6.転校初日②
座学が終わると、あとは選択制となる。
体を鍛える者、各種武器の訓練をする者、魔法を学ぶ者。
冒険者の幅は広い。
それゆえクラス全員が一緒に何かをするということはあまりない。
もちろん何をするかは各自決めてよい。
出欠など取らないところも多いので、サボろうと思えばサボれる。
ただ、サボろうとする者などほとんどいないだろう。
ここは定期的に魔王が発生する世界。
鍛錬を怠るのは結局自分に跳ね返ってくる。
まして、そんな世界で冒険者を志した者が集まっているのだから。
俺は今日転校してきたばかり。
どういうのがあるのかイマイチわかっていない。
さてどうしたものかなと思案にふけていると、前から声がかかった。
「アシュタール君はこのあとの予定とかあるの?」
ユーフィリアである。
「あdhがあldゆh(訳:アシュタールでいいよ)」
「私もユーフィリアでいいわ。もしくはユフィで」
俺にも何言ってるのかわからない謎言語を、完璧に聞き取れるユーフィリア。
これも勇者の力なのだろうか。
「んd、まtいはmtgなnkymみy(訳:んで、予定は何もないよ)」
「よかったらめぼしいクラブの案内をしようか?」
「でclヴおんめgsmdm(訳:できればお願いしたいです)」
わたりに船だったので俺は頭を下げた。
「これ会話が成立してるんですか……?」
アイリスが首をかしげている。
「そのようですね。今のは私にも大体わかりましたよ」
ティライザが誇らしげに言っている。
それは頭を下げたジェスチャーでわかっただけだろう。
ユーフィリアは多少の用事があるようで、あとで合流する約束をして別れた。
その後、遠くからこちらを窺っていた男がやってくる。
「おいちょっと面かせや」
かなりの喧嘩腰で俺を別の場所に連れ出した。
俺はその男に見覚えはない。
柄の悪そうな男に、人気のなさそうなところに案内される。
いわゆる体育館裏って所だ。
俺は前世の記憶を一生懸命思い出そうとしていた。
何しろ1000年以上前のことだ。
その記憶によれば碌なことではないだろう。
そこにはすでに何人かの男が集まっていた。
「転校初日だからって調子乗りすぎじゃね?」
その一人が睨みながら言ってくる。
「すまない。何の話かがわからない」
俺は正直に告げる。この手の輩はイマイチ要領を得ないことも多い。
「この国の第二王女にして学園のアイドル、ユーフィリア様に近づきすぎだって言ってんだよ!」
ヤンキーみたいな男は壁をドン! と叩く。
もっとも魔法で強化された壁は傷一つつかない。
「他の3人も皆ファンクラブがあるくらいの人気だ。馴れ馴れしくしてんじゃねーよ!」
俺は壁を背にして彼らに囲まれた。
「誤解があるようなので言っておくが、俺から彼女らに話しかけたことはない。席が近いのでたまたま気にかけてくれただけだろう」
その言葉に男たちは激昂する。
「そんな言い訳が通用すると思ってるのかコラァ!」
「痛い目にあわないとわからないようだな!」
一触即発の状況になるが、そこで遠くから声がかかった。
「止めたまえ」
一人の男がまたゾロゾロと舎弟を引き連れてやってきた。
同じクラスの男である。指にはいくつもの指輪があり、腕輪もしている。耳にもピアスがあり、すべてが豪華な宝石であった。
すべてマジックアイテムだろう。相当な金持ちであることが窺える。
今は学園指定の制服をきているが、私服も相当派手なんだろうな。
その男が金髪をかきあげながら、軽い口調で話す。
「失礼。部下たちは血気盛んなのでね。少々やりすぎてしまうところがあるのだよ」
「お前が親玉か」
俺が男を見据えると、その男は尊大な態度で答えた。
「ヴィンゼント・エヴァートンだ。田舎者でも名前くらい知ってるだろう」
「知らん」
俺は即答した。歴史に影響を与えた大物ならともかく、クソガキなどさすがにチェックしてるわけがない。
「スコットヤード王国を知らないのか!?」
取り巻きが驚いている。
「それはさすがに知ってる」
俺だって伊達に観察が趣味なわけじゃない。
