70.運命の日③
「お久しぶりでございます陛下」
ベンは恭しく頭を下げる。
「先日は世話になった。して、本日は何用かな?」
「先日行った融資の件です」
1ヶ月ちょっと前、バンクオブブリトンは政府に4000万ポンドの融資を行った。
これは短期の融資。
その1回目の返済についてだった。
「その件ならすでに終わっていると聞いているぞ?」
リチャード二世が怪訝そうな顔になる。
「それがですね。実はその金額も返済できず、数日待ってもらったのです。本日返済すると」
エルドレッドが恐縮しつつ答えた。
なるほど。
エルドレッドはユーフィリアたちの動向を知らなかった。
だから今日の会談で、ブリトン側が頭を下げると思っていたのだ。
つまり、エルドレッドの考えは以下のようになる。
今日ブリトンはスコットヤードに頭をさげ、ヴィンゼントとユーフィリアが婚約する。
そうなればこの問題は解決。
以前のように融資をしてもらえる。
その金でバンクオブブリトンへの借金を返済すればいい。
というより、スコットヤードは債権ごと買い取ると言うだろう。
それならばこの件は今日まとめてやったほうがいい。
そういうわけで返済を猶予してもらい、ベンを呼んでおいたということだ。
「ちょっと待って、今整理するから」
ユーフィリアがうーんと唸っている。
というか今更そんなこと言われても困るな。
これ大問題だぞ。
ユーフィリアもそれはわかっているのだろう。
あたふたして、部屋中を歩きながら考え事をしている。
その間に3人に経緯を説明する。
ユーフィリアが担保になったことを。
それを聞くやいなや、3人の目が冷たくなる。
「ほおおぉぉ。お姫様の奴隷を欲しましたか」
ティライザが軽蔑した目となる。
「ヘンタイですっ」
アイリスは頬を膨らませて怒る。
「うわぁ……」
ジェミーはドン引きでそれ以上の言葉が出ないようだ。
「ちょっと待ってほしい。かなり誤解があるようなんだが」
俺の精一杯の反論を彼女らは聞こうともしない。
俺が望んだことではないし、奴隷にするつもりも全くないんだが。
「あのー。エルドレッドさん?」
「なんでしょうユーフィリア殿下」
「それで、今すぐバンクオブブリトンに返すお金はあるんですか?」
その問いにエルドレッドは顔をそらす。
「ブリトン通貨であれば。しかしスコットヤード通貨はほぼ空です」
融資はスコットヤード通貨で行われた。
返済も当然同じものを返す。
「それってデフォルトなんじゃないですか」
ティライザが言ってはいけない一言を口にする。
「まだスコットヤードの使者は遠くにいってない。やっぱり一部お金返して! って頼めば?」
ジェミーが思いつきの提案をする。
「そんな恥ずかしいことはできん。それをやってしまうとやはりこちらの資金力を疑われてしまうしな」
リチャード二世が否定する。
「デフォルトよりましなんじゃ」
「今回のケースは普通の政府への融資とは違います。最悪担保があるので、担保を受け取って終わりですね。世間には秘密にすれば、それで解決します。」
ベンの説明に、その部屋が凍りつく。
そして俺を見る目が一層厳しくなる。
「まさか……すべて計画通り!?」
ティライザがもはや汚物を見るような目になる。
「何の計画だっ?」
「ベンさんの行動はあなたの指示通りなんですねっ」
アイリスの見る目も冷たい。
「そういえば、返済を少し待ちますよとベン頭取のほうから提案してくださいましたな」
エルドレッドが余計なことを言う。
「最近忙しいと言っていたのはこの計画を進めるためか」
ジェミーがつぶやく。
「貴様……。ブリトン王国に協力するふりをして娘を狙っていたのか!」
リチャード二世が興奮で顔が真っ赤になる。
