74.初デート
待ち合わせ場所に着いたが、ユーフィリアはまだきていないようだ。
俺はそわそわしながら待つ。
なんだろうこの落ち着かない感覚。
さっきまで会ってたし、普段よくあっている人物。
それなのにこうなるとは。
これがデートの魔力か。恐るべし。
程なく一人の少女がやってくる。
もちろんユーフィリア。
白っぽいワンピースにフェルトハットをかぶっている。
「ぷっ」
俺を見るや否や、ユーフィリアは噴出した。
「な、何かおかしいかな」
俺は自分の服を見る。
「ちょっと変装を意識しようと言ったら、サングラスかけてきてベタだなーと思って」
「そっちだってその帽子じゃぜんぜん隠せてないぞ」
「ちょっとでいいのよ」
ユーフィリアは帽子を取って、再度かぶる。
「どうかな?」
「すごい似合ってるよ」
「あら。お世辞も言えるようになったのね」
ユーフィリアがからかうように笑う。
それでもうれしそうに見える。
俺も少しずつ手馴れていってるのだ。
爺やに模範解答を聞いてな。
「じゃあ行きましょう」
ユーフィリアが手を差し出す。
俺はドキッとして固まる。
「どうしたの? 転移するわよ」
お互い転移魔法は使えるが、同じ目的地を知らないとはぐれたりする。
だから手を掴んで一緒に転移したほうがいい。
それだけのことだ。
これまで何度も経験があった。
なぜドキッとする必要があったのか。
「ああ。ごめん」
俺はユーフィリアの手を握る。
ユーフィリアが転移魔法を唱えると、視界が一瞬にして切り替わる。
アイランド王国首都ダブラム。
その中心のそばであった。
塩の香りがする。
海が近い証拠である。
「さて、どこに行こうかしら」
さっき決めた計画性のないデートである。
しかし最初にやるべきことはこれしかない。
「とりあえず遅めの食事にしようか」
「賛成。でもどこにしよう。私あまり詳しくないのよね」
「せっかくダブラムに来たのだから、海の幸を堪能しよう。店選びは任せろ」
「えっ。本当に?」
ユーフィリアが意外そうにしている。
「大丈夫だ。問題ない」
それは部下たちが調べてくれたからな。
俺はそう言ってユーフィリアを連れて店に向う。
「へー。小洒落たよさそうなレストランね」
俺は魚介たっぷりのパスタを、ユーフィリアはパエリアを注文した。
「おいしいっ」
注文の品が届くと、早速ユーフィリアは食べて舌鼓を打った。
「それはよかった」
どうやら調査部隊は有能だったようだ。
「でもよくこんな店知ってたわね」
「リサーチはきちんとしてるのさ」
部下たちがな。
「ふーん」
しかし、ユーフィリアはこちらを疑わしげに見る。
「ナンパした女の子をこういう店に連れてきてるのねっ」
ユーフィリアはビシッと俺を指差す。
「ちょ、ちがうよっ」
「冗談よ。ふふっ」
俺が慌てて否定すると、ユーフィリアは微笑する。
「もうこの程度じゃ言葉は変わらないのかな。もっとも私はだいたい聞き取れちゃうから、カウントできないんだけど」
「い、今のはセーフかな」
どうやら俺を動揺させようとしてくれているらしい。
俺もパスタを食べる。海老やイカがトマトソースによく合う。
「そっちもおいしそうね」
「こういう時って相手が食べてるのがおいしそうに見えるもんな」
俺はパエリアを見る。
そもそも俺は日本人。
米を選べばよかったかとも思った。
それを感じ取ったユーフィリアは、スプーンを俺の口に近づける。
「はい。あーん」
「cくぉ。dぉれhヴぃtなんごm(ちょ、それはいくらなんでも)」
「あら。これは修行なんでしょ。こういうのにも慣れないとね」
ユーフィリアが艶やかな笑みを浮かべる。
俺はそれにつられて口をあけた。
「おいしい」
「ふふっ。じゃあ今度はそのパスタを食べさせて」
「ちょっ」
ユーフィリアは期待のまなざしで俺を見る。
俺はドキドキしながらもフォークでパスタを絡め、ユーフィリアの口に近づけていく。
チュルンッと、パスタは艶かしい口の中に吸い込まれていった。
「こっちもいけるわね」
あれ? これって間接キスって奴ですか。
ユーフィリアはそういうのをあまり気にしないタイプのようだ。
しかし俺は心臓がバクバクとなっている。
今喋ったら絶対アウト。
ゆえに俺は黙々とパスタを平らげていった。
会計を済ませ外に出る。
「さて、これからどうしましょうか」
「どこか行きたいところがあれば」
「この街っておしゃれよねえ。グラーゴと違ってね」
グラーゴは人類最大の都市。人口も最大。
