7.転校初日③
俺は様々な活動の場を紹介してもらった。サークル、ゼミ、クラブ。名前は自由のようで、様々な名称があった。
ここはよくわからない薬品や素材が置いてある実験室。
ティライザが一人で試験管に入った紫の謎の液体を振っていた。
眼鏡をかけ、白衣を着ていた。その白衣もずいぶん汚れている。
熱心に活動している証拠だろう。
「おや、どうしました?」
ティライザはこちらを横目でチラッと一瞥したのみで、実験を続けながら話す。
「見学者を一人連れてきたの。一人で謎のクラブ活動なんてさびしいでしょ。活動の宣伝でもしなさい。部員が増えるかもよ」
ユーフィリアは相変わらずねえ、といった感じで腰に手を当てる。
「増えなくても困らないというか、一人のほうが落ち着くのでいらないんですよね」
ティライザが無表情で答える。
様々なマジックアイテム、薬品を作っているようだ。当然その実験も含む。
「ここはティル部。ちなみに名前をつけたのはジェミー」
「ティライザは名前をつけるのが苦手だったのよね。で、ジェミーが適当に言った名前で登録してしまって、以来そのまま」
名前からは何をするクラブなのかは想像不可能。
まあそもそも人を集めようとしてないからどうでもいいようだ。
「マジックアイテムを作ってることが多いですね。本当は魔法の研究をしたいのですが、そのためにも資金が必要。それにはマジックアイテムを作って売るのが一番」
ティライザの説明を聞きながら、俺は実験室を見渡す。マジックアイテムが多々、乱雑においてあった。
マジックアイテム作成には失敗が付き物である。
「そこにあるのは未完成と言うか失敗したマジックアイテムです。勝手に触って爆発しても知りませんよ」
ティライザが興味なさげに言う。
「爆発するの!?」
「うまくいかなかった作品ですから、何が起きてもおかしくないのです」
ユーフィリアのツッコミを軽く受け流すティライザ。
「ふむ」
俺は何気なく指輪を手に取った。
「それは魔力を1%上げるアイテムですね。正直ゴミです」
「1%じゃねー。それじゃ全く実感できないわね」
ユーフィリアも頷いている。
「一応売りに出すなら3%が最低ライン。5%あれば1級品。10%で伝説のアイテムって感じですかね」
「なるほど」
邪神族は武器くらいは持つが、鎧も着ないし、アクセサリーでステータスをあげるという発想もない。
ステータス上昇アイテムというのには上限があるのだ。
これ以上高いステータスの人には効果がない。アイテムが耐え切れずぶっ壊れます、といったことになる。
なのでマジックアイテム作成はやったことがない。
じゃあちょっとこれを改造してみるか。
俺はこっそり力を込めてマジックアイテムを改良してみた。
「うん……? 今すっごい寒気が……」
「ユフィもですか。私もなんか悪寒がしました」
一瞬邪気を出したことで、彼女らにも感じられたのだろう。
発生源は特定されていないようなのでセーフである。
「これは……どうなんだ?」
ティライザにその改良した指輪を差し出す。
よし、珍しく話すのに成功したぞ。
「いや、だからこれはダメなアイテム……えっ!?」
先ほどまでとは打って変わって、すさまじい輝きを放つ指輪にティライザは驚く。
その指輪をあれこれ調べていく。
「嘘……全能力が10%アップする?」
「ええ!? 全能力が上がるなんてありえるの?」
ユーフィリアも驚いている。
ティライザはその指輪をはめて確かめた。
「うん、間違いなく上がってます。こんなアイテムに気付かなかったなんて……」
ティライザはちょっと嬉しそうにしていた。
しかし、その顔がだんだん上気していく。
「なんか顔が赤いけど大丈夫?」
ユーフィリアが心配して尋ねる。
「ハァ……ハァ……。これ、もしかして副作用かもしれないですね」
マジックアイテムには失敗するとマイナスの効果がつくこともある。
マイナスの効果によっては、戦闘時には影響がないこともあるので、そのまま使えるケースもある。
しかし売る場合はその分値段が下がるであろう。
でもおかしいな。俺は付与魔術に失敗なんてしていないはずだが。
「多少の副作用なら許容しないといけないですね。こんなアイテムありえないですから」
「で、その副作用何なの?」
「これは何なんでしょう……? 初めての感覚でちょっとよくわからない。体がふわふわして頭がボーッとします」
そのティライザがふと俺を見る。その瞬間さらに顔が真っ赤になり、ふらふらと俺のほうに近寄ってきた。
「これはまさか……ああ、もうだめ! 耐えられない」
そのまま俺に抱きついてくる。
「ちょっ。なにしてんの!」
ユーフィリアが非難しているのを聞き流しながら、俺は分析してみた。
マジックアイテムを作る行為――クラフトそのものが失敗したということはありえない。
ただし、この指輪には俺の力が込められている。
邪神族の力――邪気。人間には未知なる力。
それに中てられてしまったのだろう。
発情して制御が効かなくなった状態となった。
人間には過ぎた力ということだ。
「ごめんなさいもう無理です。お願いします抱いてください。私を女にして」
ティライザが目を潤ませて、顔を上気させた状態で懇願する。ハァハァと荒い息も聞こえてきた。
「なにやっとんじゃーい!」
ユーフィリアがティライザの指輪を無理矢理はずす。指輪が外れた瞬間、ティライザは元の常態に戻る。
そして俺から即座に距離をとった。
「なんという恐ろしい副作用……これはダメですね」
「危ないと思ったら自分で指輪はずしなさいよ」
