5 花と銃弾 -2-
一瞬、頭が白くなった。最近うちの学校をシメているヤツ?
うちは割とお坊ちゃん学校だ。ちょっと崩した恰好を好むヤツはいても、本気で警察のお世話になるようなことをする度胸のあるヤツはいない。
こんな風に金属バットを野球以外の目的に使うようなヤツらと進んで関わろうとは誰もしないだろう。ある例外を除いては。
俺は樫村を見た。樫村は目をそらす。
コイツも分かってるわけだ。黙っていて話さなかったのは……コイツらより、アイツの方が怖かったからなんだろうなあ。それが正しい気がしてしまうところが辛い。
「あー。君たち」
つい改まった口調になってしまう。
「探しているというのは、つまりアイツか。ナヨッとしてチャラッとして、そのくせ情け容赦ない……」
「知ってんじゃん」
赤毛はニヤッとした。ああ、いやまあ、多分すごく知ってる。
「ただ、俺ら顔は知らないんだよね。だから探してんの。アンタが呼べば来る? 呼んでよ」
「いや。連絡はとれない」
俺が言うと他校生たちが凶悪な形相になる。
「おい、ふざけてんのかよ」
「知ってんなら呼べや」
あ、誤解されてるな。
「いや……呼ぶ気がないんじゃなくて、物理的に呼べん。あいつ携帯を使わないんだ」
GPSがイヤだとか監視されてる気がしてイヤだとかグダグダ言っていたが、俺は携帯の操作が苦手なんじゃないかと見ている。
アイツ顔に似合わず大変原始的なお育ちだから、IT化社会とかとは非常に相性が悪い。アイツの携帯の電話帳の登録とか着信音の設定とか全部俺がやったからな。
それでもメールとかが来るのが気持ち悪いらしくて基本電源を切ってる。自分から電話したくなった時だけ電源を入れ、用事が終わったら即また電源を切る。激戦地の無線連絡じゃないんだからそういう使い方はやめてほしい。
さらに無線より悪いのは、こちらからの呼び出しが不可能というところだ。本当に面倒くさい。
「はあ?」
他校の不良どもが間抜けな顔をしている。そんなアイツの生態を全部説明しても多分実在を信じられないだろうから、要点だけを伝える。
「アイツは携帯を使わない。だからどこにいるのかわからないし、連絡は不可能だ。探し回ればいつかは遭遇できるかもしれないが、言わせてもらえば一生出会わない方が幸せな類の相手だ。やめておけ」
しまった、要点だけ言うつもりがつい余計なことまで言ってしまった。
「うるせえな! 俺たちの勝手だろ」
「隠してるんじゃないだろうな」
案の定、相手をヒートアップさせてしまった。俺もやっぱり修行が足りない。
「アイツが何かしたならあやまる。半分は俺の責任だ」
俺はアイツの兄弟子で、監視役だからな。残念なことに。
「だけど」
もう一度、他校生たちを睨んだ。
「アイツはバカだしどうしようもないが、自分からケンカを売って歩くようなヤツじゃない」
ヤツは基本、無気力なのだ。手を出せばかみつくが、自分から人に絡んだりはしない。
「そちらの下級生の方が要らないちょっかいをかけたのじゃないか。だとしたら喧嘩両成敗でいいだろう」
「んだとコラぁ!」
「ナマ言ってんじゃねぇぞ!」
後ろにいた二人が前に出て俺の胸ぐらをつかもうとした。つかまれてやる義理もないので、後ろに下がって避ける。余計に怒らせた。
「おい。こっち見ろ」
赤毛の声がした。横を向く。樫村が腕を取られ、無理やり立たされていた。
「いい子ちゃんの生徒会長さんはこういうのに弱いんだろ? 樫村をボコられたくなかったら一緒に来いよ。お前が来れば、その生意気なヤツも来るんじゃねぇの? このままじゃこっちのメンツが立たねえんだよ」
「よせ」
俺は低く言った。
「樫村は関係ないだろう。それに、俺なんかを連れて行ってもアイツは来ないぞ」
アイツにとって俺は、そんな価値のある人間じゃない。
そんなこと分かってるはずなのに、胸の中が重くなった。
「さっさとそこをどけ」
乱暴に言う。まずい。忍耐力が切れそうだ。
樫村の顔は歪んでいた。蹴られた腹が余程痛いのだろう。俺も経験があるからその辛さは分かる。それに。
赤毛の足が花壇の中に入っていた。汚い大きな靴が、俺と樫村が植えた花を無残に踏みつぶしている。
「メンツが立つとか立たないとかそんなくだらないことを言い立てて、お前らはバカか。俺はバカの相手をしているほど暇じゃないし、それに」
ああ。もうダメだ。
「そんなバカに、友達が大事に育てた花を踏み荒らされるのを黙って見ているほど寛大でもないんだよ!」
叫んだ時には、俺は相手の下あごに思い切り上突きを食らわせていた。




