89.対魔族会議再び
対魔族会議が開かれるということで、各国の代表がまたもやローダンに集う。
しかも今すぐに来るように、という性急さである。
皆事態の深刻さは理解している。
慌てて駆けつけていた。
「忙しい中よく集まってくれた」
ブリトン王国国王リチャード二世がまず挨拶をする。
「それで、一体何事ですかな」
スコットヤード国王ジョージ三世がわざとらしく問う。
周りの国々は興味深げに二人を見るばかりである。
「もう知っているとは思うが……」
リチャード二世は確認もかねてハミルトン要塞の件を説明した。
「それは我々も気になっておることです。一体これは何事なのですか」
東方諸国のうち、スコットヤードに隣接するオールドキャッスル王国の国王が尋ねた。
オールドキャッスル王国はスコットヤードの属国となっていた。
「まあ落ち着いてほしい。その説明はセリーナ殿がなさる」
「そもそもこの会議の召集はセリーナ様がなされたもの。その当人はどこに?」
「セリーナ殿は人前にあまり出たがらない。皆がそろったのち、ここに来る。報告がいっておるから、まもなく来るであろう」
「ずいぶんな重役出勤だな」
ジョージ三世が悪態をついた。
ほどなくセリーナが議場に現れる。
彼女が現れただけで、皆がざわめく。
第六魔災の英雄。
人類の救世主。
会議の参加者の一人、齢70を越えている東国の老王は深々と頭を下げた。
その世代の人々にどれだけ慕われているかがわかる。
セリーナはそれを見ると目じりを下げた。
その直後、真顔に戻り説明を始めた。
「お待たせしました。ハミルトン要塞の件、すでにご承知のことと思います。しかし心配することはありません。彼らは交渉する用意があります」
「現状心配するなといわれても、到底できるものではありませんぞ」
オールドキャッスル王が否定的な見解を述べた。
「彼らはわれらよりはるかに長命な種族。それでも今まで人に危害を加えたことはありませんでした」
「今回危害を加えたことが問題なのだ。いや、危害を加えたことがないというのも怪しい。過去に暗殺ぐらいはしている可能性もあるぞ」
ジョージ三世が属国の王に賛同の意を示した。
彼らが打ち合わせ済みであるのは、皆の目には明らかである。
「それは調べようがないことですね」
「しかし今回は違う。このような事件を起こした者どもに、我々は一致団結して対処すべきだ」
「ほう……」
リチャード二世が眉をひそめる。
「一致団結すべきだと?」
「これは人類の危機だ。何もしなければ、我らはこの謎の者たちに攻め滅ぼされる恐れもある。この対魔族会議は人類の危機のとき、一致団結するために作られた会議だ。そうだろう?」
リチャード二世は拍手をした。
「いやいや、全くその通り」
全く心がこもっていない口調で語る。
「ならば――」
「しかし前回の会議の記憶がなくなっておられるようですな。古の条約、マグナ・カルタには魔王発生時には一致団結すべしと書いてあります」
「それはっ」
「今回の相手は魔王ですかな?」
「正体は分からんと言っておるだろう!」
痛いところを突かれたジョージ三世の声が荒くなる。
「それではマグナ・カルタの条件を満たしておりませんな」
「これは魔王などとは比べ物にならん災厄なんだぞ!」
「それはそうでしょうな。何しろ魔災の魔王を1撃で消滅させる魔法の使い手なのですから」
リチャード二世は皆を見渡す。
「しかし魔王や魔族と違い、彼らが人類に対して明確な敵意があるかといわれれば疑問ですな」
「人類最高の要塞が吹き飛ばされておるのだぞ。次の魔災において、中心的役割を果たすはずだった対魔族用の要塞だ」
「スコットヤードのために作っただけでしょう。本気で魔族に対処するのであれば、大陸の南方に作るべきだった」
ハミルトン要塞の位置まで魔族の軍隊が来たということは、それ以南の国は滅ぼされているということである。
そんな場所に最高の要塞がありますといわれても、南方の国としては苦笑するしかない。
