91.エピローグ
対魔族会議の話が意図せず外に漏れることはない。
機密という奴だ。
ただ、ハミルトン要塞消滅の件は隠しようがないわけで。
その件を説明しないことに全世界は疑問に思った。
一体誰がどうやって。
なぜこんなことをしたのか。
しかしこんな事態は人々の想像をはるかに超えたことである。
予想もトンデモ論しか出てこない。
そしてマグナ・カルタ大憲章の改定。
『世界には謎が多い。この解明には慎重を期すべし。深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ』
この謎の一文が追加された。
これも事情を知らないものには理解できない一文である。
各国の王族には具体的な話が伝わっている。
基本代々継承していくことになる。
もちろん国家なんていうのはいきなり滅亡したりする。
この件を知らない新国家ができることもあるだろう。
その場合は対魔族会議に参加を促し、その場で説明をする。
さすがにマグナ・カルタを遵守せず、会議に参加しない新国家なんてまずないだろう。
よっぽど頭がおかしい国じゃない限り。
政府間の話はこれで終わりでいいとしても、民衆はそうはいかない。
ハミルトン要塞の地下には巨大な迷宮があった。
最奥には恐ろしい魔物がいて、その逆鱗に触れたのだ。
そんな意見も出た。
やはりわかりやすい答えがないと落ち着かない。
政府への苦情も多いらしい。
それをほっとくのも問題があるということで、あの人が立ち上がった。
ダンジョンに妖精がいるように、実は人間世界にもいます。
数は非常に少数ですが、ひっそりと暮らしています。
彼らは正体を知られることを非常に恐れています。
正体を暴こうとするのは危険。
彼らを怒らせてはいけません。
ハミルトン要塞はその証明である。
皆さんも好奇心はほどほどにしましょう。
ジャスティン教授
「だから誰なんだよジャスティン教授」
俺は新聞を読みながら一人ごちた。
例によって世論をミスリードする作戦である。
対魔族会議から数日が経った朝。
俺は喫茶店で紅茶を飲んでいた。
オーレッタの退院祝いということで、一緒に過ごしている。
彼女たっての希望である。
「あれ? 知らなかったんですか」
オーレッタが意外そうな顔をした。
「えっ。知ってるの?」
「ジャスティン伯爵と同一人物です」
「いや、知りたいのはそんなことじゃなくてだな……」
「冒険者ギルドを幾度か訪れてますから、顔は存じあげております」
冒険者ギルドに依頼するとき、オーレッタが対処してくれたんだったな。
「ただジャスティン伯爵としか名乗ってないので、それが誰かと言われましても……」
まあ邪神族の誰かがその役をやってるんだろうけどほっとこう。
「今日はわざわざすいません。助けてもらった上にこんなことをお願いしてしまって」
オーレッタが申し訳なさそうにしている。
「誘拐されたのは俺らのせいだ。埋め合わせが必要だと思っていたからちょうどいい。むしろこんなことでいいのか?」
「最近なかなか会う機会もなかったですので、私にはこれで十分です」
オーレッタは嬉しそうにしていた。
「ところで……あなた様に会いたいという人がいるんですが」
オーレッタが恐る恐る話す。
「んー。変な奴とかめんどくさい奴ならお断りだぞ」
俺のぞんざいな返答にオーレッタは苦笑いする。
「た、たぶん大丈夫だと思います。常識人のはずです」
オーレッタの言う人物は程なくやってきた。
勇者フィオナ・スペンサーであった。
常識人かなあ?
