71.地雷を踏みに行く者たち
勇者であるフィオナ・スペンサーは、久々に国王に呼び出されていた。
今回のブリトンとスコットヤードの騒動はほぼ終結。
多額の借金を返済し、ブリトンは耐えれる。
世界中がそう判断した。
この件に関してフィオナは何もしていない。
できることがなかったのだ。
一安心となるや否や、急ぎの用だと呼び出された。
王の執務室の扉をノックし、合図を待って中に入る。
「お呼びでしょうか?」
フィオナの目に映るのは、苛立ったリチャード二世。
部屋の中をうろうろと歩き回っていた。
「何か問題でも?」
「ああ。だがそれはこちらの問題じゃ」
リチャード二世は落ち着くために大きく息をはいた。
「今回の騒動ではお力になれず申し訳ありません」
「おぬしは武人。此度の騒動に武人の出る幕はないからな」
「それで、何用でしょうか?」
フィオナが改めて問うと、リチャード二世は言いよどむ。
「先日の一件だが……」
「どの件でしょうか?」
フィオナは首をかしげる。
「この男の件じゃよ」
リチャード二世が見せたのは新聞記事。
アシュタールである。
「この男ですか……」
フィオナが眉をひそめる。
なにかしらの因縁があることをリチャード二世は感じ取った。
しかしそれを聞こうとはしなかった。
「極秘の調査ということでなかなか進んでいなかったとは思うが、それを本格的に進めてもらいたい」
「前回の話を繰り返すことになりますが――」
フィオナの前置きをリチャード二世が遮った。
「わかっている。リスクを承知の上での話じゃ」
「わかりました。では本格的に調査することにいたします」
今日この話をするまで、フィオナの頭からこの件はほとんど抜け落ちていた。
フィオナも学園で活動している以上、アシュタールを見ることもある。
現状問題行動は見受けられない。
それどころかこの国を幾度も救っている。
正体不明というのは確かに問題がある。
それでもわざわざ相手を怒らせてまで調べることではないと思っていた。
しかしこうやってはっきりと王命を受けた以上、やるしかない。
国王の心境の変化を訝しみつつも、フィオナは了承したのであった。
ヴィンゼントはスコットヤード王城の自室で目を覚ました。
「なぜここに?」
ヴィンゼントは寝汗をぬぐう。
そばにあった水差しの水をコップに入れ、一気に飲み干した。
「しかし嫌な夢を見たな。ブリトンが今日の金を用意できるはずなどないのに……」
そして部屋から出ようとしたときに気づく。
なぜブリトンの邸宅ではなく、スコットヤード王城にいるのか。
そして理解する。
あの出来事が夢ではないということに。
城を早足で歩き、同行した役人を探し問い詰める。
ことの顛末を聞き、エドガーの居場所を尋ねると王の執務室とのことだった。
ちょうどいいとばかりに執務室に向う。
「父上。話があります」
ノックするや否や、返事も待たずにヴィンゼントは部屋に入っていく。
中にはスコットヤード国王ジョージ三世、勇者エドガー。
そしてもう一名。
真っ黒な外套で全身を覆い、頭まですっぽりと隠れている。
顔には仮面をかぶっており、体を一切見せないでいた。
手袋をしており、当然ながら手も見ることはできない。
しかし、その手袋の盛り上がり方が不自然である。
人の手でないことは明白であった。
「この方は?」
怪しい雰囲気の男に呆気に取られ、ヴィンゼントは問う。
直前までの怒りも霧散していた。
「ネヴィルと申します。以後お見知りおきを」
低く、くぐもった声でネヴィルは答えた。
「ネヴィル殿には、とある計画に協力してもらっている」
ジョージ三世ただそれだけを告げた。
ヴィンゼントがそれ以上を尋ねることはない。
必要ならば教える。必要でない情報は与えない。
ジョージ三世はそれを徹底する人物であった。
「では私はこれにて」
ネヴィルは空気を読んで退室していった。
「あの者。どう思った?」
「人間ではありませんね」
「ああ。そうだろうな」
「常に気配を絶っているので、種族はわかりません」
エドガーが控えめながら、付け加えた。
知能がある魔物は色々といる。
しかし、ネヴィルはそれらとは違うようだ。
「気配を絶ち、姿は人外。怪しすぎますな。なぜあのようなものと誼を通じるのです?」
「それだけのものを、もたらすからだ」
ジョージ三世はそうとだけ答える。
それ以上の説明はないであろう。
ゆえにヴィンゼントは話を変えた。
「ブリトンの件なのですが」
「報告は聞いた。ご苦労だったな」
そうは言いつつも、ジョージ三世の声は冷たい。
想像をはるかに超えた事態とはいえ、醜態を晒しかけたとの報告を受けたのだから当然であろう。
「このままでは引き下がれません」
話がこの件に及ぶと、ヴィンゼントの怒りが再燃していく。
「わかっておる。しかし、今回の計略は失敗だ」
このまま続けても埒があかない。
この作戦を継続すれば相手を苦しめ続けることはできる。
しかしそれを乗り越えられてしまったときには、スコットヤードは有効な手立てを一つ失ってしまうことになる。
