72.誰を選ぶ?
問題が解決したことで、街も俺たちも日常を取り戻した。
ここ数日通っていなかった学園に向う。
俺は弱点を克服するために学園に通い始めた。
しかし臨時で休みになったり、学園に行ってる場合じゃなくなったり。
問題がよく発生していた。
まあ冒険者らしいといえばらしいのかもしれない。
学園では心配されたり賞賛されたりと、朝はなかなかに忙しかった。
座学が終わると、例によって実験室に5人で集まった。
「はぁ~」
ユーフィリアは息をはいた。
「さすがに最近忙しかったから、しばらくのんびりしたいな」
ジェミーは椅子に深く腰掛け、肩を叩く。
「実際張り切りすぎましたからね」
アイリスがお茶を入れて皆に差し出す。
「お前らはゆっくり休んでればいいさ」
お茶を飲み干すと、俺は立ち上がる。
「どこに行くんです?」
ティライザが問う。
「俺の目標は最初から一つだ。色々寄り道はしてるがな」
「ああ。ハーレムを作るんでしたね」
「ちがうわっ」
俺がツッコミを入れても、ティライザは動じない。
ティライザはユーフィリアを見た。おもに首の部分を。
「はい。正確に言えば奴隷ハーレムですね。きたならしいっ」
「ご主人様。今回はありがとうございました」
ユーフィリアが丁寧にお辞儀をする。
「ユフィのその悪乗りは、よくないと思いますけどね」
ティライザがユーフィリアを呆れながら見る。
ユーフィリアは舌を出してテヘッと頭を叩く。
「それで、何をする気なんです?」
アイリスにそう問われ、俺は言葉につまる。
具体的なプランはないんだよな。
この体質がどうやったら治るのかなんてわからないから。
「またナンパですか」
「あれは精神ダメージが大きい。正直やりたくない」
「厳しいほうが成長できると言いますね」
アイリスが神官らしく説法めいたことを言う。
「大体アタシたちとは普通にしゃべれるようになってるじゃん」
ジェミーが口を挟む。
「それは成長の証だな。だがちょっと動揺するともうだめだ」
俺のその言葉に、ティライザが反応した。
「ほう。じゃあ動揺するようなエロいことをしたいと?」
「ヘンタイですっ」
アイリスも追随する。
どうあがいてもこういう流れになる。
もはや慣れつつあった。
「そうね。じゃあ私が協力するわ」
ユーフィリアがそう宣言する。
「あっ。ち、違うわよ。そういうことするって意味ではないわ!」
その後、3人の顔を見て慌てて手を振って否定する
「ふーん」
ティライザがジト目になる。
かなり疑っているようだ。
「じゃあ何する気なんです?」
「普段と違うシチュエーションを用意すればいいのよね」
「まあそういうことになりますね」
皆が考え出すが、よい案は浮かばないようだ。
「違う街にでも行って、適当に遊べばいいんじゃないの?」
ジェミーは考えることをあっさりと放棄し、思いついたことを言う。
それにユーフィリアは賛同の意を示す。
「意外といい案かもしれないわね」
「それってただのデートなんじゃ……」
ティライザのつぶやきは皆には聞こえなかったようだ。
「他所の街もどうせ転移ですぐいけるしね」
ユーフィリアは早速行動に移すつもりで立ち上がる。
しかしそれをティライザが止めた。
「待ってください」
「なによ?」
「行くのはこの中から一人です」
「ええ、だから私が行くわ」
さも当然という風にユーフィリアが述べる。
「誰がいくかはこれから決めますので」
ティライザがそう言ったあと、部屋の空気が変わった。
ユーフィリアがムッとする。
「へー。ティルはアシュタールと二人っきりで、どこかに出かけたいのね」
「ちっ、違いますよ。変な勘ぐりは止めて下さい。気晴らしにどこかに出かけようと思ってたので、ちょうどいいだけです」
ティライザが慌てて否定した。
「勝者は一人」
アイリスがつぶやく。
「絶対に負けられない戦いがそこにはある」
ジェミーがなぜか闘志を燃やしている。
4人はお互い視線をぶつけ合うようになった。
なぜか4人の間で火花が散っているように見える。
状況を整理しよう。
俺は女性が苦手という弱点を克服したい。
そのために実際女性といろんなことをする修行を行う。
彼女らはその修行に付き合ってくれる。
ここまでは問題ない。
それに誰が行くかで争い始めた。
いや、争うようなことでないと思うのだが。
空気が重い。
どうしてこうなった。
「アシュ……ご主人様の修行に協力するのは奴隷の務めでしょ」
「だからその悪乗りいらないって」
「今回お世話になったのは私だし。やっぱり私が恩返しすべきよね」
「それならアタシもすごい斧作ってもらったなあ。正直タダでもらったけどいいのかって思うし、アタシがいくよ」
ジェミーが珍しく、論理的なことを言って割り込む。
「ぐぬぬぬぬ……」
ユーフィリアが唸る。
「ちょ、ちょっとまってくれ。争うようなことじゃないんじゃ……」
なんか怖い雰囲気になりそうなので、その前に俺は落ち着かせようとする。
しかし4人に睨まれて俺は二の句が継げない。
「アシュタールは口を出さないで」
「ちょっと黙っていてくれますか」
「これはアタシたちの問題だから」
「事態が悪化しますよ」
「はい。すいません」
彼女らに強い口調で言われ、俺はシュンとなって引き下がる。
「み、みんなで行けばいいんじゃないでしょうか」
争いを嫌うアイリスが妥協案を提示する。
よくよく考えればそれでいいじゃん。
「みんなで行くのはダンジョン行ったときと大差ないですね。やはり1対1で普段との違いを出す必要があります」
ティライザにそう反論されて、アイリスは黙った。
「やっぱり恩返しという意味で私が」
「逆に言うと、私達にも借りがありますよね。ユフィはここは引くべきでは?」
「こ、ここは本人に選んでもらいましょうか」
ティライザと討論しても勝ち目がない。
それを悟ったユーフィリアがそう提案した。
皆異論はないようで、4人が俺を見る。
マジかよ。
だが落ち着け。
俺は前世では選択肢の鬼だった。
選択肢を選んでいるだけで女性を口説けるゲームをたくさんしていたんだ。
ユーフィリアからは自信に満ちた視線が。
まさか自分以外を選ぶなんてありえない。
そう思っているのだろうか。
ティライザからは面白がっているような視線が。
彼女は本心を知られたがらない。
でも、こんな状況になったのは彼女の影響が大きい。
つまり、ティライザも実は乗り気だったりするのだろうか。
ジェミーからは期待のまなざしが。
その純粋な期待が重い。
アイリスは手合わせて祈るような体制になっている。
神様じゃねーんだからやめてくれ。
いや、邪神なんだけど。
あれ?
これ誰を選んでも絶対うまくいかないよね?
後日火種になる。
これはまずい。
俺はジリジリと後退する。
「まさか、誰も選びもせずに逃げ出すというヘタレなことはしませんよね?」
ティライザが退路を断つ。
「じゅ、順番制でお願いします」
俺は白目になりかけながら、そう言うのが精一杯。
俺のその答えに、各自ため息をついたりガックリと肩を落としたりした。
結局ユーフィリアと、アイランド王国首都ダブラムに行くことになったのであった。