81.襲撃
勇者フィオナは冒険者ギルドの受付嬢であるオーレッタと頻繁に会っていた。
それには理由があった。
オーレッタはアシュタールらと何らかのつながりがある。
そういう調査結果があるのだ。
フィオナとしては信じたくはない報告である。
報告にあるのは、アシュタールらと何度か話をしているのを見たという証言のみ。
それだけで怪しいと断定するわけにはいかないだろう。
最初はそこまで怪しんではいなかった。
しかし、話を聞くにつれその疑惑は深まっていく。
もちろん直接アシュタールとの関係を聞くような愚かなことはしない。
「最近どう?」みたいな世間話をするのだ。
その会話の中に、一切彼らに関する話がない。
ギルドでの生活について聞いても。
フィオナにはその件を隠しているように感じられた。
それはつまり、知られたくないと思っているということ。
「どうしたのフィオナ」
考え事に気がいってボーっとしていたようだ。
それを見たオーレッタが心配そうに声をかけた。
「ううん。なんでもないわ」
フィオナはオーレッタを家まで送る。
フィオナはそこまで高位ではないが、一応貴族である。
自宅は高級住宅街にあった。
オーレッタの自宅はその途中にある。
ゆえに送っていくのにちょうどよかった。
もっとも、フィオナクラスの使い手であれば転移魔法で即帰れる。
ゆえにそれは口実にしかなってはいないが。
大通りから小さな脇道に入ってしばらく歩く。
オーレッタの自宅に近づいたところで、フィオナは身構え剣に手をかける。
「ど、どうしたの?」
フィオナのただならぬ様子にオーレッタがうろたえた。
周囲に敵意を持った気配を感じたのだ。
数は10を越える。
フィオナが身構えてもその不審者は引く気配がない。
フィオナのことを知らないのか、なめられてるのか。
どちらにせよ、身をもってわからせねばならない。
フィオナは腰の剣を抜く。
頭巾をかぶり顔を隠した男が、音もなく影から姿を現した。
しかし、その者は距離をとったまま向ってはこない。
フィオナが一歩前に出ると一歩下がる。
さらに前に出ると、後方から更なる敵が現れて、オーレッタに向っていく。
フィオナはそれを予期していたように、すばやく身を翻し敵を切りつける。
神剣クラス・ソラスの一閃。
敵は易々と切り裂かれ、動かなくなった。
敵はそれを見ても全く動揺を見せず、同じようにフィオナからの距離を保つ。
敵の目的はやはりオーレッタ。
フィオナはそれを理解すると、すぐさま撤退を決断。
フィオナがこのレベルの敵に負けるわけはない。
しかし、民間人を守りながらといわれると危うい。
敵に転移魔法の使い手がいれば、一瞬の隙に連れ去られてしまうこともありえる。
ゆえに、フィオナはすぐさま転移魔法を使おうとする。
「逃がすかっ」
転移魔法であることに気付いたのは一人。
その者がフィオナに剣を構えて突撃してくる。
その剣がフィオナの腹部にあたった瞬間、魔法が発動する。
次の瞬間には二人はフィオナの家の中に転移していた。
「だ、大丈夫?」
オーレッタが気遣うが、フィオナは平然として頷く。
襲撃者の攻撃ではたいした傷をつけることはできなかったのだ。
一応回復魔法をかけ、傷を癒した。
「はぁ。やっぱり聞くしかないのよね」
フィオナはため息をついた。
「オーレッタ。今の人たちあなたを狙っていたわ」
その言葉にオーレッタが小首をかしげた。
「私を……? なんのために?」
「それ本気で言っているのなら、私も安心できるんだけどなあ」
フィオナはオーレッタに椅子に座るように勧めた。
二人はテーブルで向かい合って座り、話を続ける。
「実はあなたにはちょっとした嫌疑かかけられてるの」
オーレッタの顔色が少し変わる。
それを見たフィオナは「ああ、やっぱり」と確信した。
「たいしたことじゃないわ。私は正直ほっとけばいいんじゃないかと思ってる」
「じゃあ――」
「でもこれは王命なの。それにあなたもこんなことに巻き込まれるようじゃ、このままにはしておけない」
オーレッタの言葉を遮って、フィオナは断固とした口調で告げる。
「最近話題のとある人と、そのお仲間。この人たちがいろいろと正体不明で胡散臭いのよ」
それが誰をさすのかはオーレッタにも自明であった。
「あなたはその人達に関する情報を持っている。そうよね?」
「……」
オーレッタは答えない。
答えることが許されていないのだ。
秘密を漏らしたら死ぬという呪いなる魔法が、オーレッタにはかけられている。
誰にも話すつもりなどなかった。
だから、話せるラインがどこまでかも自分でもわかっていない。
しかしこのような事態になるのであれば、聞いておけばよかったと後悔した。
多少の事情を話せば、目の前の友人を安心させることも出来たかもしれないのだから。
「今日襲撃されたのは口封じのためか、口を割らせるために連れ去ろうとしたか。どっちかでしょうね」
今日襲ってきたのはどこの勢力によるものか。
何も情報がないので判断しようがない。
「口封じはありえないわ」
オーレッタは断言する。
しかしフィオナは訝しげに問う。
「なぜ言い切れるの? そんなに信用できる人たちなのかしら」
やはり呪いの魔法は勇者でも知らないらしい。
自分の主人が別次元の存在であることをオーレッタは改めて感じ取った。
「そう思ってもらっていいわ」
オーレッタに言えることはそれだけであった。
情報を得ようとしている人たちも無駄である。
呪いがある以上、話そうとしたら死ぬのだから。
一言言うくらいのことはできるかもしれないが。
「とにかく今日は泊まっていって。今日というよりはしばらくになるかもしれないけど」
オーレッタの言葉だけではフィオナは信用しない。
こうなった以上、この件は早くケリをつけないといけない。
フィオナはそう覚悟を決めたのであった。