94.ダグザ教団とアンガス教団
まともな宗教を探そう。
いや、別にブリジット教団全体がおかしいとかそういうことはないのだろうが、ちょっと気になったのだ。
他は大丈夫なんだろうかと。
そういうわけで、俺はブリジット教団本部に転移する。
そして道向かいにあるダグザ教団ローダン支部を見た。
何ですぐそばにライバル教団の建物があるんだって?
それはむしろ当然のことなのである。
商売をするにあたって、どこに店を構えるのがいいか。
まあ街の真ん中、繁華街。
そういったところである。
客は住んでいるところから近いほうに行く傾向にある。
突き詰めると、真ん中が一番有利ということだ。
町の中でも人口密度が高いところと低いところがあるから、そういった要素も考慮しなければならないが。
それらを考えると、ローダンの場合やはり都市の中心にある繁華街に店を構えるのが理想である。
繁華街の中でも……と考えていくと、自ずと場所は定まる。
最初に店を立てようとした者は深く考える必要はない。
理想の場所にドンと店を構えればいい。
じゃああとから同業者が出店しようとする場合、どうすればいいか。
近くは避けて北側に出そう、とか考えたら立地では完敗である。
南側の客はほとんどライバル店に取られるが、北側の客をほとんど取れるわけではない。
真ん中に近い住民はライバル店に取られてしまうのだ。
結局対抗するなら、理想の立地場所をとったライバル店のすぐそばが、やはり理想的な場所となるのである。
コンビニが道路を挟んで向かい合って店を構えている。
ガソリンスタンドなぜか隣り合っている。
これらはよく見る光景であろう。
これをホテリングの立地均衡という。
この世界にホテリングさんはいない。
しかし別に学者が理論を解明しなくても、店を構えるほうはなんとなく経験から分かっているということだ。
これはあくまで立地のみの話である。
サービスがよければ遠いほうに行くというのは普通にあることだ。
宗教の世界ではどうか。
純粋に宗教思想に感銘を受けたものであれば、遠かろうがそっちを選ぶであろう。
しかしそうでないものにとっては、どれだけ便利かで選ぶ以上立地は無視できない。
そういうわけで3つの教団は近くに固まっていた。
「いらっしゃいませ」
ダグザ教会の中に入ると、法衣を着た屈強そうな大男が挨拶をした。
教会の中をみると、冒険者や兵士らしき人物が目立つ。
戦の神でもあるから、そういった人が信仰していることが多いのだ。
「カンタブリッジ学園の学生。冒険者コースですか」
「はい」
制服で来たので、それは一目で分かってしまうだろう。
「もうダグザ教に入信済みで?」
「いえ、今検討中でして……」
「そうですか」
自由に見学してかまわないという説明をうける。
中をかるく見て回ったが、まあ普通の教会だな。
まあちょっと見学しただけで、おかしなところが見つかる教会なんてあるわけがない。
1つ気になることがあるとしたら、俺をじっと見つめる者が多少いるくらいだ。
屈強そうな職員も遠くから俺の体を見ている。
「こっち側じゃなさそうだな」
通常なら到底聞こえるわけがない距離だし、そのつもりでつぶやいたのだろう。
だが俺の邪耳にははっきりと捕らえられていた。
こっち側ってなんだよ。
よく見ると短髪ヒゲ面タンクトップという、イカニモ系の方々が多少なりともいるのが見えた。
まあちょっと見学しただけで、おかしなところが見つかるわけないしな。
おれは気にせずそそくさと教会をあとにした。
最後にアンガス教団の建物に向う。
2軒隣の建物であった。
「いらっしゃいませ」
アンガス教会に入るや否や、ニコニコ顔の中年男性が近づいてくる。
「礼拝ですか、それとも入団希望ですかな。今ならキャンペーンがありまして……」
「見学というのは……?」
商売の神の信徒はさすがに押しが強い。
俺は宣伝を遮って用件を言った。
「もちろんかまいません」
「ありがとうございます」
周りを見渡すと商人と職人が多い。生産と商いの神であるからだ。
「商売に興味がおありですかな」
「いや、別に」
「では医療サービスがお望みですかな。確かに我らアンガス教団が一番格安でサービスを提供していますれば」
「そうなんですか」
「はい。商業の神ゆえ、裕福な方からの寄進が多いのです。その分、一般の信者の料金を抑えることができるというわけです」
その職員は次に入ってきた人への説明をするために去っていく。
「兄ちゃん騙されんなよ」
身なりの悪い若い信徒が俺に話しかける。
アンガス教団の中心は当然北方のスコットヤード。
ローダンの教団支部はそれほどやる気がない。
値段が安いのは間違いないが、その分サービスが悪い。
要は安かろう悪かろうということだ。
「この街は信者獲得の激戦区。ここに力をいれずにどうするんです?」
「ああ。それはいかんだろうということで、本部から枢機卿が来ている」
枢機卿とは教団のトップである法王に助言できる最高顧問である。
これは聖職者とは限らない。信者であれば誰でもなることができる。
「来ているのは現国王の姉の息子。甥っ子だな。ほれ、あれだ」
その男が指差した先にいたのは、丸々と太った男であった。
高価そうなアクセサリーをちりばめ、法衣も豪奢。
金色で、こった意匠の立派な杖をついていた。
たぶん杖で支えていないと辛いんだろう。
その男が職員を叱っているのが見えた。
どこも何かしら問題抱えてんなー。
そう思いながら俺は暗黒神殿に帰った。
**** ****
「全くなってないでふね」
ふごふごとうるさいのは枢機卿ニコラスである。
太りすぎて言葉がイマイチ聞き取りづらくなっていた。
視線の先に目つきの悪いカンタブリッジの学生が見えたが、気にせずに説教を続ける。
「ローダンでの信徒数は、3教団の中で最下位になっているではないでふか」
「も、申し訳ございません」
教団職員たちは深々と頭を下げる。
「しかし、『2年縛り』ができてからはなかなか引き抜きもできなくなっております。今やどの教団にも属していない者は、そう多くありません」
「ふー。そんな体たらくだからこの僕がわざわざやってきたのでふ」
ニコラスは手柄を欲していた。
手柄とは内政、外交、戦闘あたりが無難であろう。
しかし、言うまでもなく戦闘は論外。
本人の能力もないが、そもそもスコットヤード自体が武力を軽視している。
一方内政は安定していて、即座に成果を上げられるものもない。
外交は最近失敗したばかり。
ではあとは何があるのか。
宗教である。宗教を軽んじてはいけない。
宗教が原因で起きた戦争も少なくないのだ。
「この街をアンガス一色に染め上げるでふよ。従兄弟は最近失態ばかりでふからね。僕にもチャンスが回ってくるかもしれないでふ」
「は、はぁ……」
どうやってやるのか、何の話をしているのか。
職員たちは理解できずに曖昧な返事を返すのみであった。