ゆえに機能性を重視した都市構造となっている。
無機質な町といってよい。
このダブラムはそれとは違い、優雅で美しい町並みとなっていた。
「じゃああの店に寄ってもいいかしら」
そこはブティックであった。
ユーフィリアは鼻歌交じりで物色していく。
俺はそれを見守る。
そうやっているうちに、気に入ったのが見つかったようだ。
ただし2つ。
「ねえねえ。これどっちが似合うかな?」
来たな。
これは想定された事態。
ユーフィリアは色と模様が違う2つのブラウスを持っている。
ここでどっちでもいいよ、とかどっちも似合ってるよとか言ってはいけない。
あれ? じゃあ何が正解なんだよ。
2択。正解率50%。
なんて恐ろしい選択肢。
「そ、そんな深刻に考えなくてもいいんだけど」
俺が2つを見比べて悩んでいると、ユーフィリアが困った顔をする。
「こ、こっちかな。こっちのほうがかわいらしくていいと思うよ」
「えー、そっかー。ありがとう」
ユーフィリアはそう言ったが、二つとも戻してしまった。
どうやら間違ってしまったようだ。
ユーフィリアはまた服を見ていく。
ユーフィリアが目を放した隙に、俺はメモ帳を見る。
彼女にどっちが似合ってる? と聞かれたときの対処法。
実はこの質問をした段階で、女性はどっちがいいかをすでに決めています。
本気で悩んでいるケースはほとんどありません。
じゃあ何でいちいち聞いてくるんだ? と思うかもしれません。
それを聞くのは確認作業なのです。
背中を押してほしい。
「こっちがいいと思うけど、あなたもそうだよね?」
という質問なのです。
さらに言えば、買い物自体を楽しみながらコミュニケーションを取るという目的もあります。
ではその解決策ですが、正解を当てる必要はありません。
買い物を楽しむための手段ですので。
こっちがいいと断言する必要すらありません。
両方を褒めてしまえばそのうち本人が決断します。
どっちがいいと思ってるの? と逆質問するのもありです。
彼女の中では答えはすでに決まってるので、「こっちがいいかなって思ってるの」と答えるでしょう。
そうしたらその服を褒めてあげましょう。
うーんめんどくせえ。
こんなのわかるかっ。
その後も同様に聞かれたが、マニュアル対処を会得した俺はそつなくこなしたのであった。
俺たちはその後、砂浜へと移動した。
風が少し強い。
波の音を聞きながらしばらく海を見ていた。
「アシュタールって山育ちだっけ」
俺は設定上そうなっていた。大陸東部の田舎出身なのだ。
俺は頷く。
「それなら海ってあまり見る機会はないかな」
「久しぶりかな。まあ転移でいつでもこれるけど」
「じゃあ、また来ようね」
「ああ」
「たのしかったわ。あっ、でもこれ修行だったわね。あんまり修行にならなかったかしら」
ユーフィリアは不安げに俺を見る。
「いや、俺も楽しかったから問題ないよ」
一応修行にもなったと思うしな。
俺の答えに、ユーフィリアはなにやら真剣な表情をして俺に近づいてくる。
塩の匂いに、ユーフィリアの甘い香りが混ざる。
チュッ。
ユーフィリアはそのまま頬にキスをする。
「○▼※△☆▲※◎!(翻訳不可)」
俺はパニックになる。
ユーフィリアも頬を赤くしていた。
「さすがにそれは何言ってるかわからないわね。でもそれならうまくいったわ」
ユーフィリアが小悪魔のような顔になった。
俺は心を落ち着け、尋ねる。
「い、ぅzがうぃngお(訳:い、いきなりなにを?)」
「しゅ、修行よ修行。動揺させたから私の勝ちね」
ユーフィリアが勝ち誇った顔になる。
そんな勝負俺に勝ち目がないんだが。
「あとお礼かな」
「みょれぃ?(訳:お礼?)」
「最近お世話になりっぱなしだしね。だから――」
その瞬間突風が舞い、ユーフィリアのスカートがめくれ上がった。
ピンクの布地が少ないショーツが見える。
フリルがつき、一部はスケスケですごいセクシーなタイプであった。
ユーフィリアは真っ赤になりながら慌ててスカートを押さえる。
「みみみみみみ、見た?」
「み、みたないよ……」
どっちかよくわからない答えになった。
「ち、違うのよ。アデラが万が一に備えてこれをはいていけって……」
アデラとはユーフィリアのメイドさんだったか。
「万が一?」
俺はよくわからず首をかしげた。
「わ、わからないならいいのよ。普段はこんなのはいたりしないんだからっ」
俺は動揺してよくわからないことを言うユーフィリアを送って帰るのであった。