69.運命の日②
その答えを聞いたヴィンゼントは唖然とする。
そして理解できないという風に首を振った。
「何を言ってるんです。この期に及んで往生際が悪い。まさか国家破綻の道を選ぶなどという、愚かなことを言うつもりですか」
国家が破綻すれば先日の騒動の日ではない混乱状態になる。
リチャード二世が親ばかであり、ユーフィリアの婚約を嫌がっていることはわかっている。
しかし、この期に及んで私情を優先するなど、一国の統治を任された国王の決断とは思えないであろう。
「そんなわけないでしょう。こういうことよ!」
ユーフィリアの合図で、ティライザ、ジェミー、アイリスの3人が大きな革袋をいくつも運んでくる。
その革袋の中には、スコットヤード金貨が大量に入っていた。
「ふんっ」
それを見てもヴィンゼントの態度は変わらない
「その手口はバンクオブブリトンのときと同じだな。ブリトンの愚民とは違う。どうせインチキをしているのだろう。おい、調べろ」
ヴィンゼントは連れてきた役人に命ずる。
役人は袋の中を調べていく。
調べていくうちに、役人の顔つきが変わる。
「バカな……これらはまぎれもなくスコットヤード金貨です」
「なにぃ?」
ヴィンゼントの余裕が消える。
「それは不可能だ。前回の反省を踏まえて、マジックアイテムの取引は警戒するように伝えた」
スコットヤードは、なぜバンクオブブリトンが資金を用意できたのかを調べた。
アシュタールらが新製品のマジックアイテムを売って、資金を稼いだことは突き止めている。
だから、それは買わないように通達を出した。
もちろんそれ以外にもいろいろと指示は出している。
「これだけのスコットヤード通貨をブリトン人に用意できるわけがない! 両替だって今は制限があるんだぞ」
ヴィンゼントが理解できず苛立つ。
「そうだ。これは間違いなくカラクリがある。インチキに違いない。そうなんだろう!?」
「残念。これは間違いなくスコットヤード通貨ですよ。ヴィンゼント閣下」
ティライザが金貨を1枚取り出し、ヴィンゼントに見せ付ける。
「どうぞご自身の目でお確かめください」
ヴィンゼントは気押されて金貨を受け取るが、ヴィンゼントには本物かどうかの判断などできない。
「こんな、こんなことが認められると思うのか!」
「おや。なぜそんなに焦っているんです?」
ティライザは意地悪な質問をする。
ヴィンゼントの態度から、スコットヤードにはこれ以上打つ手がないことは明白であった。
「この国の借金はまだまだあります。それは今後何十年にわたって返さなければいけないもの」
「そ、そうですヴィンゼント殿下。今回何とか凌いだとしても、次はもう不可能のはず」
ついてきた役人がヴィンゼントをなだめようとする。
「前回も同じように言ってただろうが! 何で2度もこんなことになるんだ。それを説明してみろっ」
ヴィンゼントがわめき散らす。
役人がそれに答えることは不可能であった。
「ブリトン王国を心配していただきありがとうございます」
ユーフィリアが優雅に一礼をしながら、皮肉を言った。
「そこまで心配でしたら、今年度返済分も今すぐ一括でお返ししましょうか?」
「なん……だと?」
それは今回の返済額の何倍もの莫大な金額。
「バカな……そんなことありえるわけないだろ。ハハッ。冗談がうまいなあ」
しかしそのヴィンゼントの引きつった笑顔は、一人の男が部屋に入ってくると消え去るのであった。
**** ****
俺はタイミングを見計らい、いくつもの革袋を持って中に入る。
「なぜ貴様がここにいる!」
ヴィンゼントが叫ぶ。
俺はそれを無視してその袋をヴィンゼントに投げつけた。
「いきなり何をするっ」
抗議の声を上げながらも、ヴィンゼントは袋を開けた。
「ひいいいいいいい」
その袋の中にはスコットヤード金貨と白金貨が入っていた。
「ばかなああぁぁ。一体何が起きている。何が起きているというのだ」
ヴィンゼントは絶叫する。
「これでは話が違うではないか!」
「話が違う? いえいえ、契約通り返済するのですが。話とは何のことでしょう」
ブリトンの内情はスコットヤードに筒抜け。
もちろんそれは皆がわかりきっていることではある。
しかし、このような場で言うようなことではない。
そんなことを自白するほど、ヴィンゼントは動転していた。
「貴様か。貴様の仕業か!」
ヴィンゼントが俺を鬼の形相で見る。
「さて、何のことかわからないな」
俺はすっとぼける。
「貴様だけは……。貴様だけは絶対に許さんぞ!」
ヴィンゼントの目は血走っていた。
ガタッと立ち上がり、俺に近づこうとする。
そのとき、直立不動で後ろに控えていたエドガーが不意に動く。
ヴィンゼントの後頭部を叩くと、昏倒させた。
「エドガー殿! なにを」
役人たちもうろたえるが、エドガーは気にせず席に着いた。
「代理として書類にサインしよう」
エドガーはそれだけを告げた。
ヴィンゼントが暴走したときの措置だろう。
おそらくはスコットヤード国王の指示。
役人がきちんと数え、間違いないことを確認。
そしてエドガーがサインをした。
「ではこれで今回の分と、今年度の分までの返済が完了ということで」
リチャード二世の言葉にエドガーが無言で頷く。
「ではこれにて失礼します」
エドガーが話そうとしないので、お付きの役人がしめの挨拶をして退出していった。
リチャード二世は大きく息をはいた。
そしてユーフィリアらを見る。
「本当に用意するとはな……」
「うまくいく自信はなかったんだけどね」
ユーフィリアも緊張の糸が切れたのか、椅子にへたり込んだ。
「一体どうやって?」
「それは聞かないという約束でしょ」
「そうだったな」
リチャード二世は頭をかく。
「先払いでこれだけ返せば、皆ブリトンはしばらくは大丈夫と考えるでしょう」
俺は皆を見る。
もちろんまだまだ解決すべき課題はたくさんある。
この先スコットヤードに頼らないのであれば、安泰になったとは言えない。
しかし、通貨の下落と信用不安はひとまず治まるはずだ。
「あのー」
恐る恐るといった体で、エルドレッドが部屋に入ってくる。
「なんじゃ」
リチャード二世はたちまち不機嫌になった。
「スコットヤードとの話し合いは終わりましたよね? 次の方をお呼びしてもよろしいでしょうか」
「次じゃと? 一体誰だ」
リチャード二世が不思議そうにしている。
予定にはない客ということだろうか。
その後現れたのは、バンクオブブリトン頭取であるベン・スプリングフィールドであった。