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4 星明りの道 -2-

 ……と思ったところで気付いた。パンとかボケとかって。

「もしかして樫村と話してたこと言ってるのか?」


「名前なんか知らない。眼鏡かけたヤツ」

 樫村だろうなあ。

「何で名前を覚えてないんだ。寮生なんだから朝晩顔を合わせるし、クラスも同じじゃないかよ」

「知らない。どうでもいいヤツの名前なんかいちいち覚えない」

 それは人としてどうなのか。

「クラスメートの名前くらい覚えろ。それから他のヤツの名前も覚えろ」

 人間としての道を説くと。

「……ヤダ」

 拗ねたように背中を向けて丸まってしまう。幼児かコイツは。


「お前なあ。せっかく学校に入ったんだから、少しは友達作ろうとしろよ」

 押しかけ舎弟と言うか、コイツのパシリを買って出るヤツはいっぱいいるのだが。多分ソイツらの名前も覚えていない。『そこの人』とか『アンタ』とか言ってパシらせてるから。

「友達なんかいらない……」

 そう来る気はしたよ、このくそコミュ障。


「あのな。人間は一人では生きていけないんだよ。周りと協力し合わなきゃ何も出来ないだろ」

「そんなことない。ナイフ一本あればジャングルでは生きていけるよ」

 あー。キラキラした外見で忘れがちになるが、そういうサバイバルなお育ちの方だったなコイツ。

「他のヤツなんか要らない。人間は裏切るし命令するし、攻撃してくる。一人の方が安全だ」

 オオカミ少年かお前は。



「……もういいよ」

 俺が何も言っていないのに、ヤツは言い争いに疲れたような声を出した。

「僕たちの気持ちは他のヤツらには分からない。高原なんかに分かるわけないんだから」

 その言い方にカチンときた。

「僕たちって誰だよ。お前に仲間がいるのか?」

 そんなヤツいるのかっていう気持ちがつい言葉に出てしまう。また例の死んだ弟のことでも言い出すのかと思ったら。


「……いるよ。あそこで一緒だったヤツら……あそこにいた大人たちがみんな殺された後、僕と一緒に捕虜になったヤツら……」

 思いがけない答えが返って来た。


 えーと。また言語不自由で何言ってんだか分かりにくいが、殺されたとか捕虜とか物騒な言葉が含まれていることを考慮すると。

「お前が少年兵だった時の仲間か?」

 恐る恐る聞くと、

「仲間とか知らない」

 ツボタは不機嫌そうな顔のまま、俺の目を見ないでそう言った。

「でも、僕の気持ちが分かるのはアイツらだけだ」



 その言葉と同時に、俺とツボタの間に決して越えられない鉄の帳が下りたような気がした。

 そう言われてしまったら俺に何が言えるだろう。

 俺は日本でごく当たり前に成長して来た。

 親から無理やり引き離されて戦地でライフルを持たされ人殺しを強要された、そんな子供時代なんか想像しようがない。理解できるわけもないし、理解できると言ったら嘘にしかならない。


 そんなことずっと前から知っていたはずなのに、そうやって俺を拒絶するツボタがひどく腹立たしく感じられて、

「そうか。だったらソイツらと生活すればいいじゃないか」

 気付いたら俺はそんなことを口にしていた。


「くだらないワガママばっかり言うな。ここは日本だ。日本のやり方に従え。それがイヤならジャングルへでもどこへでも帰ればいいだろう」

 それがどれだけ非情な言葉か。コイツがそこでどんな目に遭わされたか。俺は知っているはずなのに。

 想像することを拒んで、背中を向けて自分のベッドにもぐりこんだ。



 ヤツもそれ以上何も言わず、自分の寝床に入りこむ。

 狭い二人部屋で互いに背を向けた俺たちは、きっと永遠に分かり合うことの出来ない相手の気配をずっと感じていた。

 

 ヤツが眠っていないことは分かっている。そして俺も眠れない。

 分かり合えないことなんか、分かり切っているのに。人と人っていうのはそんなに単純なものではないことくらい俺だって分かっている。そうでなくてもコイツと俺が今まで過ごしてきた人生はあまりに違いすぎて。

 


 それでもこの夜の俺には、そんなことが何故かひどく腹立たしくて。

 灯りを消した後も長く眠れないでいた。




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