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97.NMP

 翌日、座学が終わると俺とアイリスはブリジット教団本部へと転移する。

 向かい合っているブリジット教団とダグザ教団施設はいつも通り――いや、いつもより閑散としていた。


 そのかわり、騒音が少し離れたアンガス教団から聞こえてくる。

 アンガス教団には人だかりができていた。


「一体何が……?」


 アイリスが眉をひそめる。

 あまりよい予感はしていないだろう。


「本当か? このチラシに書いてあることは嘘じゃないんだな!」

「はい、もちろんでふ。すいませんが順番をお待ちくださいでふ」


 アンガス教団の職員と一緒に、枢機卿(すうききょう)ニコラスが客に応対していた。

 騒動を遠くから見ている俺達に気付いたニコラスが、こちらに近づいてくる。


「ふふん。これが現実でふ。人は利益を求めるのでふ」


 手に持っていたチラシをアイリスに渡した。


「違約金は教団もち、改宗者限定で月額0ポンドの新プランを作ったのでふ。名づけて『実質0ポンド』」

「それ実質ってつける必要ある?」


 今度は大きめの声で突っ込んだため、ニコラスがこちらを見た。


「治療そのものは低額とはいえ有料でふ。無料で受けれるんじゃないのかよ! とか言ってくるクレーマー対策に必要なのでふ」

「思ったよりまじめなんだな……」


 俺は呆れつつ呟いた。


「治療費まで無料にすると半分冷やかしのような患者も来てしまいまふからね」


 タダで使えるならとりあえず施設に来るって奴は少なくないからな。

 俺は人が殺到しているアンガス教団施設を見る。


 アンガス教団が大量のチラシを配った。

 それをみたダグザ教団とブリジット教団の信者はアンガス教団に殺到した。

 そして皆がどんどん改宗していっているという状況。

 朝からこの勢いならどれだけの信者が改宗したことか。


「な、なぜこれほどまでの大移動を……」


 その光景を遠巻きに見つめ、アイリスが青ざめている。

 信仰心が強い人間ばかりではない。

 それはわかっていたのだろうが、ここまであからさまだとショックをうけるであろう。


「これがNMPの力でふ」

「MNP?」


 元の世界ならMNPというものがあった。

 モバイルナンバーポータビリティの略である。

 要は携帯電話番号を維持したまま契約会社を変更できる。

 番号を変えた場合、いちいち全員に連絡するのがめんどくさい。


 もう何年も連絡を取ってない相手にも教えるべきか。

 どこまで連絡するべきかで悩むのもばかばかしい。


 ちなみに連絡を取ろうとしたら相手がすでに番号変えていて、ショックをうけることもありうる。


 そういった問題を解消する画期的な政策であった。

 もっともこの世界にはそんな番号は存在しないが。

 

