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95.異変

 それから一週間ほどが経過した。

 何事もなく過ごしてはいる。

 穏やかな日々であった。


 ひとつ問題があるとすれば、アイリスが元気がないくらいである。

 ユーフィリアがそれを尋ねた。


「それがですねー。先日信者さんが大量に辞めちゃって」


 アイリスは深刻そうな表情である。


「最近順調に増えてなかった?」


 ユーフィリアが不思議そうに確認する。


「そうなんですよねー。だから何でなのか」

「無宗教になるんでなければ、ダグザ教団かアンガス教団に入ったとしか考えられないだろ」

「一応、それ以外にも小さい宗教は色々とあるらしいですけどね」


 ティライザが付け加える。


「そもそも『二年縛り』は?」

「違約金をきっちり払って辞めていってます」

「そこまで高額ではないですけど、一般人がそれをしてまで宗派を鞍替えするメリットってなくないですか?」

「そうなんですよねー。サービスの質はどこも大差がないです」


 なぜ教団に入信するのか。

 一番もっともな理由は、その神の教えに感銘を受けたからというものであろう。

 このタイプの信者が信仰する神を変えることはほとんどない。


 しかしこの世界はそうではない人が多々存在する。

 魔法があるためだ。

 治療魔法。大怪我でもたちどころに治してしまう奇跡の効果を及ぼすもの。

 病気もある程度までは治せる。


 もちろんみんな治してもらえるのであればそうしたい。

 しかし治療魔法の使い手はそこまで多くはない。

 全員が怪我、病気のたびに依頼に来られても到底対応できない。

 

 なので、それを利用する際は多額の寄進を要求されるのである。

 それを払えない一般人はよっぽど重症なとき以外は自然治癒に任せるわけだ。


 一方そのシステムでは一般人はなかなか利用できない。

 しかも仕方なく利用するときの料金の負担が大きい。

 この仕組みではよろしくないということで、解決策として始まったプランがある。


 信者であれば治療魔法を格安で受けれます。

 ただし回数、受けれる魔法のランクに制限あり。

 その回数などはいくつかのプランがある。

 信者のお布施は月額制。


 こういうサービスが始まり、それが広く受け入れられて現在のようになった。

 3大宗教に入っていない者が少ないのは、このシステムができたからである。


「高速3Gプランでお願いします」

「はい? アシュタールはこの話題になるとよくわからないこといいますね」


 ティライザが首をかしげる。

 まあこの世界の人間にはわかるわけもないんだが。


「まあダグザ教団とアンガス教団を偵察すれば何かわかるんじゃないの?」

「けど教団関係者はだいたい顔見知りですから」


 アイリスは難しそうな顔をしている。


「アイリスは宗教関係者の間では有名よね」


 ユーフィリアが相槌を打った。


「さすがに偵察には入りにくいでしょうね」


 ティライザは何か方法がないかと思案しているようだ。


「じゃあ変装すればいいんじゃないでしょうか」

 

 それで思いついた作戦を告げる。

 というよりむしろ考えるのもめんどくさくなった感じである。


「うーん……。いいかもしれませんが1人では不安ですね」

「それなら俺もいくか。俺はこの間も入ったし、変装の必要もないしな」


 俺の言葉に4人が固まる。


「それって……」

「二人っきりで」

「あれだよな。まあ順番が来たということで」


 ユーフィリア、ティライザ、ジェミーが息を合わせたかのように話す。


「こ、これは違いますよ、そういうんじゃないです。第一、人目もありますし」


 アイリスがなぜか慌て、手を振って否定する。


「ほう、人目がなかったら何をするおつもりで?」


 ティライザが目を細める。


「あわっ。あわわわわ」

「これはカウントせざるをえないわね」


 ユーフィリアが有無を言わさぬ声で告げる。


「1回ということで」


 ジェミーも頷いた。

 彼女らが何の話をしているのかよくわからないが、とりあえずいってみることになった。






 変装ということで、アイリスはいつもとは違う服装で待ち合わせ場所にやって来る。

 上が黄色いパーカーで下がホットパンツ。

 サングラスに帽子もかぶっていて、声をかけられるまで気付かなかったくらいだ。


「こ、このくらいなら大丈夫でしょうか」


 アイリスは不安げに聞いてくる。


「大丈夫だろ。しかしそんな服も持っていたんだな」

「は、はい。慌てて買ってきました」


 アイリスは見られて恥ずかしそうにしている。

 顔は帽子とサングラスで隠れているが、その体つきだけで男の視線が釘付けであった。


 上着はともかく、ホットパンツの破壊力は抜群である。

 普段は隠れがちなヒップラインがはっきりと見える。

 生肌の太ももはむっちりとしていて男好きのする体であった。


「あとはそのオドオドとしているのがよくないかな。怪しまれてしまう」

 

