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49.邪神の一日頭取①

 ブリトン王国首都ローダンの騒動は今日も続く。

 俺は邪神軍第一軍団長アドリゴリを連れて、とある建物の屋上にいた。


 バンクオブブリトン。通称バンブリ。

 ブリトン有数の銀行の一つ。

 

 この名前なら1位じゃないとダメなんじゃないかと思うが、4位だったか5位だったか。


「ここでよろしいのですか?」


 アドリゴリが確認する。


「有力銀行ならどこだっていいさ。名前が気に入ったんでな」


 俺は下を見下ろす。


 バンクオブブリトン本店を多数の人が取り囲んでいた。

 銀行の建物は魔法で強化されており、一般人にはなかなか壊すことなどできないであろう。


 入り口の扉はいうまでもなく、硬く閉じられている。

 4階建ての大きな銀行。


 俺はその頭取の部屋の窓ガラスを割って中に入る。

 そこは4階だが、飛行(フライト)の魔法を使えば造作もないことだ。


「な、なんじゃ貴様は!」


 驚き、怒りの声を上げるのは頭取のベン・スプリングフィールド。

 中年で丸々と太った男性である。


 その声で慌てて駆けつけた警備兵たちを俺は1撃でのす。


「ひいいい」


 警備兵が倒されると、ベンは尻餅をつく。


「よ、預金を下ろしたいのか!? 仕方ないな、特別じゃぞ」

「俺の目的はそんなことじゃない」

「じゃ、じゃあなんだ? まさか銀行強盗か」

「俺がほしいのはその椅子だ」


 ベンは的はずれのことばかり言う。

 俺はうざったくなって頭取の椅子を指す。


「頭取の座をよこせというのか」

「そうだ」


 これでこの椅子がほしいのか、と実際に椅子を渡されたら思わずぶん殴るとこだった。


「この銀行はわが祖父がブリトン建国王リチャード1世を支援し、作ったもの。それを貴様ごとき青二才に渡すものか」


 ベンは震えながらも拒絶の意を示す。

 思っていたより頑固なようだ。


「その立派な銀行も風前の灯じゃないか。外を見ろ」

「あの騒動は政府の責任。わしらのせいではないわ!」

「騒動全体は国の責任でも、目の前に来た人は自分たちでどうにかする必要がある。この銀行の客だろう?」


 暴動寸前の迷惑な客ではあるがな。


「この建物は普通の人間には壊せん。待っていればそのうち政府が何とかするわ」

「待っていればそれは暴動になる」

「それを鎮圧するのが政府の役目。この銀行には被害はない」


 あくまで他人事だと突っぱねるベン。


「それはどうかな……この窓を見ればわかるように、強化魔法が施された扉とて壊せるものはいるんだぞ」


 俺にとっては半分脅しのつもりである。

 だが、鈍いベンはその意味をはかり損ねた。


「何が言いたい……」

「扉が壊されればこの銀行はどうなるかな。金庫はさすがに壊せないだろう」

「当然だ。金庫自体が硬いうえに、桁違いに強固な防護魔法がかかっている」

「そうなれば違う方法を考える。たとえば暗証番号を知っている者を拷問するとか」


 俺はベンを見る。


「ああああ……」


 その状況を想像したのか、ベンは青ざめる。


「すでに詰んでいるんだよ。だから、その椅子を買い取ろう。いくらだ?」

「私の代でこの銀行を手放すなんてできるわけが……」


 往生際の悪いベンの言葉を遮って、俺はその丸々と太った体を軽々と持ち上げる。

 そして壊れた窓の外に出す。


 もちろん俺が掴んでいるから落下はしない。


「ひいいいぃ、なにをする」

「まだ現実が見えていないようだからな。下を見ろ。」

「やめてっ! 手を放さないでっ」


 ベンはジタバタと暴れる。

 力が足りなかったら暴れたほうが危ないのだが、もはやその判断もできないようだ。


「心配するな。下ろすときは重力制御魔法をかけてゆっくり下ろしてやる」

「結果は同じじゃっ。そうなったらあの群衆に(なぶ)り殺しにされる」

「なんだ、わかっているじゃないか。現実が」