「NMPでふ。ダリップ、説明してやるでふ」


 ニコラスに付き従っている若い司祭がニコラスに命じられて答え始める。


「はい、ニコラス様のすばらしいマネープラン、略してNMPです」

「どっかの芸能人かよ」

「なんの話かよくわからないが、これで勝負ありでふ」


 ニコラスが自信満々でアイリスに近づいていく。


「この人の動きを見れば一目瞭然。まだ勝負を続けるのでふか」

「あ……あ……」


 アイリスは気圧されて言葉にならないようだ。


「今なら温情をかけてかわいがってあげまふよ。しつこいようだとオシオキになるのでふ」


 ニコラスがアイリスをなめ回すように見る。


「ふざけないでください! こんなことは神がお許しになりません」


 アイリスがはっと気を取り直す。


「神などいない」


 ニコラスは宗教団体の最高幹部、枢機卿(すうききょう)とは思えない発言をした。


「なんという罰当たりなことを」


 アイリスが怒りで顔が赤く染まる。


「いるのならば、世界をこんな状態で放置しているのがおかしいでふ。なぜ人は魔族に怯え続けねばならないのでふか」

「神は無条件で誰でも助けてくれるわけではありません。それでは人は堕落してしまいます」

「幾度となく人は滅びの危機に晒されているでふよ」

「それでも人は乗り越えてきました」


 アイリスの言葉にニコラスは首を振った。


「だから、神などいない。いたとしてもまともな神ではないのでふ」


 面白いことを言う奴だ。

 俺は目を細めて聞き入っていた。


「神を侮辱するのですか」

「事実を言っているだけでふ。今あなたを(ふく)おうとする神もいない」

「神に仕える身でありながら、そのような物言い。あなたには神罰が下るでしょう」

「ふふ……やれるものならやってみるといいでふ」


 ニコラスは勝ち誇った顔を崩さない。

 アイリスは肩を震わせながら顔を背ける。

 そしてブリジット教団の建物に走って戻っていった。


「きみも何かいいたことでもあるのでふか」


 ニコラスに問われ、俺はふと考える。


「お前は正しいよ」

「ほう?」

「俺もこの世界には神はいないと思っている。まともな神はな」


 そう言い捨てて(きびす)を返した。


――だから、神罰が当たってもうらむなよ。


 心の中でそう呟きながら。






 翌日。俺たちはブリジット教団本部の教会に集まっていた。

 不安を感じている他の信者たちもいる。


「困ったことになったわね」


 ユーフィリアが眉をひそめる。


「タダで教団に入れるなら、そりゃタダのほうがいいですもんね」


 ティライザが信心深くない者の意見を代弁した。


「これに対抗するなら、もう毎月お金あげるから入ってくださいってやるくらいかしらね……」

「信仰とは一体なんなのか。考えさせられますね」


 アイリスが真剣に考え込んでいる。


「いや、こんなことでそんなまじめに考えられても困るけどな」


 俺はアイリスなだめる。

 むしろ信仰について適当だからこうなるわけで。


「どっちにしろ、それをやったらあっちはさらに金額上積みしてくるだけ。資金で勝ち目はありません」


 ティライザが首を左右に振った。


「だから何か違う手を考えているんですが……」

「手ならあります!」


 いきなりブリジット教団職員であるミックが立ち上がった。


「……一応聞いておきましょうか」


 アイリスはすでに嫌な予感を感じているのだろう。

 眉をひそめていた。


 ミックは用意してあった服を取り出す。


「これを着て勧誘するのです。これで男はイチコロです」


 その服は修道服を魔改造したようで、スカートは短め、胸元を見せ付けるような作りになっていた。

 スカートにはスリットがついてあり、太ももが露出するようにできている。

 生地も薄手でセクシーな衣装である。


「なんて破廉恥な……」


 アイリス的にはそうかもしれないが、一般的にはちょっとセクシーな衣装といった程度である。

 この服程度であれば俺でも耐えられるだろう。

 謎言語的な意味で。


「これで男性はイチコロです。ここには絶世の美少女が4人。いけます!」

「4人って私たちも含んでるのね……」


 ユーフィリアが苦笑した。

 この服を着るのかとは思いつつも、容姿をそのようにほめられては不快ではないだろう。


「ユフィは協力すると約束してますしね」

「あら、ティルは協力しないのね」

「この服を着る協力はちょっと……。サイズ的にも」

「ちゃんとお子様サイズも作ってあります」

「誰がお子様ですかっ」


 ティライザが放った怒りの火球(ファイアーボール)を浴びて、ミックは爆発して吹っ飛んでいった。


「ミックさん……。あんたのことは忘れない」


 信者が冥福を祈っている。

 いや、手加減してるからたいしたダメージじゃないようだけどな。


「と、とにかくこんなのはありえませんよ」


 アイリスは顔を赤らめて否定する。


「しかし現状逆転できる可能性のある手は、他にはありません」


 ミックは自分にヒールをかけて、ヨロヨロとしながらも起き上がる。


 つい先日まではブリジット教団がやや優勢とはいえ、ローダンでの各教団の信者数は互角であった。

 『実質0ポンド』を受けて、どの程度流れるか。

 まだ詳細はわからないが、アンガス教団のシェアは5割を超えるんじゃないかと分析されている。


 それを取り戻すのは容易ではない。


「だいたい金で動くような人が改宗してしまったんですから、金以外で何とかする必要があるんですよ」

「それでもこんなもので人を誘惑しようだなんて……」


 アイリスがプルプルと震えている。


「こんなこと女神ブリジットが許すはずが……」

「それは大丈夫です。あれをみてください」


 ミックが指し示したのは、大理石でできた女神ブリジットの像。


「女神像がどうしましたか」

「肩まで見えるノースリーブの服。胸元も開いています。つまり女神もこういう服装を容認しているのです!」

「た、確かに」


 アイリスは相手の理屈の正しさを認めた。

 いや、それは像を作った奴のイメージにすぎないけどな。

 そもそも太古の神のことなんて俺にもわからない。


 全く影も形もないし、太古の戦争とやらでたぶん死んだんだろう。

 当然その姿もわかるわけがない。


「しかしスリットのついた短いスカートはちょっと」

「女神は慈愛の神です。むしろこれは女神の御心にかなうかと」

「そうかなあ……」


 ユーフィリアが疑問を呈するが、アイリスは納得しつつあった。


「このままだと、アイリスはこの格好では済まないことになりますしね」


 ティライザはむしろアイリスの背中を押す発言をする。

 勝負に負けたらどんな目にあうのか。

 あまり想像したくはないであろう。


「やるしかないんですね」


 アイリスは覚悟を決めて立ち上がった。


「おおおおおお」


 男たちが盛り上がっていた。

 翌日からブリジット教団の女性職員はこの衣装で勧誘活動を行うようになった。

 多少は効果があったようだが、劣勢を覆すほどでなかった。


 男には好評だったようだが、女性には不評。

 なかなかうまくはいかないものである。

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