ここは資金供給を元に戻し、10年、20年先にまた揺さぶることを考えるべきかもしれない。
ジョージ三世は色々と思案をめぐらせていた。
「とにかく、しばらく待て。次の手を打つまでな」
次の手といわれても、ヴィンゼントには想像もつかなかった。
まさか武力を使うわけもないだろう。
このままでは自分が恥をかいただけで終わる。
腕を握り締めながら、ヴィンゼントは退室した。
「このままで済ますものか!」
ヴィンゼントは怒りの形相で廊下を歩く。
侍女たちは怯えながら視界に入らないように避ける。
ヴィンゼントができることは何か。
しかしアシュタールのことはよくわかっていない。
弱点はあるのだろうか。
そう考えるうちにふと思い出す。
そもそも正体を調べられることを嫌がっていたことを。
ならば、それを探ることが最大の嫌がらせとなるであろう。
ヴィンゼントは家来に命じて転移したのであった。
ハミルトン要塞。
ブリトン王国とスコットヤード王国の国境付近にある要塞。
要塞南部には平原が広がっている。
カン・プノー平原。
第六魔災最終決戦の地である。
ハミルトン要塞はスコットヤードが惜しみなく資金を投入した最強の要塞。
ありとあらゆる防御魔法がかけられており、人類最後の砦となっていた。
対魔族用の要塞であり、空を飛んでくる敵に対しても備えは万全。
対空迎撃用のバリスタなど、巨大兵器が多数配置されていた。
現在この地にはスコットヤード王国軍第三騎士団が駐留している。
先日のフメレスの乱に対応するために配置された。
その後事態がさらに動き、ブリトンが暴発した際に備えてそのまま待機していたのである。
「ヴィンゼント殿下。このようなむさ苦しい場所に何用ですかな?」
ヴィンゼントが砦に訪れたと聞き、第三騎士団団長カーティスが慌てて出迎える。
50代の精悍な顔つきの武人であった。
「一つやってほしいことがある」
それはアシュタールの調査。
調査能力がある組織で、今ヴィンゼントが動かせるのは第三騎士団くらいであった。
「ほう。今話題の人物ですな」
カーティスもその名は知っていた。
ヴィンゼントはアシュタールに関する情報をカーティスに教えていく。
正体不明で人間かどうかも怪しいと。
「姿形は完全に人間。なぜそのような疑いが?」
「奴は普段人気を一切出さない。一度戦闘時人気を出したところは見たが、これも怪しい」
普段人気を出さないのは不自然である。
あの時だけ何らかの工作をした。
そう考えるほうがわかりやすい。
「なるほど。しかし人でないとすれば一体何者なのでしょう」
「それを調べるのも任務の一つ。奴の真の目的は謎だが、正体が暴かれることを恐れている。ならばそれを暴く」
「しかしそれは我々の任務ですかな」
本来であれば専門の諜報部隊がやるべきこと。
「対ブリトンのスパイは今再編中だ」
「そうでしたな……。ではこちらから人員を差し向けましょう。ところでこの件は陛下もご存知で?」
カーティスの問いに、ヴィンゼントの顔色が変わる。
独断で動いていることは明白であった。
「先日より第三騎士団の指揮権は私にある」
それはフメレスの乱のときのこと。
その後その指令は解除されていなかった。
戦時中ではないとはいえジョージ三世がその件を忘れているあたり、武力軽視なのが垣間見える。
「今は私の命に従え。ただの調査だ。勝手に戦争をするとか、そういうわけではない」
「了解しました」
カーティスが頭を下げると、ヴィンゼントは満足して去って言った。
「やれやれ。ヴィンゼント殿下には困ったものだな」
一人の老人が禿げあがった頭をかきつつ、カーティスに近づく。
「レナード相談役」
年をとり、引退した将軍である。
引退後もアドバイザーとして、騎士団に同行したりしていた。
「さて、どうするカーティス?」
「陛下に意向を伺うか、このまま動くか、ですか」
「国王陛下は武人を軽んじておられる。我らにたいした情報もよこさず、ずっとここで待機じゃ」
武力を軽視すれば武人は不満を持つ。
「ブリトンの暴発に備えて、必要なことです」
「この要塞は魔族に備えるために作られた最高の要塞。人間にはまず落とせぬよ」
レナードが遠い目をする。
第六魔災を思い出しているのであろう。
カーティスは目の前の人物が第六魔災の生き残りであることを知っていた。
「当時のワシはただの部隊長に過ぎなかった。生き残ったから将軍となった。その後平和が続いたため、たいした能力がないのがバレずにすんだわ」
レナードはカッカッカッと笑う。
二人は窓から外を見る。
目の前にはカン・プノー平原。
そこにある超巨大なクレーター。
第六魔災にて大魔道士セリーナが使ったとされる魔法のつめ跡であった。
それを見ながら、カーティスは決断を下す。
「ここはヴィンゼント殿下に恩を売っておくべきかと。調査くらいで陛下がお怒りになることもないでしょう」
その決断がどのような結末をもたらすのか、彼らは理解していなかった。