「絶対に許さんぞ。ヴィンゼントがありえないのは言うまでもないが、どこの馬の骨とも分からん奴に娘はやれん!」
「いや、落ち着いてこっちの話を聞いてくれ」
俺はなだめようとするが、リチャード二世は全く落ち着く気配がない。
「おい、ベン。きちんと弁明しろ。俺は指示なんか出していないぞ」
「確かに。私はアシュタール様より指示など受けていません」
ベンが首を縦に振った。
ふう、これで多少は落ち着くだろう。
「だが、私の動きはすべてアシュタール様の想定通りなのだろう。皆がこの方の手のひらの上で踊っていたのだ」
「えっ?」
「完璧すぎる。あの日から、すべて計画通りか」
いや、この件は過大評価もいいとこなんだが。
「ヴィンゼントより……。うんそうよね」
なにやら色々悩んでいたユーフィリアが、覚悟を決めた顔つきになった。
「ユフィ?」
ティライザが怪訝そうに見る。
「もういいわ」
「何がもういいんだ?」
俺は嫌な予感がして問う。
「ブリトンには返すお金はありません。契約通りに話を進めましょう」
「ファッ!?」
「ああ。もうそれでいくんですね」
ティライザが諦めたようにため息をついた。
「他に手はある?」
「いろいろあると思いますが、もう決めたんなら仕方ないですね。どうせ人の意見聞かないし」
「おmgくぁ、なんふぉbrしをぽttぬるmd(訳:お前ら、何の話をしているんだ)」
俺は動揺の極みから、いつものように謎言語になった。
「またまたぁ~。何言ってるか分からないけど、分かってるからそうなったんでしょう?」
ティライザが茶化す。
「つまり、4000万ポンドの負債は消滅。ユーフィリア殿下は契約通りアシュタール様の奴隷に、ということでいいのですな」
ベンが改めて確認する。
「ぽっちょむtくぁ(訳:ちょっとまとうか)」
「最初の話では、スコットヤードに売り払えば元は取れるという話でしたが」
ベンが念のため、といった体で尋ねる。
「そんなことするわけないと思いますよ。ねえ?」
ティライザに問われ、俺はこくこく頷く。
元からそんなことするつもりはない。
「やはり……最初からユーフィリアが狙いだったか」
リチャード二世が憤怒の表情になっている。
「いや、話を聞いてほしいんだが」
男に話そうとすれば普通に話せる不思議。
「そんなのわしは絶対に認めんぞ!」
「でも契約ですからね。あと、ちょっと……」
ティライザがリチャード二世を連れて距離を取る。
俺達に聞こえないようにコソコソ話を始めたのだが、俺の邪耳にはまる聞こえだ。
「陛下の懸念に関しては、とりあえず大丈夫です」
「何がだ?」
「ユーフィリアの貞操とか、そういったことですかね」
「なぜ言い切れるっ」
リチャード二世が声を荒げたため、これだけは皆に聞こえたであろう。
「ちょっと前の話なんですが、あの人にとある小柄でほっそりした超美少女が抱いてと迫ったのです。そうしたらパニックになって、わけわからないことを言って逃げ出しました。それくらいのヘタレですので」
小柄でほっそりした超美少女って誰のことなんですかねえ。
「そういうわけでしばらくは安全です」
「しばらくだと……」
「その弱点を解消するのが学園に通う目的だそうで」
「一生解消しなくていいぞ」
リチャード二世は心の底からの発言をする。
俺はそれでは困るんだが。
「そういうわけで、ここは受け入れるということでいいですよね」
「ぐぬぬぬ……」
「まあ対策はこの先考えてください」
リチャード二世は不承不承ながら引き下がった。
「不束者ですがよろしくお願いします」
すべての話がまとまると、ユーフィリアが丁寧に頭を下げた。
これ以前もやったな。
まさか真になるとは思っていなかったが。
それにしてもみなの視線が冷たい。
俺にできることは全力でその場から逃げ出すことだけだった。




