止まった。折ってねえよな、先生。診察させるためにケガを増やしたんじゃ、本末転倒な気がするが。
この医者は、前に俺がツボタに大怪我させられた時に診てくれた人だ。先生とはツーカーの仲らしい。俺たちと先生の異様な行動にも眉一つ動かさず、おとなしくなったツボタをササッと診察した。
「ちょっと内出血してるが、場所も骨の上だし大丈夫だろう。あざが広がってくるようだったら別の病院に行け」
大雑把な診察である。とりあえず大したことはないらしい。
「ホラみろ」
ヤツは何故だか得意げに言った。
「だから大丈夫だって言ったでしょ。あんなオモチャで撃たれたくらいでケガなんかしないよ」
「改造されてたらどうするんだ! そんなの、あの時は分からなかっただろうが」
「分かるよ。実弾が入ってたらもっと重いもん」
分かるのか。いや待て、そういう問題じゃない。
「話が後先じゃないか。お前がエアガン持ったの、撃たれた後だぞ」
つまり狙いを付けられたときは、ツボタだって実弾が入っているかどうか分からなかったってことじゃないか。
そう言うとツボタは目に見えて機嫌が悪くなった。
「ホントだね。分からなかったよ。でも、そんなの僕のせいじゃないし」
言い捨てて俺たちに背中を向け、窓際の椅子にさっさと座ってしまう。あーもう、何だよコイツはよ!
「もういい、勝手にしろ」
俺にもまだ喧嘩の熱が残っている。ぷいとヤツに背中を向けた。子供っぽいとは自分でもわかってる。それでもそうせずにはいられない。
「子供の喧嘩だな」
先生が冷ややかな目を俺に向けた。
「放っといてください」
俺はムスッとして言った。