「自分の意思でははずせないようになってます。だからもう無理って言ったんですよ」
「それは危ないわね……」
ティライザは俺をジト目で見る。
「ヘンタイ」
「今の出来事で俺に何か落ち度があったか!?(翻訳済み)」
「何いってるか分からないけど、お嫁にいけない体にされてしまった……」
俺の言葉はやはり伝わらないようだ。
「元から行く予定なんてないくせに」
ユーフィリアがツッコムと、ティライザは真顔に戻った。
「女魔道士はそういうもんです。理事長も70年生きて男の噂は一切ないらしいですよ」
「理事長は第六魔災の英雄。真の勇者よ。つりあう男なんているわけないわ」
この学園の理事長は魔王討伐者。大魔道士にして勇者である。
もっともそれは半世紀ほど前の話。
ティライザはユーフィリアが持っている指輪をじっと見る。
「え、なに?」
「色々試したいのでユフィもこの指輪してもらっていいですか?」
「イヤよ。なんで私まで……」
「この副作用が私だけの副作用かもしれないので、他の人にもつけてもらって、テストしないといけないんです。それに私は意志が強いほうじゃないですからね。意志力が高い勇者なら耐えれるのかも」
そういわれるとユーフィリアには断れなかったようで、しぶしぶと指輪をはめる。
「んー。特になんとも……あっ」
効果が少し遅れてきたようで、ユーフィリアがもじもじとし始めた。
「なにこれ……すごいドキドキする。胸が張り裂けそう」
ユーフィリアの顔も赤らんでくる。
「でもこれなら問題なく使えるわね。戦闘なんて興奮状態でやるものだし」
意志力の高いユーフィリアには耐えれる誘惑のようだ。
「どうやら他の人も効果があるみたいですね。そこでアシュタールさんを見ると?」
ティライザに言われるままに俺を見るユーフィリア。
「うわっ。さらにこうなるの……ぐぬぬぬぬぬ」
ユーフィリアは必死に抵抗しているようだ。
「おおおお。さすが勇者。これに抵抗できるんですね」
ティライザが賞賛し、拍手をしていた。
しばらくは耐えていたユーフィリアだが、とうとう限界を迎える。
「ああっ! こんなの反則。だめっ。指輪もはずせない」
そしてふらふらと俺に近寄ってきて、飛びついてきた。
「ああ……ユーフィリアはもう我慢できません。切のうございまする。どうかお情けを下さりませ」
ユーフィリアが耳元でささやく。
さすがにこんなことを言われるとドキドキするな。
国ナンバー1の美少女と評判の第二王女。
その娘が俺に体を押し付け、ベッドに誘ってくる。
当然柔らかい二つのふくらみがあたっている。
上気した体からは大人顔負けのフェロモンが立ち込める。
甘い香りであった。
ユーフィリアは潤んだ瞳で俺の目を見ると、その柔らかそうな唇を俺の唇に近づけてくる。
その瞬間、ティライザは真顔でユーフィリアの指輪を引き抜いた。
「いやあああああああああああああああ!」
指輪が外れると、ユーフィリアは頭を抱えて絶叫した。
「こんなのもうお嫁にいけない……」
「第二王女がお嫁に行けないとか王家の一大事ですね」
「あんたのせいでしょ! 引き抜くの遅くない!?」
「いやー、王侯貴族の誘惑の仕方にちょっとショックを受けてしまい、つい」
大して謝ってない態度のティライザである。
「それに指輪を引き抜かないのはあっちも同罪」
そして俺を指差す。
「確かに……」
「いやちょっと待って。俺は実験をとめるタイミングがわからなくてだな……(翻訳済み)」
「何言ってるかわからないけど、このスケベッ!」
ティライザは聞く耳を持たない。
まあ持ってても聞き取れないけど。
これは完全に罠だ。俺ははめられた。
「落ち着け、俺は性欲がない。そういうのには興味がないんだ(翻訳済み)」
「嘘つけこのドヘンタイがあああああ」
恥ずかしさが怒りに変わったのだろう。ユーフィリアの右ストレートが俺に直撃したのであった。
邪神に生まれてよかった。
ただの人なら間違いなく死んでたね。
「大体なんであんたにだけ発情するのよ!」
ユーフィリアの怒りはまだ完全には静まっていない。
「落ち着いてください。地が出てますよ」
ティライザに指摘されて、ユーフィリアははっとする。
まあ人間怒れば口調もわかるものだ。
「それと、アシュタールさんだけかどうかは試してみないと分からないですね」
ティライザはニヤリとする。
ユーフィリアは青ざめた。
「まだ実験するの……?」
「色々確かめないといけないですからね」
通りすがりの男子生徒に協力してもらったが、その人に発情するということはなかった。
どうやら俺にしか発情しないらしい。
邪気によって人間の体が活性化。その影響で興奮状態になる。
そして邪気によって活性化した体は、邪気の元締めたる邪神――つまり俺に吸い寄せられるということだ。
ためしに俺を遠くにやった場合も調べたが、指輪による発情効果は小さいことがわかった。
「なぜアシュタールにだけ反応するのかしらね」
ユーフィリアは首をかしげている。
「副作用なんてよくわからない効果がつくものです。初めて指輪を持った人物に発情する、といった効果なのかもしれませんね」
ティライザはそう結論付けていた。
ちなみに通りすがりの男子生徒にも指輪をつけてもらったが、当然のように発情。
俺に近寄ろうとした段階で蹴飛ばしたので、ホモォな展開にはならない。当然だ。
当然二人の女子には「スケベ」だの「ヘンタイ」だのひどい罵声を浴びせられてしまった。
俺は性欲などないというのに、ひどい言いがかりである。