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9.冒険者ギルド①

 有史以来、人類と魔族の戦いは30度を越えている。

 そのすべてで人類が勝利してきたわけではない。

 魔族に敗北し、支配を受ける。あるいは滅亡寸前にまで追い詰められるということが幾度かあった。


 AS暦955年。今から50年前。

 このときも人類は危機に瀕していた。

 いわゆる第六魔災である。

 

 魔災――魔王による厄災。

 魔王による6度目の人類の危機ということだ。


 魔王との戦いは緒戦は人類有利で進行した。

 一時は魔王を追い詰め、大陸最南端にある魔王城を包囲。そして勇者以下精鋭を集め、魔王城に突入した。

 しかし、その戦いで勇者が戦死。その後魔王軍に瞬く間に逆侵攻を受ける。


 いくつもの国が滅ぼされ、世界の2/3が魔王軍に制圧された。

 人類は最後の決戦を挑んだ。ここローダンよりも北にある地。カン・プノー平原。

 その決戦において勇者パーティの生き残り、大魔道士セリーナが魔王に特攻をかけ、見事に討ち取ったのだ。







「その魔王を討ち取ったセリーナ様こそこの学園の現理事長である」


 歴史教諭のオルブライト先生が感慨深げに語る。

 今は歴史の授業。

 この先生は物語り調で歴史を語る。なかなか面白い先生のようだ。


「いい話だ」


 俺は感動していた。やはり歴史を(つづ)る物語というものはいい。


「おい、あいつ泣いてるぞ」


 ジェミーが俺を見て驚いている。


「安心してください。ユフィも涙ぐんでます」


 ティライザが呆れながら指摘した。


「転校生! お前もこの戦いのすばらしさがわかるのか!」

「はい。そこもいいのですが、人間側の総大将エイムズ将軍と、魔族大将軍の一騎打ちも見ごたえがありました」

「おお、そうかそうか。興味があるならうちのゼミに来るといい。お前なら歓迎するぞ」


 オルブライト先生にゼミに誘われた。

 歴史の研究をしているゼミである。

 面白そうだ。

 機会があればいってみようと思う。この先生なら邪神についても多少は知っているかもな。


「見ごたえ……?」


 ティライザが首をかしげていたが、気にしないことにした。






 座学が終わると、俺は帰る準備をする。

 冒険者ギルドに登録しに行くのだ。

 ダンジョンを攻略するにあたって、冒険者登録しておいたほうが何かと便利らしい。


「一人で大丈夫なの?」


 ユーフィリアが心配そうに声をかけてくるが、二日も修行を休ませるのは忍びない。


「まgbうぉgbいにh(何も問題ないよ)」


 ゆえに俺は丁重に断った。


「何言ってるかわかんねえけど、問題だらけじゃねえか」


 ジェミーが的確なツッコミをする。

 こいつも俺の謎言語がわかるようになってきたんじゃないだろうか。






 冒険者ギルドは、カンタブリッジ学園からそれほど遠くない繁華街にあった。

 卒業生も多数在籍している。


 学園の冒険者コースの卒業者は、その多くが冒険者となる。

 あるいは国の騎士になる者もいるし、特定の貴族に仕えたりもする。

 時代によっては傭兵として生きることも可能であろう。

 

 学生のうちから冒険者登録はできる。

 冒険者ギルドは5階建ての大きな建物であった。

 中に入ると正面には受付があり、二十歳くらいの女性が座っていた。

 栗色のセミロングの髪で、なにやら熱心に書類を作成している。


 若い女性いぃ? 