 そう言って態度を直させて、俺たちは教団から少しはなれたところに転移する。

 教団関係者だと思われないように配慮したのだ。


 ダグザ教団に行ってみるも特に何もわからなかった。

 アイリスの変装は問題なく、バレることなく建物から出ることができた。


「ふうっ。緊張しました」

「そこまで変装すればさすがにバレないみたいだな」

「でもなんか職員の方とか、一部の男性の目線が冷たかったような」

「ああ。そいつらは特殊な男にしか暖かい視線は送らないんだよ。気にするな」

「はあ……?」


 アイリスは理解できず、首をかしげたが理解されても困る。

 次の目的地であるアンガス教団もすぐそばである。

 俺がそちらを見ると、すでに人だかりができていた。


「なんであんなに人がいるんでしょう?」


 俺の邪耳(イビルイヤー)には彼らの会話が聞こえてくる。

 それを聞きながらアンガス教団の建物に近づいていった。


「これ本当なのか? 違約金はアンガス教団もちだって」

「もちろんでふ。現在他教団からの乗り換えキャンペーン中でふ」


 枢機卿(すうききょう)とかいう太った男が説明をしていた。

 ニコラスという名前らしい。

 その話を聞いている者の中には、ブリジット教団の信徒も少なくない。


 それを見てアイリスはショックを受けていた。


「み、皆さんどうして……」

「お嬢さんも興味がおありでふか。キャンペーン中なのでふよ」


 2年縛りで信者を辞めにくくしているなら、違約金はこっちで持ちますよといえばデメリットはなくなる。

 けど、それだけでは人がこれだけ集まる理由にはならない。


「そうでふね。人が集まるにはそれなりの理由がありまふ」


 その男は1枚のチラシを取り出した。

 そこには大きな見出しで新キャンペーンを喧伝していた。


「全く。世の中馬鹿ばっかりで困りまふね。この程度のキャンペーンを思いつくこともできないなんて。このニコラス様を見習ってほしいものでふ」


 ニコラスはこれ見よがしに両手をあげてため息をついた。


「キャッシュバックプラン?」


 アイリスがチラシに書いてあることを声に出して読む。


「そう。違約金はこちら持ち。それだけではなく、追加でお金をお返ししまふ」

「それもう返すと言うよりあげてるんじゃ……」


 俺のつぶやきはニコラスには聞こえなかったらしい。


「そ、そんなことをしたら教団は完全に赤字になりますよ」

「その程度はどうにでもなるでふ。というか、あなたなんでそんなこと気にふるんでふかね。他所のスパイでふか」

「なっ」


 アイリスが慌てる。

 そんな反応をしてはバレバレであった。


「そんな風に変装しているあたり、結構な上役でふな」

「そ、そんなことは……」

「なら帽子とサングラふを取っていただけまふかな?」


 はずさなければそれを証明したも同然。

 アイリスは諦めて渋々はずす。


「あ、アイリス高司祭!?」


 ブリジット教団の元信者が声を上げた。


「ほうほう。あなたが噂のアイリス高司祭でふか」


 ニコラスは好色そうな笑みを浮かべる。


「ブリジット教団の聖女様との噂でふな。いやいや、評判通り。して高司祭も改宗なさるのでふかな」

「そんなわけないでしょう!」


 アイリスの声に怒りが混じる。


「こんな風にお金で人の心を動かそうとするなんて、神を冒涜しています」

「生憎われらの神はお金でそういうことをするのを容認しているのです」

「私は女神ブリジットの(しもべ)ですが、アンガスのことも多少は知っています。そんな教義はありません」


 アイリスが断言する。

 他教団の教義についても学んでいるようだ。


「いいや、ありまふ」


 しかしニコラスも強気で言い返す。


「なぜなら私がそう判断したからでふ。神学での成績も私が教団ナンバー1でふ。私の教義の解釈が正しい」


 こいつがそんなに頭がいいようには見えない。

 俺が疑問に思っていると、アンガス教団の職員がつぶやいた声が邪耳(イビルイヤー)に入ってきた。


「まあその成績も金の力で得たものですけどね」


 確かスコットヤードの王族だったな。

 その程度のことは軽くできるのであろう。


「そんなの、間違っています」

「他の教団の方針に口を出さないでほしいでふね」


 なかなか引き下がらないアイリスにうんざりしているニコラス。


「人々が間違った方向に導かれていくのを黙って見過ごすなどできません」

「ふうむ。ならば勝負するでふ」

「勝負?」

「はい。来月までにどちらがより信者を獲得できるかの勝負でふ。こちらの方針が間違いだというのであれば、それを証明するでふ」

「いいでしょう」

「負けたほうは勝ったほうのいうことを聞く。それでいいでふね」


 ニコラスはニヤリといやらしく笑う。


「おい、こんな勝負うける必要が……」


 俺は止めようとアイリスの腕をつかむが、アイリスはそれを振り払った。


「わかりました」


 アイリスが了承すると、ニコラスが楽しそうに笑った。

 めんどくさいことになったとは思いつつも、アイリスを連れてその場を離れた。

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