5 花と銃弾 -3-
赤毛がぶっ倒れる。空手は辞めたとはいえこっちは有段者だ。油断している素人に遅れはとらない。……一対一ならな。
「何しやがるっ!」
「空手かなんか使うぞ、囲んで後ろからやれ!」
「いきがってんじゃねーよ! 一人で何が出来る!」
全くだ。ちょっと武道をやってるからって、一対五では分が悪いにも程がある。
下天一統流の教えは何だったっけ? こんな時は……『初めから相手にならない、または距離を取った場所から飛び道具を使って個別撃破する』だ。
やれやれ、先生にも説教される。
「樫村、逃げろ。寮の中に入れ」
俺は言った。せめて樫村だけは逃がそう。俺がボコられるのは自業自得というヤツだ。
だけど、こちらからも出来るだけの返礼はしよう。
腰を落として構える。こう言う時はやっぱり長年やって来た空手だ。先生に教わっている柔道の技は、まだ付け焼刃すぎて実戦では使い物にならない。
警察沙汰になるかな。なってもまあ……仕方ないか。俺の我慢がきかなかった。武道をやった人間として情けないけれど、こいつらの言うことなすこと全てが踏まれた花のように俺をズタズタにしてしまう。
だからどうしても我慢出来なかった。
深く呼吸をして神経を研ぎ澄ます。ヤツらの隙を狙う。どいつから落とそうか、と睨み据えた時。
「うぎゃ?!」
悲鳴が上がって一人が消えた。いやぶっ倒れた。何だと思う間もなく、
「ごえっ!」
もう一つ悲鳴が上がって最初のヤツと運命を同じくした。
ようやく俺も不良たちも、その『原因』を見ようと首を動かした。
「何やってんの……。ホントどれだけバカなんだよ、アンタ」
うずくまって動けない二人の傍にツボタがいた。ものすごく腹を立てたような顔をしていた。
「ツボタ」
俺の口からすごく間抜けな声が出た。
「何だお前。出かけてたんじゃないのか」
「帰って来たんだよ!」
ツボタは不機嫌に答えた。
「僕が帰ってきたらなんか悪いの!」
「いや、別に悪くはないけど」
俺は間抜けなままの声で答えた。ツボタが寮に帰ってくる、そのことは変じゃない。
だけどコイツがわざわざ関係ないケンカにくちばしを挟んでる、その意味が分からない。
「高原さあ。何なの。そんなに人質になるのが好きなの」
ヤツは悔しそうに言った。
え、何コレ。俺のことを怒ってんの? 何でこの状態で俺が怒られるんだよ、意味わかんねえ。
「そんなの好きなヤツがいるか。大体、俺は人質になんかなってねえ」
「前はなったじゃない。今だってなる寸前だろ」
「まだなってねえ!」
それに前回、俺を人質にして先生を脅したのはツボタ本人じゃねえか。他人事みたいに言ってんじゃねえよ!
「な……何だ?」
残った不良たちがざわめく。まあ、あれだ、分かる。
自分たちが探していた相手がこんなヒョロッとしてナヨッとした女みたいなツラの優男とか思わないよな、あんまり。
「ウルサイ。邪魔なんだけど。帰れよ」
それに冷たい一瞥を投げるツボタ。悪魔のセリフだ、まるで。
「な……ナマ言ってんじゃねぇよ!」
気圧されているのか、相手のセリフも何だか腰砕けになった。ツボタはため息をつく。
「仲間に何したコラぁ!」
倒れた二人は足を押さえて呻いている。立ち上がれない様子だ。骨でもやられたか。
「なんかさあ……イラッとするんだけど。そういう頭の悪そうなセリフ」
ツボタはサラッとした茶色の髪をかき上げる。
「関係ないんだから黙っててよね。どっか行って」
イヤ違う。この状況、お前の方が後から来た闖入者だから。根本的にコイツが原因であることは置いといて。
多分、標的と遭遇していることを不良どもはまだ気付いていないので、やっぱりコイツのセリフは理不尽以外の何でもないだろう。
「これが見えねえのかァ?!」
一人が金属バットを振り上げる。ツボタはそれをすごく冷たい目で見た。あ、この顔やべぇ。
「何ソレ。武器のつもり?」
言葉と同時に綺麗に蹴りが決まった。金的直撃、殺す気かコイツ。続けて水月に追い打ち。ひでぇ。
「人を殺したいならさ……。声なんかかけずにやれよ」
悶絶した相手を見て笑ってやがる。訂正、本気で殺る気だコイツ。
「う、動くな!」
叫び声がした。俺が最初に倒した赤毛が花壇の横に尻餅をついたまま、手に銃を持っていた。くそ、甘かったか。ツボタが倒した奴は一撃でのされているのに、俺はまだまだ手加減していたのだと思うとなんか悔しい。
……待て。銃?
「兄貴の手に入れた海外ものだからな。マジでケガするぞ」
一応、俺の一撃は効いているようで腰は砕けて銃(エアガンだろう、きっとそのはず)を構える手も震えているが。そういうことなら軽々には動けない……か?
俺はちょっと悩む。銃の相手なんかするのは初めてだ。エアガンだとしても威力がどの程度なのかも分からない。