 俺にとってはいきなり試練であるが、まあなんとかなるだろ。


「あの……」


 ゆっくり落ち着いて話せば大丈夫。


「どうしました? 仕事の依頼かしら。それとも冒険者志望ですか?」

「オーレッタそんな小僧に冒険者は無理だよ」


 1階には受付の他にも食事所、酒場があった。そこで酒を飲んでいたおっさんの戦士が、がはははと笑う。

 オーレッタとは受付の女性の名前だろう。

 オーレッタは丁重に戦士の野次を無視しつつ俺を見た。正確には俺がきている服を。

 カンタブリッジ学園の制服である。


 カンタブリッジ学園は様々な学生がいる。

 だがわざわざ冒険者ギルドに来るような人物なら、当然冒険者コースの学生を疑うべきだろう。

 その考えに至らないおっさんは頭のが悪いのか、こんな時間からひどく酔っ払っているのか。 


「カンタブリッジの学生さんですね」

「はい……。冒険者登録……したいのですが……」


 なぜかゆっくり喋ろうとすると小声にもなる。その態度にオーレッタも不安になったようだ。


「覇気がちょっと足りないですね。冒険者は簡単な仕事ではないのですよ」

「ふんっ。じゃあ俺が腕を確かめてやるよ」


 その大柄の戦士が立ちあがり、腕をポキポキと鳴らす。


「おいおいバーナンド。お前さんが相手じゃ新人には辛いだろ。お前さんはCランクなんだぞ」


 そう声をかけた冒険者は楽しそうにしていた。

 言葉とは裏腹に、よい余興だと思っているのだろう。

 

 こんな奴を返り討ちにするのは簡単なことだ。

 だが冒険者登録しに来て、いきなり問題行動を起こすほど間が抜けてはいない。


「すいません今日は登録にしにきただけなんで……」


 俺は軽く頭を下げる。

 1000年間ひっそりと暮らしてきた邪神族が、こんなところでむやみに目立つわけにもいかない。


「そうですよバーナンドさん。そうやって新人をいびるのはいい加減止めて下さい」


 オーレッタがバーナンドに苦情を言うと、バーナンドはつまらなそうに、酒瓶を持って俺に近づいてくる。

 そしてその酒を俺の頭からふりかけた。


「ふん。この酒の味がわかるくらい成長したら相手をしてやるよ」


 そう吐き捨てて去っていった。


「ああ、ちょっと何してるんですか!」


 オーレッタが慌ててタオルを取ってきてくれた。

 俺はそれを無言で受け取り、頭と顔を拭いていく。


「すいません。ご迷惑をおかけして」

「いえ……あなたのせいでは……ありませんので」

「でもすごい怒ってますよね」


 そりゃ怒ってるさ。

 いきなり何なんだよ。

 でも俺はそんな安い挑発には乗らないんだ。  

 





 冒険者登録は至極簡単。特殊な解析ができる水晶を触るだけだった。

 

「はい。これであなたの生体データが登録されました。あとは個人情報をインプットしていくだけです」


 名前、性別、出身地その他のことを聞かれる。


「mhえwあぐg-ろfいいgh(訳:名前はアシュタールといいます)」


 アカン。早速失敗した。


「ご、ごめんなさい。よく聞き取れませんでした」


 接客業をしている彼女は気を使ってそう聞き返す。


「安心しろよ。俺らも聞き取れねーから」

「声は裏返るわ噛みまくるわ、もう何がなんだかわからねーよ」


 酒場からバーナンドらが笑いながら答える。

 俺は自分がうまく話せなったりすることを伝える。

 

「小僧。女に慣れてないな。女の扱いだったら俺らに相談しろよ」

「酒を(おご)ってくれたら武勇伝を聞かせてやるよ。お子様にはちょっと早いか!」


 酒場からはそんな声が飛んでくる。無視だ無視。


 その後も失敗しながらプロフィールを登録した。

 時には筆談も織り交ぜて。

 

