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84.拷問

 ハミルトン要塞の地下。

 拷問するための道具がそろっている部屋にオーレッタは繋がれていた。


 両手は壁にかけられた手錠で固定されている。

 オーレッタは目を覚ますと、なぜこんなところにいるのかを考えた。


 最後に覚えているのは冒険者ギルド内。

 そこ記憶が途切れている。

 魔法か何かで眠らされたのだろう。

 窓もついておらず、ここがどこかは分からない。


「お目覚めになられたかな」


 正面の椅子に座った人物が話しかけてくる。

 スコットヤード第三騎士団長カーティスである。

 仮面をかけていて顔は見えないが。

 ゆえにオーレッタには誰かは分からない。

 

「あなたは?」


 まだ頭がはっきりと覚めてはいないオーレッタが問う。


「申し訳ないが名乗るわけにはいかない。この意味がわかるね」


 カーティスの言葉を理解できず、オーレッタは首をかしげた。


「こちらの質問に正直に答えてくれれば、無事に帰す用意があるということだ」


 カーティスは苦笑して細かく説明をした。


「我々はとある人物の情報を必要としている。アシュタールという謎の人物のね」


 その言葉にオーレッタの顔がこわばった。


「あなたはその情報を持っている。話していただきたい」

「お断りします」


 オーレッタは即答した。

 自分が狙われているということが判明してから、このような事態もありえるということは分かっていた。

 オーレッタの答えは最初から決まっている。


 カーティスは即座に断られたことを意外に思った。


「ならば拷問にかけることになる」


 その言葉にオーレッタはビクッと震えた。


「あなたは訓練を受けたわけでもない一般人。逃げることはおろか、拷問にも耐えられるとは思えないがね」


 そう言って二人の男を手招きした。

 上半身が裸で筋肉質な男。拷問吏であった。

 拷問吏はムチを持って下品な笑みを浮かべる。


「これが最後のチャンスだ。痛い目にあいたくなければ話せ。彼らは拷問のプロ。死なないように長く苦しめる技術に長けた者たちだぞ」


 脅しの聞いた声で問う。

 しかしオーレッタは答えない。

 答えることはできない。


「――やれ」


 カーティスはため息をつくと、拷問吏に命令を下した。

 そして部屋をあとにした。


「ゲヘヘヘヘ。ずいぶん馬鹿な決断をしたもんだな」


 拷問吏はジロジロとオーレッタを見る。


「まあかわいがってやるよ。女は趣味じゃないんだが、どうせすぐ堕ちるさ」

「プッ」


 目の前までやってきた拷問吏に、オーレッタは唾を吐く。

 拷問吏はオーレッタの頬をはたいた。


「なかなかイキがいいようじゃねえか」


 拷問吏はオーレッタに猿轡(さるぐつわ)をつけ、ムチで叩いていった。






 どのくらいの時間が過ぎただろうか。

 オーレッタの意識は朦朧としていた。


 体のいたる所が赤く腫れ、血が出ていた。

 衣服もボロボロになっている。


 助けなどすぐに来るわけがない。

 いや、そもそも助けなど来るのだろうか?

 自分はしょせんあの人の駒にすぎない。


 ならば、さっさと楽になったほうがいいのかもしれない。

 通常であれば自害する方法はない。

 しかしオーレッタの場合は違う。


 話してしまえば、呪いによって死ぬはずだ。

 アシュタールに不利益となることを話すことに躊躇(ちゅうちょ)はあった。

 しかし重要ではない情報を先に話せば大丈夫だろう。

 オーレッタはそのように考えた。


「どうだ? 話す気になったか」


 弱った姿を見て、拷問吏はやさしく話しかけた。


「はぁはぁ……。言えば私は死ぬわ」

「逆だろう。言えば助かるぞ」


 拷問吏は甘くささやく。それが拷問時のテクニックである。

 楽な道に逃げるように巧みに誘導されていた。


「あの人のことを話せば私は死ぬ。そういう魔法がかかっている」


 オーレッタの言葉を拷問吏は鼻で笑った。


「俺は魔法にそんなに詳しくはないが、そんな魔法があったら俺は仕事がなくなるわ。そんな魔法はこの世に存在しない」


 今度はオーレッタが逆に笑う。


「ならば教えてあげるわ。私が知っていることをね。あの方は人間ではない」

「そうらしいな。その程度のことは推測できる」

「あの方の気配は人とは異質の恐ろしいもの。それを浴びただけで多くの人が気絶した」


 オーレッタがアシュタールに初めて会った日のことである。


「魔族よりもやばいのか」

「私には分からない。ただ、冒険者の人は魔王よりも桁違いに恐ろしかったと言っていたわ」

「ふむ。で、そいつは何者なんだ?」

「種族名は聞いてない。どうせ人類には聞いたこともないような種族でしょう」

「それでも正体不明の奴ではなくなり、具体的に名前がつくからな。それが重要なんだよ。他にわかることは?」


 拷問吏は苛立ちつつ話を変えた。

 オーレッタは呪いが発動しないことを不思議に思いながらも、話を続けた。


「彼らの住処。私は転移で連れて行かれたから場所は分からないけど、とんでもなく巨大な城だったわ」

「そんな城あるわけがないだろ。どうやって隠している?」


 一般人は亜空間の存在自体を知らない。

 ゆえに拷問吏にはにわかに信じられないことであった。


「さぁ……。私に分かるわけがないわ」

「数は?」

「私が知っているのは10人にも満たない。でもその程度しかいないわけではないでしょう」


 拷問吏は舌打ちをした。

 長年拷問吏をやった経験から、オーレッタが嘘は言っていないことを確信していた。

 さらに言えば、何か重要な情報を隠しているようにも感じられない。


 もっと深い情報が手に入ると思っていたので拍子抜けである。

 いったん上司であるカーティスに報告すべきか。

 そう考えた矢先、オーレッタに変化が訪れた。


 オーレッタの体の周りに魔法陣ができる。


「なんだっ?」


 拷問吏は周りを見渡すが、自分たち以外は誰もいない。


「思ったより発動が遅かったのね」


 オーレッタは目を瞑る。自分は呪いが発動して死ぬ。

 話したときから覚悟はできていた。

 

 しかし、その魔法陣はそのままで何も起こらない。


「あれ? どういうことかしら」

「なんなんだこれはっ」


 拷問吏がそれ魔法陣に手を伸ばすと、手がはじかれた。

 ムチで叩こうとしても同じ。


「まさかこれはこいつを守る魔法か?」

「ご明察」


 その場にいないはずの者の声が、その部屋に響き渡った。

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