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4 星明りの道 -1-

 寮に帰るともう暗かった。門をくぐって玄関のドアを開けようとしたら、暗がりで黒い影が動いたのでギョッとした。

 飛び退って身構える俺。影は明かりの下までやってきて、

「何してるの? 高原くん」

 と不思議そうにたずねた。


 何のことはない。泥まみれの軍手をつけたジャージ姿の樫村だった。

「お前か」

 俺はホッとした。すわ曲者かとビビったことは内緒である。

「何だ、こんな時間まで土いじりか?」


 樫村は園芸同好会に入っている。寮でも許可を取って庭木の手入れをしたり、土を掘り返して何だかんだ花を植えたりしているのだ。

「こんなに暗くちゃ何も見えないんじゃないのか」

「そうでもないよ。目が慣れるからパンジーの花ガラ取りくらいは出来る」

 脱いだ軍手を叩きあわせて土を落としながら、樫村は答える。

「小まめにやらないと花付きが悪くなるし、カビや病気の原因になったりするから」


「そうなのか」

 玄関に入って靴を脱ぎながら、俺は相槌を打つ一方だ。

 残念ながら武道一筋で来た俺はその方面の知識はさっぱりである。パンジーというのがどんな花かも……アレか、今玄関横に咲いてる小さい草か? アレなら、うん、可愛い花だな。確か。

「うん」

 樫村はうなずいた。

「明るい内に出来れば良かったんだけど。今日は梅と木瓜の手入れをしたかったし、椿の様子も見ておきたくて」

 

 そんなにいろんな種類の草が生えてたか? あ、梅は木か。椿も……木だった気がする、な?

「結構手間がかかるようだな」

「まあね。手間暇かけ始めればきりがないよ。生き物だからね」

「そうか。そうだな。生き物だな」

 何だか妙に納得してしまった。植物も生き物だ。

「奥が深いんだな」

 と言うと樫村は嬉しそうに笑った。

 普段はおとなしいヤツだけど、好きなモノのことならよく話すみたいだ。



 まずは食堂で食事。腹が空いているからひたすら食べる。その後は風呂。狭い風呂を時間決めで、男ばかりで(当たり前だが)交代で使う。

 全部終わって部屋に帰りひと息つくと、ベッドでツボタがふて寝していた。

 不機嫌そうな顔をこれ見よがしに俺に向ける。

「楽しそうだね。高原はいいよね、悩みがなくてさ。幸せな人生だよね」

 開口一番これである。何でそんなことを言われなきゃならんのだ。


「別に特別楽しくない」

 あえて言えば、風呂上がりだからさっぱりして気持ちいい。その程度だ。

「どうだか」

 ツボタはものすごく厭味ったらしい口調で言った。

「僕の知らないヤツとすごく楽しそうに話していたくせに」


「はあ?」

 俺は眉を上げる。意味が分からん。

「何の話だ。俺はお前が勝手に帰った後ひとりで稽古して、その後先生と稽古して、それから帰ってきて飯を食って風呂に入っただけだぞ」

「話してたじゃないかっ!」

 ツボタはムキになって言った。

「パンがうまいとか、ボケとか楽しそうに」

「はあ? パン? 夕食は米の飯だったぞ、お前も食べたろ……」

 と言いかけて気が付いた。そういやコイツの無駄に目立つ顔を見なかったような?


「ホラ」

 何故だか鬼の首を取ったように嗤うツボタ。

「僕がいなかったってことにも気付いてないんだ」

「何でいないんだよ。メシだぞ。普通来るだろ。何をおいても来るだろ」

「……食べたくなかったんだよっ」

 ヤツはまた機嫌を損ねた様子で枕に顔をうずめる。ホント、意味分からん。


 コイツは元々むら気なので『食欲がない』とか言って食事に顔を出さないことが多い。来たって鳥がつついたほどしか食べないし、ひどい偏食だし。

「まったく。ちゃんと食べないと体作りも出来ないからな。修行の成果が上がらなくても自己責任だぞ。承知しておけよ」


 そう言ったら、枕が俺の顔目がけて飛んできた。

「高原のバカっ、意地悪っ! トモだったら僕にそんなこと絶対に言わないっ!」

 いや、だから。

「俺はお前の弟じゃねえし」

「知ってるよっ! 似ても似つかないって言っただろ、枕返してよっ」

「お前が俺に向かって投げて来たんだよっ!」


 くそ、ホントわけわからん。

 いろいろな植物の世話をしている樫村も忙しいかもしれないが、このわけのわからない生物の飼育を一手に引き受けている俺の苦労も誰か労ってほしい。



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