76.ルール追加
ブリトン王国王都ローダンは人類有数の大都市のひとつ。
大陸の真ん中にあり、交通の要衝である。
温暖な気候に恵まれ、雨も十分降る。
それゆえ、ブリトン国内には大陸最大の穀倉地帯もあった。
ゆえに魔災により幾度となく破壊されたが、その都度復興してきた都市であった。
その街中を俺はのんびり歩いていた。
1000年の間、イビルアイビジョンで世界中を見ていた。
でもそれはまさに、テレビで見ていただけのようなものだ。
町の中を流れる風。
その風を受けてたなびく俺の衣服。そして黒い髪。
漂ってくる様々な料理の匂い。
俺は画面越しで見ているのではない。
間違いなくここいるのだと、それらが実感させてくれた。
いくらのほほんと観察するのが趣味といっても、1000年は長すぎる。
今はこの生活を楽しんでいた。
「おう。にいちゃんひとつどうだい?」
屋台にいる恰幅のいいおじさんから声がかかる。
売っているのはフランクフルト。
俺は一つもらうことにした。
銅貨で支払い、それを頬張った。
そのまま歩きだすと、俺は違和感に気付く。
――つけられている。
またか。
最近よく尾行されている。
爺やとジェコも同じだと言っていた。
相手は慎重で、人気がないところまでは追ってこない。
さすがに学校までも追ってこない。
探られるのは正直ウザイが、ただ尾行をしただけではたいした情報を得られるわけがない。
こちらとしては気付かないふりをして、放置しようということになった。
今尾行している相手を始末しただけではダメだからな。
どこかの国。おそらくスコットヤードあたりの諜報員。
根本をどうにかしないと次のスパイがまた来るだけ。
しかし根本的に解決というと、スコットヤード王国そのものを相手にすることになるわけで。
ちょっと嗅ぎまわられただけでそこまでするのもなー。
ということで放置である。
万が一襲われても、俺たちは自力でどうにかできるしな。
俺はしばらく町を出歩いたあと、路地裏に向う。
人気がない路地裏に近づくと、尾行の気配は消えていた。
それを確認して、俺は転移で暗黒神殿に戻るのだった。
俺が暗黒神殿に戻ると、周りにいた者が皆近寄ってくる。
「今日はお早いお帰りですね」
アドリゴリが恭しく片膝をついた。
「昨日色々あったからな。今日はゆっくりしようと思う」
「やはり『でぇと』の後遺症ですね。恐るべし『でぇと』」
アドリゴリがガクガクと震えている。
「ふっ。『でぇと』ごときに怯えるとはアドリゴリ殿もまだまだですな」
ガレスがヨロヨロしながら近づいてくる。
「膝が震えてきちんと歩けてないぞ」
俺は玉座に座り、頬杖をつく。
「ご心配なく。これは武者震いです」
「ほう」
俺は目を細める。
じゃあナンパして、そのままデートしてこいと言いたいところだ。
しかしこんなごついヒゲ面の男に、声を掛けられるなんてホラーだからな。
ローダンの住民に迷惑をかけるわけもいかない。
しかし、俺の視線をガレスは平然と受け止めた。
「やはり証明してみせねばならないようですな」
「なんだと?」
「街で声をかけて、そのまま『でぇと』して見せればよろしんでしょう?」
「ガレス本気か? 下手すると死ぬぞ」
アドリゴリが動揺して汗をダラダラと流している。
いや、どうやっても死にはしないけどな。
「ふっ。では実演するとしましょう。1時間後にローダンの街でお待ちしております」
ガレスはローダンに転移していった。
「どう思う?」
俺はわけがわからず、周囲に尋ねた。
「自信満々でしたな。なにやら秘策がおありのようです」
「ふん。ならばそれを拝見するとしようか」
俺は1時間後にローダンに飛ぶのであった。
お供としてアドリゴリを連れ、俺はローダンの繁華街を歩く。
「さて、どの辺にいるのでしょうか」
「ナンパがうまくいったならオープンカフェにいるはずだが、うまくいってないなら逃げたかもな」
俺たちはとりあえずオープンカフェを目指す。
オープンカフェが見える位置まで来ると、ガレスが二人で座っているのが見えた。
「まじで」
俺は驚きつつもその様子を眺める。
二人は大きな1つのグラスにストローをつけ、一緒に飲んでいる。
レベル高けえ。
まあ問題があるとすればそのお相手。
ぴっちりとしたズボンにタンクトップ。大柄で筋肉質。短髪ヒゲ面。
どう見てもゲイです。
本当にありがとうございます。
「ふふっ。一目見たときから気になってたんだ。まさかそっちから声掛けてくるとは思わなかったわ」
その男はどう見ても乙女であった。
いや、どう見ても男なんだけどさぁ。
でもそう表現するしかないよね。
「よかったらこのあと公園にいかない? いいところ知ってるんだ」
「公園……? そこで何をするのですかな」
「うふっ。とってもいいことよ」
俺は体をブルブルと震わせた。
女性とのデートとは違う恐怖を感じた。
正直見なかったことにするか悩んでいる。
「ところで君はどっち?」
どっちというのはタチかネコかだ。
しかしガレスはそれがわからないようで、首をかしげた。
「どっちでもいける口? じゃあとりあえずいきましょう」
「おう」
「いくなぁ!」
俺はガレスを全力でぶっ飛ばしだ。
キラーン! とガレスは星となって消えた。
「南無」
アドリゴリが冥福を祈る。
「バカが失礼しました」
俺はゲイの方に謝罪して暗黒神殿に帰った。
「何考えてんだ」
説教タイムである。
ガレスは正座をしてシュンとなっている。
「公約通りナンパをして『でぇと』なるものをしたつもりだったのですが」
「女性限定の話に決まってるだろ。ホモじゃないのならな」
「そういえば、確かに女性に声を掛けるとは言ってませんな」
アドリゴリが先ほどのやり取りを思い出しながら頷いた。
「常識で考えればわかるだろ……」
俺の当然の突っ込みに、部下たちは一様に首をかしげた。
「別に男同士でも『でぇと』は成立するんじゃないでしょうか」
こいつらに前世のような21世紀の先進的人権意識があるわけではないだろう。
同性婚も許容される時代だった。
よくわからないけど苦手な女性より、男性のほうが一緒にいてやりやすい。
そもそもこの暗黒神殿で1000年、男の園を作ってきたわけだし。
それに邪神族は性的なこともまずできないしな。
つまり男だって問題ない。
そういう風に考えているということか。
いや待てよ。
相手が人間でタチなら可能じゃん。
「ダメだ」
俺は玉座から立ち上がる。
「人間の男は絶対にダメ。認めない。デートにもカウントしない」
この恐ろしい可能性を排除するために、強い口調で命じた。
そうやって邪神族のルールが一つ増えたのであった。




