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68.運命の日①

「ふふふふふ。ついにこの日が来たか」


 スコットヤード王国第一王子ヴィンゼントは上機嫌であった。

 ブリトン王国の資金を絶とうとしてから一ヵ月半ほどが経過していた。


――本日。ブリトンの資金が尽きる。


 いや、この表現は正確ではないだろう。

 本日は大口の返済日であった。

 ブリトン王国はその返済額を用意できないのだ。


「思ったよりも耐えたな。だがここまでた」


 スコットヤードは最初の工作が失敗に終わったが、その後も様々な手を打った。

 それは細かな工作ではあったが、ボディブローのようにブリトンをじわじわ追い詰めた。


 ブリトンにいる情報提供者によると、もうお手上げ状態。

 本日の返済額は逆立ちしても出てこない。


「どれ、引導を渡しにいくとしよう」


 本日の交渉にはヴィンゼントが立ち会うことになっていた。

 護衛のエドガー、役人を数人引き連れて、ブリトン王国王城ウォーリックへと向かった。






 ヴィンゼントが王城に着くと、応接室へと通される。

 すぐさまエルドレッド財務長官がやってきて、平身低頭になる。


「これはヴィンゼント殿下。本日は――」

「世辞は不要だ」


 ヴィンゼントは相手の言葉を遮る。

 今回の件に関しては、エルドレッドは何の役にも立たなかった。

 その人物に愛想よくするようなヴィンゼントではない。 


「あ、あの今回の件は……」

「皆まで言わすな。国王陛下が折れれば悪いようにはしない」

「ユーフィリア殿下がここ数日城に帰ってきておりません。学園にも通っていないとか」

「なんだと……」


 ヴィンゼントはエルドレッドを睨む。

 国も家族も何もかも捨てて逃げ出す。

 そういった行動を取る可能性は考えないでもなかった。


 とにかく行動力がある少女だった。

 そういった面もヴィンゼントが好意を抱いた要素ではある。


「陛下によれば、何やらやることがあると言って出かけているから気にしなくてもよいと」

「ふんっ」


 不安は残るが、エルドレッドを問い詰めても仕方がない。

 ヴィンゼントはそう考えて、邪険にエルドレッドを追い払った。


「これはこれは。お待たせして申し訳ない」


 リチャード二世が謝罪しつつ、部屋に入ってくる。


「私自身が待たされるのは問題ありません。しかし残念ですが、返済期日は待つことはできませんぞ」


 ヴィンゼントは胸をそらせている。


「最初に確認させていただきましょう。返済期限が本日になっている5000万ポンドは返済できるのですかな?」


 ヴィンゼントはできるわけがないと確信していた。

 この金額は前々からこの日にあわせて高く積み上げられたものだと聞かされた。


 毎回一定額返すようにするのではなく、返済額において山と谷を作っている。

 経営が下手な者であれば、そのやりくりができないであろう。 


 そういう風に仕組まれていたのだ。

 これは何年も前から用意されていたこと。


 実際に実行するかはブリトン王国次第ではあったが。

 ブリトン王国が強情だったため、このようなことになった。


 非はブリトン側にある。

 ヴィンゼントはそう考えていた。


「そ、それがですね……」


 リチャード二世は汗をかき、言いづらそうにしている。


「はっきり申していただきたい! どうせすぐに判明することですぞ」


 ヴィンゼントは声を荒げる。


 このような状況になったのは近年の、いや半世紀にわたる活動の結果である。

 それが1ヶ月あがいた程度で覆るわけがない。


 もはや答えはわかりきっているのだ。

 そもそも今日まで粘ったことに何の意味があるのか。

 ブリトンの所有する外貨はもうほとんどないというのに。


 ヴィンゼントはそのわかりきった答えを待つ。


 リチャード二世はうめくように答えた。


「申し訳ない。もはやわが国には貴国に返済する資金はない。本日の金を返すことはできない」

「ほうほうほうほう!」


 ヴィンゼントはそれまで押さえていた表情を止め、勝ち誇った顔になった。


「それは困りますなあ~。契約はきちんと果たしていただかないと!」


 ヴィンゼントは椅子を蹴って立ち上がる。


「それで。ブリトン王国はどうなさるおつもりですかな。まさか政府のデフォルトを甘んじて受け入れるなどと、言ったりはしませんよね?」


 ヴィンゼントはリチャード二世の近くまで歩く。


「もちろん。わが国とて鬼ではありません。最近は少し関係が冷えてしまいましたが、それは修復可能だと思いませんか?」


 リチャード二世に顔を近づける。


「そう! 修復するにはやはり証が必要かと。おや、そういえばユーフィリア殿下はいかがしておりますかな?」

「最後かもしれないから数日自由にさせてほしいと言って、帰ってきておらん」

「その親心は理解できないこともありません。しかし、そのまま帰ってこないなんてことはないでしょうな?」


 ヴィンゼントにそう問われ、答えたのはリチャード二世ではなかった。

 バンッという音とともに扉が開かれ、ユーフィリアが応接室に入ってきた。


「そんなわけないでしょうヴィンゼント」


 ユーフィリアは挑発的な目でヴィンゼントを見る。

 しかし、勝利を確信しているヴィンゼントは気にもとめない。


「久しぶりだねユーフィリア。会えてうれしいよ」

「私は別に会えなくてもよかったわ」

「今後はよく会うようになるよ。ああ、あとそのチョーカーの件もあったね」


 ユーフィリアの首には、バンクオブブリトンの担保になるためのチョーカーがあった。


「全く余計な手間をかけさせる。でもスコットヤードならどうにでもできる。もっともそのチョーカーは、契約を変えてまたしてもらうかもしれないけど」


 純粋な力ではヴィンゼントはユーフィリアにかなわない。

 保険をかける必要があるかもしれないのだ。


「さて、国王陛下。この場で了承していただけますね? 両家は和睦します。その証として、ユーフィリアと私が婚約する」


 ヴィンゼントはその言葉の余韻に浸るように、そこで言葉を切った。

 そして確認を取る。


「それでいいですね?」


 リチャード二世はユーフィリアを見た。

 ユーフィリアは重々しく頷いた。


 それを見たヴィンゼントは満面の笑みを浮かべる。

 ユーフィリアがそれを了承したと判断したのだ。


――だが、それは間違いであった。


 ユーフィリアが頷いたのは、うまくいったという証。


「だが断る!」


 リチャード二世は力強く叫んだ。

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