この国より北方にある、3大国のうちの一つ。この世界最大の人口、国力を持つ国家。
魔王は毎回、大陸南方の端の辺りで発生する。つまり一番北にある国は世界で最も安全だということだ。
魔王による厄災――魔災発生時でも被害をほとんど受けないことも多い。
ゆえに人が集まり、最も発展した国家となっている。
「ヴィンゼント様はその国の第一王子だ。いずれこの世界を統べられるお方。お前も臣下となればいい目を見られるかもしれんぞ」
「ほう」
俺が興味を持ったのを感じたのか、子分は一気にまくし立てた。
「そいつらにも聞いているだろうが、ユーフィリア殿下にちょっかいを出すのはやめてもらおうか。もちろんヴィンゼント様のすばらしさを語るのならかまわんがな。ヴィンゼント様とユーフィリア殿下はいずれ婚約する関係。あらぬ噂が立っては困るからな」
俺はそいつの言葉など聞き流していた。
俺が興味を持ったのは、こんな奴がスコットヤード王国の国王になったら人間社会が荒れそうだな、という点だ。
人間同士の争いも観察するのは楽しい。大河ドラマも毎回見てたしな。
魔族と人間の争いよりも、醜かったりひどかったりするのがポイントだ。
もっとも、当事者として絡まれるのは鬱陶しい。
俺はそう考えながら、制服のズボンに両手を突っ込み余裕で突っ立っていた。
「おい! 聞いてんのか!」
その態度に子分が怒る。
もちろん聞こえてはいるが、性欲のない邪神には関係のない話。
そう、俺は邪神。
前世なら、頭を下げて許しを請うしかなかっただろう。
でも今は違う。
どう対処するかな、と思っていると遠くから来る足音が聞こえてきた。
おれの邪耳には、その足音が誰のものかは容易に特定できた。
今聞いた経緯から考えれば、彼女が来ればこの下らん諍いは終了となる。
「何をしているの!」
彼女は叫ぶと走って向ってきた。
「こ、これはユーフィリア殿。本日もご機嫌麗しゅう……」
ヴィンゼントが慌てて取り繕う。
ユーフィリアがヴィンゼントを見る目には好意がかけらも感じられなかった。
「また寄ってたかっていじめているのね」
「誤解です。彼とは話をしただけですよ」
ヴィンゼントはこのような状態でも優雅な態度を崩さなかった。
芝居じみている。
「こんな武装して集団で一人で取り囲んでおいて、お話ですって?」
取り巻きたちは長剣、大剣、槍など思い思いの武器を携えていた。
「我々は冒険者を志す者。常在戦場の精神でおりますれば……」
ヴィンゼントの家来が控えめに語る。武器を持ち歩くのは当然のことだと。
ユーフィリアはそんな言葉を全く信用しない。
「彼はこれから私と用があるの。借りていくわよ」
「ええ、かまいません。こちらの用事はまた後日といたしましょう」
にこやかに言うと、ヴィンゼントたちは足早に立ち去った。
ユーフィリアはそれを見届けると、緊張を解いて「ふう」とため息をついた。
「危ないところだったわね」
何一つ危ないところなどなかったのだが、俺は感謝を述べる。
こんな人気のないところに来たのだから、話を聞いて慌てて来てくれたのだ。
「vあrぐちょkゆーwえgd(訳:ありがとうユーフィリア)」
当然言えてないのだが、彼女には伝わっているだろう。
「いえいえ、どーいたしまして」
ユーフィリアは笑顔で応えた。
「彼も、あの国もいっつもあんな感じなのよね。尊大で盟主面するから、もうお国柄ね」
そんなヴィンゼントに学園を我が物顔で闊歩されても文句は言えない。
スコットヤード王国は世界最大の経済大国でもある。どの国も頭が上がらないのだ。無論この学園も多額の支援を受けている。
「ところであいつにへんなこと言われなかった?」
「gがおgヴぉこnぐshにふぉっふぁgdnmtじゃゆくm(訳:まあ俺の婚約者にちょっかい出すなってだけかな」
俺が答えると、ユーフィリアは顔が真っ赤に染まった。
「はぁ!? 婚約者なんかじゃないわよ! あっちが勝手に言ってるだけ。何度も断ってるわ」
赤くなったのは照れではなく怒り。それは彼女の声の大きさが物語っていた。