「はい。これであなたのデータは登録されました。ああ、それと……」


 オーレッタは別の水晶を取り出す。これは強さに関する数値をいくつか測定する水晶だそうだ。

 他人に強さを知られるのを嫌う奴もいるから、強制ではないとのこと。


 俺もどっちかといえば、知られたくない側ではある。でもどこまでデータを調べられるのかが気になったので水晶を触ってみた。


「ん? 測定不能ですね。申し訳ないけど、きちんと気を張ってやってください」


 人なら人気(じんき)、魔族なら魔気といった風に、戦闘時には特有の空気がその人物の周りには満ちる。

 それは本人の身体能力を向上させ、攻撃にも防御にも多大な影響を与える。

 戦士はそれによって体を強化しているし、魔法使いはそれを魔法を使う力の源――魔力にも用いる。

 ちなみに邪神族は邪気だ。


 俺は今は邪気を一切発していない。なので測定できなかったのだ。

 

「きちんと言わないと伝わらないだろ。今のあなたは弱すぎて測定不能ですってな」


 バーナンドはそのまま酒をぐいっと飲み干す。

 いちいちうぜえ。


 邪気は人間にとって未知の力。あまり出したくはない。

 最小限の邪気を、ほんの一瞬だけ出す。人間には到底感知できないであろう、わずかな時間。


 だがそれは水晶にとっても同じなようで、やはり水晶は測定できていなかった。


「チッ。何チンタラやってんだよ。こうやるんだよ、こう!」


 バーナンドが人気(じんき)を張って水晶を触ると、水晶に反応があった。

 水晶に文字が浮かび上がる。




 バーナンド。人族。火属性。POWER:180




 POWERとはこの水晶独自規格。まあ大きければ大きいほどすごいということらしい。


「今日はイマイチだな。まあ酒飲んでるしな」


 バーナンドは不満げに自分の席に戻った。


「さすがバーナンドさんだ」

「ああ、180なんてかなりの数値だぞ」


 一緒に酒を飲んでいた冒険者仲間が賞賛する。 


「よせよ。照れるじゃねえか」


 バーナンドはそうは言いながらも、いい気になったようで自分の酒を相手についでやった。

 

「あのー。酔っ払いなんか気にしなくていいですからね。それではやってみましょうか」


 オーレッタが俺を気遣う。


 俺はもう少し長い時間、力を込めて邪気を放つ。

 今度は水晶が反応するまでだ。

 

 それは時間にしては1秒にも満たないだろう。

 だが集中している俺には長く感じていた。

 まだかよ。さっさと反応しろ。 


「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」


 オーレッタが悲鳴を上げた。

  

 しまった!

 人にも気付かれるくらいの時間になってしまったのだ。


 オーレッタだけではない。冒険者の中にも頭を押さえる者が続出した。

 中には気絶したものもいる。


 冒険者ギルド1階は大騒ぎになった。


「おいおいなんだ今の、恐ろしい気配がしたぞ!」


 バーナンドも酔いが吹っ飛んだようで立ち上がる。


「ああ、あんな気配生まれて初めてだ」

「俺は魔王を遠くから見たこともあるが、あの時と同じ……いやそれ以上だぞ!」


 彼らは騒いでいるが発生源の特定は出来なかったようだ。

 あぶないあぶない。


「オーレッタさん?」


 俺はオーレッタに声をかけるが、反応はない。

 彼女は口から泡を吹き、白目を剥いて気絶していた。

 美人が台無しである。

 彼女の下半身はそのときに漏れ出たもので濡れていた。


 彼女は俺の一番近くにいた。

 そのせいで俺の邪気の影響を最も受けてしまったのだ。

 冒険者でもない彼女には強すぎる刺激であった。


 騒ぎを受けて他の階のスタッフがやってくる。

 オーレッタは女性スタッフに運ばれていった。

 

 俺はちらりと水晶を見る。

 水晶は割れていた。

 しかし最後の測定結果は割れた水晶にしっかりと表示されていた。




 アシュタール。不明。不明。測定不能。




 使えないなこの水晶。

 とはいえ、このよくわからない測定結果をこのまま放置するわけにもいかない。

 俺は水晶の文字が判別できないように、こっそり粉々に砕いておいた。


 冒険者ギルドの喧騒はまだ収まりそうもない。

 俺はそれを尻目に、建物をあとにした。

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