67.仕込み
俺は暗黒神殿の玉座に座り、ぼんやりと考え事をしていた。
ほどなく爺やとジェコが帰ってくる。
「どうだった?」
「そんなリスクのあることをするわけではありません。6層をクリアしたところで本日は終わりです」
俺の問いに、爺やは悠然と答えた。
「しばらくは6~7層の敵を倒しながら鍛えるでしょう。そして十分強くなったと判断したら更に上を目指すかと」
ジェコはつまならそうな顔をしている。
人間の戦いをただ見ているだけというのは退屈なのだろう。
「なら3人で監督する必要もないか」
「ええ、私とセリーナ殿で十分ですね」
爺やが頷くと、ジェコは待ってましたとばかりに話す。
「では私はアシュタール様のおそばに」
「まあこっちも大してやることがあるわけではないぞ」
「なにをするつもりなんです?」
ジェコの質問には答えず、俺は爺やを見る。
「で、間に合いそうか?」
爺やは眉間にしわを寄せて考える。
「正直人間の成長の速さはよくわからないのですよ。ただ、かなりギリギリでしょうね」
「そうか、やはり動く必要があるか」
俺は玉座から立ち上がる。
「何をなさるのです?」
ジェコが問う。
「ユーフィリアたちの目的はなんだ?」
「借金を返すために金を稼ぐことですな」
「どうやって?」
「暗黒神殿の宝物庫から盗むつもりです」
「まあ俺たちから見ればそうだな」
俺はジェコの答えに苦笑する。
「宝物庫の中には何がある?」
「金銀財宝ですね」
「それをどうする?」
「それで払えばいいでしょう」
「スコットヤードが財宝払いを認めればな」
スコットヤードはブリトンを屈服させたいのだ。
財宝のまま払おうとして、財宝払いなど認めんと言われたら負けである。
第一、財宝の価値は時価なのだ。
いくらと認定するかでもめるだろうし、まず無理と考えるべき。
「なら、換金すればよろしいでしょう」
「どこで?」
「スコットヤードがいいでしょうね。どうせスコットヤードポンドで支払いをするのですし」
それはわかっているらしい。
だがひとつ問題がある。
財宝が膨大すぎることである。
これだけの財宝を一気に売りさばくことはできない。
やろうとすれば相当安く買い叩かれる。
物価は需要と供給で決まる。
供給が一時的に増えたら、当然値下がりするのだ。
ゲームのように金塊を99個手に入れた。
店に持っていったら定額で全部買い取ってくれます、とはならない。
色々手分けして、小出しにするしかない。
「それはまた時間がかかりますね」
俺の説明を聞き、爺やは険しい顔になる。
「では、彼女たちはすでに詰んでいるのではないですかな。仮にタイムリミット直前にゴーレムを倒し、財宝を手にしたとしても換金する時間がない」
ジェコがその結論に至る。
「ああ、だから先に換金しておこうと思ってな」
「宝物庫の中の金銀財宝を、スコットヤード通貨に変えるので?」
「バカかお前は」
1000年間誰も来ていない、伝説の最高難易度ダンジョン。
暗黒神殿の宝物庫。
そこにスコットヤード金貨、白金貨があったらおかしすぎるだろ。
「それもそうですな。ではどうするので?」
「宝物は別の場所にまだまだある。それを換金しておくのだ」
俺は財宝を革袋に詰め、スコットヤード王国首都グラーゴに飛んだ。
俺が入った商会は以前アクセサリーを売ったところ。
俺が店に入ると、用件を告げるまでもなく慌てて別室に案内された。
「……二度と会いたくないと言ったはずですがね」
ヴァレフはため息をつきながら部屋に入ってくる。
「残念だが俺は客なんでな」
「商人にも客を選ぶ権利はあります」
ヴァレフはそうは言うが、俺を即追い出すつもりはないらしい。
「買い取ってほしいものがある」
俺はパンパンにつまった大きな革袋を掴む。
「もしそれがマジックアイテムなら、申し訳ありませんが買い取り不可です」
ヴァレフは1枚の紙を取り出す。
「あなたのやったことはスコットヤードでも広まっていますよ」
その紙は新聞の切抜き。
俺の演説時の写真つきで、あのときのことが書かれてあった。
「私は知らぬ存ぜぬで通しましたけどね。あほな商会がありまして、あなたがマジックアイテムを売ったことはすでに政府も知っています」
「喋ったところで碌な目にあわないだろうに」
「歓心を得られるとでも思ったのでしょう。激怒されてしばらく出入り禁止だそうですよ」
ヴァレフは笑った。
「今日売りたいのはこれだ」
俺は革袋を開ける。
「ほおおおお。これほどの財宝どこで?」
ヴァレフは尋ねたあと、頭をかく。
「聞いても無駄でしたね。うーむ……」
ルーペを取り出し、一つ一つ鑑定していく。
「古代ウルグ帝国時代の品物ですね」
「そうらしいな」
暗黒神殿の中にある宝物は古代ウルグ帝国時代のもの。
なぜ古代帝国のものが暗黒神殿にあるのか。
まあ考えても仕方がない。
ヴァレフは話しながらも作業は止めない。
しばらく作業に没頭した。
一つ一つ紙にメモを取った。
作業が終わると、それを書いた紙を見せる。
「ふう……。合計でこんなもんでしょうか」
提示した金額は約300万ポンド。
まあそんなものだろう。
「買い取ってくれるのか?」
「悩んだのですがね。マジックアイテムは買い取るなというお達しは出てますが、財宝はいわれてないので」
ヴァレフはいけしゃあしゃあと言う。
「商魂逞しいな」
「スコットヤード商人ですから」
ヴァレフはむしろ胸を張った。
「一つ確認したいのですが。当然まだまだ財宝がありますよね?」
「ああ」
それは予想しているだろう。だから俺は素直に頷いた。
「またいろんな商会で売りさばいているんですか?」
「いや、今回はそれをする意味もないしな」
ここに限っては前回も意味はなかった。
スコットヤード商人と駆け引きをするのはめんどくさい。
「では今回はどうするおつもりで?」
「できれば、ここでどんどん売りさばいてほしいんだが」
俺の依頼に、ヴァレフは眉間にしわを寄せる。
「なかなか難しいことを言いますね。あなたとは関わりたくないと言ったはずですが」
「次からは別の者に運ばせよう」
「一体如何ほど必要なのですかな?」
そう問われ、ふと考える。
いくら必要なんだろうな。
まあ大体でよかろう。
俺は金額を提示した。
「そ、そこまでっ?」
ん? 多すぎたかな。
「今回買い取ったものを売りさばくのも、すぐできるわけではないですよ」
「リミットは1ヶ月程度だな。一ヶ月半くらい持つかもしれないが」
「なるほど……。ブリトン王国のXデーですか」
今のやり取りだけでヴァレフはすぐに察する。
俺の目的も。
「それなら何とかなるかもしれません。もっとも、できなくても怒らないでくださいよ」
「怒りはしないさ」
そもそもこっちもうまくいくとは限らないからな。
「あなたほどの人がなぜブリトン王国に加担するのですか? 仮にブリトンが崩壊しようが、あなたならいかようにでも立ち回れる」
そう問われ、俺は考える。
なぜここまでするのか。
一瞬ユーフィリアの顔が脳裏にちらつく。
俺は首を振った。
「さあな。俺はやりたいようにやってるだけさ」
そう言って店をあとにした。