86.カタストロフィー
オーレッタがいなくなったあと、俺は指輪を取り外した。
自分の力を制限している指輪である。
半壊した建物の外では兵士たちが多数群がっているようだ。
「なにが起きたんだ?」
「この要塞の壁が壊されるなんて」
部隊長たる騎士たちもきてはいるようだ。
だが、このような想定外にどうすればいいか戸惑っている。
皆殺しにするのならば、別に見られても困らない。
いや、1回見られた程度では俺たちの本質を捕らえることは不可能。
だから別に見られてもいいんだが、一応姿を隠すことにする。
「トータルダークネス」
俺はあたり一面、一切光を通さない真っ暗闇にする。
兵士たちは騒いでいるが、俺は歯牙にもかけず中央の騎士団長がいる大きな建物へと向かって歩き出す。
俺が今発している邪気は直径10メートルほどの範囲。
その範囲に入ったものたちは次々と気絶していく。
並の兵士風情では、俺の邪気を受けて意識を保つこともできないのだ。
「なんだ? 何が起きているっ」
暗闇でも音や気配で分かることもある。
同僚が次々と倒れているのを感じ、兵たちはパニックを起こした。
闇雲に逃げ出しているようだ。
その喧騒をBGMにして、騎士団長の元へと向った。
中央砦の大広間。そこにスコットヤード王国第三騎士団長カーティスはいた。
数十人の騎士が待ち構えていた。
中に入ってカーティスに近寄ると、騎士たちは俺を取り囲んだ。
無駄なことだ。
カーティスは俺の邪気に懸命に耐えつつ、こちらを見据えている。
「貴様は何ものだ」
「お前らが知りたがっていた者さ」
邪気を解放した俺たちはまるで別人のように見える。
巨大すぎる存在の実体を掴みそこねているのであろう。
「貴様がアシュタールだというのか? その姿は、この気配はなんだ」
「我々が持つ気配だよ。まさか俺が人間だと思っていたのか?」
「いいや。だがこれは異質すぎる。魔物、竜族、魔族。そのどれとも違う」
邪気を正面から受け、カーティスは額から汗を滝のように流している。
「当然だ。俺たちはそんな種族ではない」
「では、一体何者なのだ?」
最初の質問に戻る。
だがその質問には答えられない。
答える権利がない。
「それには答えられない」
「ここまで来てふざけているのかっ」
「我々が何者かを証明するのは力のみ。――だからこれが俺の答えだ」
俺は手を前に出す。
「はあああああああああっ」
俺の背中から漆黒の翼が出現する。
全力を出しているという証。
多重魔法陣起動。
手のひらの上に無数の魔法陣ができていく。
その無数の魔法陣がつむぎだすは一つの立体――小さい球体。
強烈な青白い光を放つ玉であった。
底の部分から上に向ってそれが徐々にできていく。
その内部では複雑な立体の魔法陣が形成されている。
まるで精密な電子回路のようであった。
アポカリプスやミリオンダラーのような巨大さはない。
だが、その魔法陣に込められた力は同等かそれ以上。
恐ろしいほどの邪気を放出していた。
「そ、その光は……」
奥にいた老人の、半分閉じていた目が見開いた。
「まずい。皆を避難させよ」
その老人の命令を、広間の外から様子を伺っていた者たちが実行に移す。
ほどなく鐘がなる音と、大急ぎで要塞から離れろという命令が聞こえてくる。
そちらを追う必要はない。
俺の目標は目の前の人物。
「レナード相談役。これが何かご存知なのですか」
「ワシはこれと同じ光を50年前に見た」
第六魔災で魔王ごとほとんどの魔族を消し去った魔法。
大魔道士セリーナが使いし極大破滅爆弾。
「だが、これは我らを救った希望の光のはず!」
「力に味方も敵もない。この魔法は魔族も人間も等しく滅した」
俺は鼻で笑う。
最後の決戦で魔族も壊滅したが、人間側の被害も甚大だった。
敵だけにダメージがある便利な魔法などではないのだ。
「ならばなぜ今更我々に敵対する!?」
レナードは50年前に自分たちを窮地から救った魔法が今、自分たちに向けられているという事実に狂乱した。
「先に手を出したのはそちらだ」
「あの娘はただの人間。平民だっ」
「今は俺の大事な部下だ。それを傷つけたお前らは許さん!」
魔法が完成していく。
「それを作らせるなっ」
カーティスは剣を抜き、俺の腹を突く。
家来の騎士たちも槍や剣で次々と俺に攻撃した。
だがそのすべてを万能結界がはじく。
「化け物めっ。お前たちも下がれ。こいつは異常だ!」
カーティスは諦め、部下に逃げるように命令を下す。
部下たちは逡巡する。
主を残して自分だけが逃げるというのは騎士道にあるまじき行為。
一般の兵士とは違うのだから。
「もう遅い」
俺が冷酷に告げる。
「なにがだ?」
カーティスが理解できずに問う。
俺が答えるまでもなく、結果は見え始めた。
周りを囲んでいた騎士たちが次々と崩れ落ちていく。
「この魔法の力はあまりに桁違いだったので、人間には毒となる。それに耐え魔法の玉を持つことができたのは、セリーナ殿のみだったそうだ」
レナードも床にへたり込んでいる。
高濃縮の邪気にやられたのだ。
普通の邪気ならともかく、このような小型の球体に入れられた高濃縮の邪気は、人には耐えることができない。
命すらも蝕む光である。
「50年前は一応呪符で覆って影響を抑えていた。だから持ち主以外の命が危なくなったりはしなかったろ」
「それを知っているとは……やはりあなたが」
「おしゃべりの時間はこれまでだな」
立体魔法陣が完成する。
あとはあの言葉を言えば魔法が発動する状態である。
「ここで発動すれば貴様も巻き込まれるぞっ」
「自分の魔法で死ぬようなマヌケなことをするわけがないだろ」
万全の状態の俺の防御性能なら平気。
発動させた瞬間、転移で逃げることも可能だ。
もういいだろう。
兵士たちは砦から遠ざかっている。
事情を聞いて全力で逃げるもの。
訓練か何かだろうと手を抜いて走るもの。
それが明暗を分けることもあろう。
爆心地ならともかく、外側なら生き延びることもある。
全員が安全圏に逃げるまで待ってやる気も起きない。
運がよければ助かる。
それだけのことだ。
「カタストロフィー」
俺がその言葉を告げると、魔法の玉は激しい光を発した。
そして邪なる玉が大爆発を起こす。
火でもない。水でもない。土でも風でもない。人類には未知の属性。
光でもない。闇でもない。人を超えた属性の力。
その爆発はハミルトン要塞の建物を、壁を、すべてを吹き飛ばした。
その爆発によって数万メートルもの高さまで、きのこ雲を形成する。
その日、ハミルトン要塞は完全に消滅した。