「や、やあ……」
フィオナがぎこちない笑みを浮かべる。
「なんでそんなに緊張してるの?」
オーレッタがフィオナを不思議そうに見ている。
「そういえばお前ら知り合いなんだったな」
フィオナが同じテーブルに着く。
飲み物とショートケーキを注文すると、沈黙が訪れる。
「話があるんじゃないのか?」
俺が促すと、フィオナが頭をかきつつ答えた。
「いやーあの。私たちちょっと行き違いがあったと思うの」
「元々滅多に話すことなんてなかったけど」
「話すときって大体戦いになったわよね」
1回目はただの腕試しだから別に問題がない。
前回はなんか因縁つけられた感じだったな。
「そういうこともあるさ」
「でもでも会議で和解したわけだし、私たちも仲直りしたほうがいいんじゃないかなーと」
「その和解に当然含まれてるし、そもそもそれほどもめていたわけでもない」
俺の言葉でフィオナがホッとする。
「それに、あのときのことはオーレッタのためだろう」
「あら、そんなに気を使わせてしまったのね」
オーレッタがからかう。
「そういう理由で向かってきたのを、どうこうしようと思うわけがないさ」
「そ、そうなんだ。そんな気にすることなかったのね」
なるほど、俺に恨まれているとでも思っていたのか。
「それに、俺にとってはいいテストだし」
「いいテスト?」
「俺の目的は把握しているんだろ?」
「ああ、女性が苦手という話ね。その弱点も実は嘘とかじゃないの?」
フィオナが疑惑の視線を向ける。
「そんな嘘をついてなんになるんだ」
「うーん。なんか色々とメリットがあるような」
「あるわけないだろ。早く治したいよこんなの」
俺はため息をついた。
「あと学校に通う理由もなくなるしな」
「学校に通っている理由がそれって……」
フィオナがなにか言いたげだったが、口をつぐんだようだ。
「そういうわけで、また手合わせ願えるとありがたい」
俺の言葉にフィオナがジト目になった。
「普通に戦うだけならいいけど、あなたに勝とうと思ったら私はどうすればいいのかしら?」
「ああうん……。それは自分で考えて?」
「イ・ヤ・よ。あれ以上のことできるわけがないでしょう」
「一体何をしたの……?」
オーレッタが呆れている。
うーむ。
このままだと便利な対戦相手に逃げられてしまう。
「逃げるのか」
「むっ?」
フィオナが不機嫌になる。
やはり彼女はカッとなりやすい。
ならば煽るのが正解であろう。
どうやら仲直りは一瞬でおわったようだ。
「前回は途中で中断したが、俺が優勢だったな」
「そうね。でもあなたみたいな怪物に負けても悔しいという感情は湧かないわね」
それでは困るな。
「ならば俺は勝者の権利を使わせてもらう」
「な、何をする気よ」
「あなたのことは不名誉なあだ名で呼ばせてもらうとしよう。それでもいいのか?」
「ふんっ。負け犬とか? 好きなように呼べばいいわ。そんな安い挑発に大人の女は乗らないのよ」
フィオナは胸をそらす。
俺はポツリとそのあだ名を告げた。
「見せパンおばさん」
俺がそれをつぶやいた瞬間、オーレッタはこらえきれず吹きだした。
一方フィオナは顔を真っ赤にして怒る。
「誰が見せパンおばさんじゃああああ!」
クラウ・ソラスを抜き、俺を切りつけてきた。
もちろん難なく万能結界で受け止める。
強力な力のぶつかり合いにより、光が発せられる。
衝撃波も発生し、店のガラスが割れた。
「おい、とんでもない奴らが喧嘩おっぱじめたぞ」
「逃げろおおおお」
周囲の人がそれを見て慌てて逃げ惑う。
「こんなところで止めてください」
オーレッタがオロオロしながら声をかけるが、彼女に戦闘を止めることはできない。
お互いが距離を取ると、多少冷静になったフィオナは剣をしまった。
「しまった。仲直りするはずだったのに」
「喧嘩するほど仲がいいというじゃないか」
「あなたと仲良くなれそうにはないわ」
フィオナは天を見上げた。
「ま、まあとにかく違う店に行きましょうか」
騒動の謝罪と見舞金を払い、その店を出る。
その後高級料理店で食事をしたり、オーレッタの好きなものを買ってやったりした。
秋が深まるローダンの街をオーレッタは楽しそうに歩いている。
俺はその様子を見て、埋め合わせができたことに満足したのであった。