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54.プロローグ

 ブリトン王国首都ローダンの取り付け騒ぎは無事収束した。

 

 その前の魔族に襲撃を受けたときとは違い、騒動が収ってすぐ町は日常を取り戻した。

 

 俺はオープンカフェで紅茶を飲んでいる。

 つき従うはアドリゴリである。 


「ブリトン通貨で銅貨10枚。スコットヤード通貨なら銅貨7枚となります」


 紅茶を注文するときに定員に言われたセリフがこれ。

 ブリトンの首都ですらスコットヤード通貨が使われている。


 一見すると町は平穏ではあるが、その爪あとはやはり残っているのだ。


 これは由々しき問題。

 だがこれはあくまでこの国で解決すべき事案。


 俺は俺でひとつの問題を抱えていた。


 俺の手には一つの新聞があった。

 新聞の一面にはバンクオブブリトンの件が事細かに書いてある。

 俺の写真つきで。


 あの場で多少目立つくらいは別にいいかと思っていた。

 しかし、こうやって情報が拡散されたことで、俺は一躍有名人になってしまったのだ。


「ふふふ。やっと人間もアシュタール様のすばらしさがわかったようですね」


 アドリゴリは新聞を読んで満足げな顔である。

 まあ邪神としてではなくて、人間としての評価ですけどね。


「畏怖されていないところが問題ですが、それは後日の課題ということで」


 アドリゴリの目の前には大量の新聞が山積みになっていた。


「で、なんだその山は」

「暗黒神殿で待つ同胞に配らねばなりませんので。今日の新聞はローダンにいる邪神族がこぞって買いあさってますぞ」


 アドリゴリがうれしそうに話す。


 まあ出番がなかった覆面の者たちを、そのまま帰すのもどうかと思った。

 それで観光する許可を与えたんだが、何やってんだか。


「ねえねえ、あそこのオープンカフェにいるのって今話題のアシュタールじゃない?」


 遠くにいた女性二人組みの会話が聞こえてくる。

 今日はこういった機会が幾度もあった。

 

 本人たちは遠くからヒソヒソ話をしているつもりだろう。

 しかし俺たち邪神族は耳もいいので聞こえてしまうのだ。

 邪耳(イビルイヤー)持ちなのである。


「えっ。どこどこ?」

「ほら。あそこ」

「本当だ。今回のローダン大騒動を収めた伝説のバンカー」


 それは新聞の記事にも書いてあったこと。

 各種新聞はあらん限りの美辞麗句で、俺を()(たた)えていた。

 

 絶体絶命の危機を救った救国の英雄。

 金融の魔術師。

 奇跡を呼ぶ男。 

 超絶イケメンバンカー


 超絶イケメン?

 まあいいか。


「何で伝説なの?」

「記事読みなさいよ。颯爽(さっそう)と現れ、解決したら消え去った一日頭取。だから伝説になったのよ」

「目の前にいるじゃない」


 どうやらノリノリなのは一人のみのようだ。


「それにかっこいいしね」

「えっ!? イマイチじゃない」


 誰がチョイブサだコラァ。


「新聞にも書いてるでしょ! 超絶イケメンって」


 アイドルとかで、よく見るとたいしてイケメンじゃないも奴いる。

 でもアイドルだとプッシュされているとイケメンに見えてしまう錯覚。

 そんな現象が起きているのだろう。


 もっともそんなのには乗せられない女性も少なくはないのだが。


 その二人はそんな会話をしながら立ち去っていった。

 その会話が聞こえていたアドリゴリが俺に耳打ちする。


「そういえば先日このあたりでナンパなるものをしましたな」

「ああ。あまり思い出したい記憶ではないが」

「今日ならいけそうな気がしますな。追い風が吹いています」

「いかんわ。精神的に疲れるからな」


 こういうのは一過性だ。

 しばらくすれば落ち着くだろう。

 それまでは少し騒がしいのは我慢せざるをえまい。


「あのー?」


 いきなり声がかけられる。


「はい。なんでしょう」

「さ、サインください!」


 若い少女が顔を真っ赤にしながら色紙を差し出す。

 

 さ、サイン……?

 考えてねーぞ。

 

 とりあえず武器に刻んだのと同じく、文字を微妙に崩した感じのサインを書いた。


「あ、ありがとうございます」


 少女はそそくさと走り去っていった。

 

 どうやら曲り角の先に仲間がいたようだ。

 「キャー」とか「いいなー」といった声が聞こえてきた。 


「サインはいいですな。私もほしい」

「お前にはやらん。それより場所を変えるぞ」


 せっかくのいい天気。

 オープンカフェでゆったりしたかったのだが、これでは落ち着けない。


 俺たちが立ち上がったとき、スーツ姿の女性が小走りでこちらに寄ってくる。


「ああ、居た居た。頭取探しましたよ」


 バンクオブブリトンの新米銀行員、マーサである。

 彼女は息を切らしていた。


「もう頭取じゃない」

「じゃあ名誉頭取」

「そんな言葉あんのかよ」


 俺が呆れながら答えると、マーサが興奮気味に身振り手振りをまじえて力説する。


「とにかく、重大事件発生なんです」

「今度はなんだ」

「王宮に呼ばれたんです。国王陛下自ら感謝を伝えたいと」


 マーサは感激しているようだ。

 まあ一国の王様に呼ばれれば、いち国民としては当然の反応であろう。


 しかし俺は国王なんぞに興味はないわけで。


「頭取に行かせればいいだろう」

「もうひとつ問題がありまして。そんなに金が余ってるなら、政府に金を貸してほしいといってきてるんです。これなんて説明すればいいんでしょう?」


 マーサが困った顔をする。

 まあそんな金は無い、で終了なんだが。

 

 王はその説明で落胆するか、激怒するか。

 説明をする役目を押し付けるわけにもいかない。


 それに、この情報は取り扱いに注意する必要がある。

 特にブリトン政府には。

 

「わかった。俺もいこう」


 俺はそう答えて、バンクオブブリトンに向かった。

 アドリゴリは新聞を配達するようなので別れた。


「国王陛下に会うのはなかなかに緊張しますな」


 バンクオブブリトンの頭取であるベンは、すでに礼服姿で待っていた。

 緊張でかいた汗をハンカチでぬぐう。


 俺も礼服に着替えている。


「こちらは助けた側だぞ。ドンと構えてればいい。だいいち、祖父の代から王家とつながりがあるんじゃなかったのか」

「ははは……。最近はそれも薄れてましてね」


 ベンは苦笑している。

 まあ落ち目の銀行だったから仕方がない。

 

 俺はベンを連れてブリトン王国王城、ウォーリックに転移したのであった。

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