「まあ。すでになくなった要塞のことなど話しても仕方がないですな」
要塞のことなどどうでもいい。
そういった体で話を変えた。
「具体的な話を進めましょう」
リチャード二世はセリーナを見る。
「彼らは和解の用意があると言っています。しかし、私はそれをするに当たって必要なことが一つあると考えました」
「それは?」
「私が提案することは一つ。その和解の内容をマグナ・カルタの条文に加えるということです」
「マグナ・カルタの改定だと?」
ジョージ三世が驚きのあまり立ち上がる。
参加者も皆騒然となった。
「確かにマグナ・カルタは改定可能です。しかし過去にそんな例はありません」
「しかしマグナ・カルタは魔族、魔王に関することしかかれておりません」
そういった意見が出る。
セリーナはそれらに丁寧に答え、納得させていく。
「なぜマグナ・カルタにする必要があるのですか?」
「魔王がこれからも発生し続けるように、この問題も長い将来にわたって人類の懸案事項となりうるからです」
セリーナはリチャード二世に向き直って答える。
「今の我々が同意しただけでは、将来この厄災を忘れた頃にまた同じことを繰り返すでしょう。それを回避するためです」
「なるほど……」
リチャード二世が頷く。
「一体どんな条文を?」
「この世界には正体不明の種族がいること。人間世界でひっそりと暮らしていることを認識する。その上で、それらに過度の詮索をしない」
なんとも曖昧な話ではある。
だが法律というのはそういうものもある。
それゆえに定義について論争が起こることもあるのだ。
「文章をどうするかは、それが得意な役人にお任せするとしましょう」
「その者らはその条件を守ればおとなしくしてくれると?」
「元からそうだったのですよ。彼らははるか古来より、時折人間世界で生活をしていたとか」
セリーナは話し終えると、ふうっと息をはく。
このような場で話すことなど久しくなかったこと。
かなり緊張していたのだ。
各国の反応は概ね好意的であった。
元々蚊帳の外であったし、安全さえ保障されればそれで十分。
結局会議の趨勢を決めるのはこの男次第であった。
皆の視線の気配を感じたジョージ三世が語りだす。
「ちょっと待ってもらおうか」
ジョージ三世から否定的な言動が出たことに、皆が驚く。
「和解はよしとしよう。しかし被害を受けたのは人類だぞ。ちょっと身辺を探られて、気に入らないから要塞を吹き飛ばしました。何百人も死にました。これを不問に処するのか?」
スコットーヤードとしては、このままわかりましたと言うわけにもいかない。
世界の盟主としての威信がかかっているのだ。
「被害を受けたのは人類。和解するにしても落とし前は必要でしょうな」
オールドキャッスル国王が追随する。
他の国の代表は眉間にしわを寄せたり、目を瞑ったりして考え事をするのみ。
それに抗議するものはいなかった。
邪神族と敵対する意思など欠片もない。
しかしスコットヤードに反対するほどの気概もない国がほとんどであった。
ジョージ三世は内心ほくそ笑んでいた。
あちらが先にそんなカードを切ってくるとは思わなかった。
彼らは外交というものを知らない。
現状スコットヤードは窮地に立たされている。
それは間違いない。
ここで交渉しようと提案してきたのだから、相当な無理難題を吹っかけられると思っていたのだ。
無条件の和解というのは、ジョージ三世の感覚からはありえない。
自分たちのことを知られるのは、彼らにとってそれほど致命的なものである。
あちら側にも弱点があり、困っている状況である。
そう言っているのに等しい。
もちろん最終的には和解を受け入れることにはなる。
しかし彼らを揺さぶり、情報もしくは実利を得た上での和解となるだろう。
ジョージ三世はそう考えた。
そのとき、一人の男から怒気を含んだ声が発せられた。
「いい加減にしていただこうか」