58.新たなる関係
とりあえず興奮した王様がうるさいので、俺とベンは最初に与えられた部屋に戻った。
「正式な契約は任せていいな?」
「はい。お任せください」
ベンは真剣な表情で頷く。
「今回の件は特別扱いとしますので」
銀行は預かった金を運用して利益を出す。
そのお金には、これはAさんから受け取った金だ、といった区別はない。
しかし、今回は違うということだ。
今回の俺の金は預金というより、出資扱い。
子会社に投資ファンドを作ったようなもの。
俺の金で俺の指示通りに投資する。
失敗したら俺の金だけがなくなる。
他の預金者に被害はない。
これもう実質銀行関係ないな。
まあ俺しか金を出していないんだから、最初から銀行を仲介せずにやればよかったという意見もある。
そのへんは流れでそうなったとしか言いようがない。
しばらく経って、ユーフィリアがため息をつきながら部屋に入ってくる。
「そんなため息をつくくらいなら、引き返せるぞ。今ならまだ」
「そっちじゃないわよ。お父さんの説得に疲れただけ」
どうやらリチャード二世がごねているようだ。
国王が納得する前に、勝手に調印することはできないだろう。
彼が納得するまで契約はされない。
「しかし思い切ったことをなされましたな」
ベンは賞賛の意を込めて話す。
「だめだったときの結果は変わらない。時間は稼げるのだから十分でしょ」
このあたり、ユーフィリアはあっけらかんとしていた。
「さっきの挨拶は何なんだ?」
「だって担保になるんだし」
なんかこのあたり俺の認識とずれているような気がする。
「担保をなんだと思っているんだ」
「人質みたいなもの。スコットヤードは東方の小国に人質をおくらせたりしてるわね」
スコットヤードは東国の隣接している国を従属させている。
従属の証として、王子の一人が人質としてスコットヤード王国首都グラーゴで暮らしているのだ。
でも、今回のケースでは俺もユーフィリアもローダン暮らし。
「ほう。その人質の姫様はどこに行くつもりだったんだ」
「あなたの家じゃないの?」
「ちょっ」
それは色々と困る。
俺は普段は転移して暗黒神殿に帰っている。
当たり前だが暗黒神殿に連れてはいけない。
一応この町でマンションの1室を借りている。
学園や役所に提出した書類では、俺の住所はそこになっていた。
家財道具は一式揃っている。
全く使っていないから生活感がないけど。
「yめうむくぁzのmsmふぉ、ぉんbこどろgmもんjぁヴぃrせん(訳:嫁入り前の娘が、そんなことするもんじゃありません)」
どうやら思っていたより動揺していたようで、俺の言葉は意味不明になってしまった。
「ああ、この人動揺するとこんな感じで何言ってるかわからなくなっちゃうのよ」
ベンが首をかしげたのを見て、ユーフィリアが解説する。
クスクスと笑いながら。
「あれほどの群衆の前でも平然としていた方が、今の話程度で動揺するとは意外ですな」
ベンはきょとんとしていた。
そのとき、部屋がノックされる。
「アデラね。入って」
ユーフィリアが声をかけると、一人のメイドが入ってくる。
「姫様。用意できました」
「何の用意なんですかねえ」
俺は嫌な予感がして尋ねる。
「外泊の用意でございます」
アデラの答えを聞いて、俺は頭を抱えた。
「ちょっとまとうか」
「なによ」
「担保って保険だから、人質とは違うんだ」
「人質も保険よ」
ユーフィリアに反論され、俺は言葉につまる。
「約束を破ったときに払う代償……」
俺はその言葉を途中で止める。
人質もそうだった。裏切ったら即処刑される存在。
「と、とにかく。ユーフィリアはこのまま王城で暮らしていいんだよ」
「え、いいの?」
ユーフィリアが驚いて目を丸くした。
「土地とかならともかく、人は自由に動けるわよ。それでは人質、担保としては問題じゃないの?」
「世界は広い。ユーフィリア殿下ほどの実力者ならいくらでも雲隠れできますな。転移魔法も使えるわけですし」
ベンが賛同の意を示す。
「はい。ですので、人質には普通これを装着させます」
アデラは1つのマジックアイテムを取り出す。
首輪である。
「性能的には奴隷に使われているものと同じ。相手の居場所を探知できる機能などがついています。もっとも、この首輪はルビーの宝石つきで立派なデザイン。王侯貴族がつけていても違和感がないものとなっています」
奴隷の首輪。
反抗した場合にビリビリっとくる。
ご主人様に攻撃しようとすると爆発する。
そういった機能が備え付けられている便利アイテム。
当然自分でははずすことはできない。
「ああ、普通の奴隷に使うようなみすぼらしい革の首輪もございます」
「何でそんなアイテム持っているんですかねえ」
俺は半眼になって問うが、アデラは平然として答える。
「こんな機会があろうかと」
どんな機会を想定してたんだよ。
「ああ! 私、奴隷扱いされちゃうのね」
ユーフィリアが悲嘆に暮れる。
「耐えてください。これもこの国のためです」
アデラはハラハラと涙を流す。
「悲劇のヒロインを演じてるとこ悪いんですが、話を進めていいですかね」
彼女たちがなんか演技じみているのは、なんなんだろう。
こういう状況になったことで気が動転しているのかもしれない。
あるいはこうやって気を紛らわしているのだろうか。
さて、奴隷向けの首輪を付けるという選択肢はない。
ないよな?
今日のように高価なドレスを着ていると、奴隷の首輪はすごい違和感がある。
普段ならそこまで気にならないだろうが。
これからも王城で暮らす以上、無難なのはこちら。
「もうそれでいいや」
俺は立派なほうの首輪を指す。
「ではこれをあなたの手で付けてください。それで奴隷契約完了となります」
いや、奴隷じゃないんだが。
俺は心の中でツッコミつつ、首輪を受け取る。
カチッという音がして、ユーフィリアの絹のような肌にぴったりと首輪がくっつく。
「これからもよろしくね。ご主人様」
こうして俺とユーフィリアの関係はよくわからない状態に突入したのであった。




