96.邪神族の信仰心
「なんでそんな勝負受けてきちゃったの……」
ユーフィリアが渋い顔をしている。
翌日、いつもの5人で話し合いをしていた。
「ごめんなさい」
アイリスはシュンと小さくなっていた。
「神様が絡むとアイリスは熱くなっちゃうからな。仕方がないさ」
ジェミーが仲裁に入る。
「じゃあジェミーが解決策を考えてください」
「それは任せた!」
ティライザに突っ込まれると即答し、肩をバンバンと叩いた。
「痛い痛い。戦士の馬鹿力で叩くのやめてください」
ティライザは肩をさする。
「それはともかく、真剣に対抗策を練る必要があるわね」
「わざわざすいません」
「いいのよ。前回は私が助けてもらったのだし」
ユーフィリアが笑顔で応えた。
「こっちもキャッシュバックで対抗とかは?」
ジェミーが思い付きを述べる。
「それをすると、どうなるかわかります?」
ティライザがニヤリと笑う。
「いや、わかるわけないけどさ」
ジェミーが苦笑いする。
「簡単に言えば、潰し合いですね。キャッシュバックで取り返したのを、またキャッシュバックで奪われます」
「それコロコロ信仰を変える人が得するだけじゃん」
「はい。ですので『2年縛り』の違約金を上げることになるでしょうね。まあたぶんあっちがすでにやってると思いますが」
「そういった争いをやっていると、教団のお金がどんどん減っていきます。その穴埋めをするには、まあ月額値上げするしかないですね」
ティライザの説明を聞いていたジェミーがムスッとした顔になる。
「なんでコロコロ信仰を変えるような奴のために、まじめな信者が損しなきゃいけないんだよ」
「はい、そういうわけでその対抗策はありえないです。アンガス、というよりその裏のスコットヤードの資金力に勝てるわけないですし」
ティライザの説明を受けて、ジェミーは納得した。
「そもそも金にものをいわせるそのスタンスが神を冒涜しているのだし、違う方法を考えるべきだわ」
ユーフィリアが相槌を打った。
「まあ時間もあるんだし、地道に布教活動するしかないんじゃないの」
俺が他人事のように言うと、ユーフィリア、ティライザ、ジェミーの3人が呆れたようにこちらを見る。
「責任の半分にはアシュタールにあると思うわよ」
「その場で止めるべきでしたね」
「解決策はお前が考えるべきじゃね」
なかなかひどい言われようだが、この俺をなめてもらっては困る。
「じゃあ任せろ」
「え、本当?」
ユーフィリアが驚く。
「金で対抗するのは禁止だぜ?」
ジェミーが念を押す。
「おう、俺には友達が15000人くらいいるからな」
「友達といるところなんて見たことないですけどね。ああいや、1人だけいましたっけか」
ティライザが疑わしげに俺を見る。
1人というのはナンパのときに一緒にいたアドリゴリのことだろう。
座学が終わった後、俺は15000人の友達がいる暗黒神殿に転移した。
「そういうわけでちょっと相談なんだが」
俺は暗黒神殿にて軍団長たちに相談を行った。
宗教紛争が起きたこと。
ブリジット教団に手を貸すので、信者として登録してきてほしいこと。
その説明を聞いて、軍団長たちはお互い顔を見合わせた。
まあ俺の指令をこいつらが拒絶することなど滅多にない。
どう答えるかなど決まっている。
「お断りします」
邪神軍第八軍団長モルゴンが先陣を切って拒絶した。
「いやどす」
第二軍団長ダンテが同調した。
40代の善良そうな顔立ちの男である。
「えっ。そんなにイヤ?」
俺は素っ頓狂な声を上げた。
「アシュタール様。あなたが神なのです」
「そうです」
アドリゴリとジェコが珍しく同意見であった。
「うん、それで?」
「我々があなた様以外のものを崇めるなどありえません」
ガレスや他の軍団長も否定的だ。
「下の者たちも同様の意見だと思われます。邪神族は皆あなた様によって生まれたものですので」
爺やが補足説明を行う。
考え方が人とは違うということだ。
「我々の神はアシュタール様のみ。ブリジットとかいう、この世界にすでに存在しない神など候補にもなりません」
「女だしな」
アドリゴリの言葉にジェコがつぶやく。
その理由も大きそうだな。
「別に本気で信仰を変えろというわけではない。ただ登録するだけなんだが」
俺のその説得めいた言葉に、皆が考え込む。
「……どうしてもというのでしたら、登録するくらいは我慢できます」
モルゴンが不承不承といった体で答えた。
俺が思っていたよりも、こいつらは信仰にうるさかったようだ。
「ただ、その男は気に入りませんな」
ジェコの言う男とは、ニコラスとかいう豚の話である。
「その男をぶち殺してしまえばいいでしょう」
ジェコらしい意見が出る。
「それは協定違反だ」
アドリゴリが否定すると、ジェコは不機嫌になった。
「面倒な協定を結んだものだな。気にいらない奴をぶち殺せないなんて」
「お前の気分次第で殺していたら、人類がいなくなってしまうだろうが」
アドリゴリが呆れている。
「それがなければ俺たちの地上での活動が終わる可能性が高かった。仕方がない」
俺はこの話を打ち切ろうとする。
「なら別の方法を考えるとしよう」
「よろしいので?」
アドリゴリはやや遠慮がちに問う。
俺がやれといえばやるつもりでいたのだろう。
俺が引いたので申し訳なく思ったのかもしれない。
「いざとなったら頼むかもしれんが、現状そこまで追い詰められていないしな」
俺が答えると、皆が頭を下げた。
「では、我々も準備をしておきますので」
爺やがよくわからないことをいった。
覚悟を決めておくということだろうか。
深くは考えず、話し合いを終わらせることにした。
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「ぶひっ。楽しみが一つ増えたでふ」
アンガス教団施設の1室で、ニコラスがうれしそうにしている。
「こうなったら実験なんてやっている場合ではないでふ。一気に計画をふふめるでふ」
そばにいるのはアンガス教団ローダン支部の司祭、ダリップただ1人。
他のものは忙しいなどと理由をつけてニコラスを避けていた。
若いダリップに役割を押し付けたともいえる。
「どの計画でしょうか? あいたっ」
ダリップが問うと、ニコラスの無駄に豪奢な杖で小突かれる。
「きみのその小さな脳みそで思い出しなさい。プランなんてそんなにたくさんないでしょう」
「ま、まさかNMPですか?」
ダリップが思い至ったのは、先日ニコラスが自信満々に説明したプランである。
「いえふ。それをローダンの住民に勧めまふ。チラシは大量に配るのでふ。よっぽど偏屈な人物以外はアンガスを信仰ふることになるでふ」
「他のプランのテストはいいのですか? あいたっ」
再度ダリップは小突かれる。
「勝負となれば油断は禁物なのでふ」
信者獲得に向けて、いくつか作戦を練っていた。
それらを徐々に試して、どの企画が人気なのかを調べるつもりでいたのだが、事情が変わった。
「最初から全力でいって勝負を決めるのでふ」
「あいたたたたた」
上機嫌のニコラスは、ダリップをリズミカルに小突き続けるのであった。