「わかりました。売ります、売りますから戻してください」


 俺はようやく観念したベンを部屋に戻す。


「いくらほしい?」

「1000万」

「強欲だな」

「支払いはスコットヤード通貨でお願いします。もはやこの国の通貨は信用できない」


 お金の価値は政府、中央銀行などによって保障されている。


 前世の話になるが、1万円札は約20円で作れるらしい。

 つまり中央銀行である日本銀行は、その気になれば無限にお金を生み出すことができる。


 だが、もちろんそんなことはしない。

 日銀の目的は物価の安定。

 つまりお金の価値が急に上がったり下がったりしないようにしている。

 

 皆がその政府を信用している。

 だから皆20円で作れる1万円札に、1万円の価値があると判断しているのだ。

 

 ではブリトン王国はどうか。

 すでに信用を失いつつある。


 ブリトンの通貨が日本のように紙幣であったら、もっととんでもない騒ぎになっていたかもしれない。

 しかし前世ほど資本主義経済が発達していないこの国の通貨は金属。


 金貨は金が含まれており、それだけである程度の価値があるのだ。

 しかし、1000ポンドとみなされている金貨が実際に1000ポンドの価値があるわけではない。


 金の値段は上下するし、含有量は少なめで作られているのだ。

 もはやブリトンポンドに信用なしとなったら、金貨は含有している金の価値しかなくなる。

 それは1000ポンドの何割かにしかならないだろう。


 だからベンは、1000ポンドの価値を間違いなく保証する、信用できるスコットヤード通貨でよこせと要求している。


 それはつまり、大銀行の頭取ですらブリトンポンドは怪しいと認めたのと同じ。


「アドリゴリ」


 俺は部屋の隅で直立不動で待っていたアドリゴリに話しかける。

 アドリゴリはいくつかの大きな皮袋を持ってきていた。

 無造作にその1つをベンの前に置く。


 その中にはスコットヤード金貨と白金貨が大量に入っていた。


「要求どおりの1000万スコットヤードポンドだ」

「馬鹿な! これほどのスコットヤードの金をなぜ持っている」


 ベンは袋を開け、信じられないものを見たように驚く。

 先日の通達以降、スコットヤードの通貨は入手しづらくなっていた。


 当然だろう。現状を見て、スコットヤード通貨をブリトン通貨に換えたいなどという人がそうそういるわけがない。


 スコットヤードポンドを要求したのは嫌がらせのつもりだったのかもしれない。

 もっていないなら……と要求を釣り上げるつもりだったのかも。


「商談成立だな」


 俺に完敗したのを悟ったベンはしおらしくなっていた。


「まってください。いきなり路頭に迷うとはちょっと……」

「誰もクビにするとは言っていない。そちらがいいなら副頭取でもやってもらうが」

「えっ! それでいいんですか?」


 素っ頓狂な声を上げるベンに、俺は鷹揚とうなづく。


「さあ、とりあえず行員にトップの交代を告げてもらおうか」

「は、はい。しかし何をしようというのです?」

「それはみなの前で言うさ」


 騒動が気になったのか、頭取室の前の廊下には人だかりができていた。


「と、頭取大丈夫ですか?」


 行員の一人がベンに声をかける。


「ああ。皆に大事な話がある。たった今、頭取が変わった。次の頭取はこの方だ」


 ベンが俺を指し示す。

 

 「だれだ?」「あんな少年になぜ?」「何が起きた?」

 皆が驚き、疑問を口にする。


「私が頭取になったアシュタールだ。色々疑問はあるだろうが、その説明は後日にさせてもらおう。今は皆準備に取り掛かってほしい」

「何の準備ですか?」


 行員の一人に尋ねられ、俺はニヤリとして答える。


「決まっているだろう。銀行業務をする準備だよ。我々は銀行マンなのだから」

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