48.反撃②
翌日。
俺は再度最初の商会を訪れる。
同様の用件を使えると、またも別室で待たされヴァレフがやってきた。
「あなたか……。先日はすっかりだまされましたよ」
ヴァレフは苦笑している。
「まさかいろんな商会に売りさばくとはね。こちらは大損ですよ」
「嘘をつけ。あの値段で買ったのなら、損はしていないはずだ」
爺やに売りつけられたところは大損だろうがな。
ああ、ジェコから買ったところは超黒字です。
「商品を売って利益を上げてこその商売。トントンに毛が生えた程度では許されないのですよ。せっかくの商機が台無しです」
「もう売りさばいたのか」
「ええ、政府が買ってくれましたよ。わが国の政府は羽振りがいいのでね」
それで問題がない。
俺は商人に損をさせるのが目的ではない。
「ところで今日は何をお売りに? まさか前回と同じアイテムがまたあるとか言いませんよね」
「まさか。同じものを売るのに日を置く意味がない。本日はこれだ」
俺は無造作にテーブルに腕輪を置く。
「どれどれ……。なっ! これはっ」
ヴァレフは思わずガタッと立ち上がる。
「じゅ、15%上がっているだと……信じられない」
ヴァレフは鋭い目つきで俺を見る。
「これもいくつもあるというのですか?」
「いや、今俺がもってきているのは一つ限りだな」
「これは世界に一つだと?」
ヴァレフは完全に俺を疑っていた。
まあ仕方がないことかもしれない。
「それは俺にはわからない。前回も言ったようにこれはダンジョンで見つけたのでね」
「白々しい嘘を……」
確かに俺の言葉は嘘だが、これは後日真実になるから問題が無い。
いや、暗黒神殿もダンジョンだから、嘘は言っていないのか。
「もしこれが本当に世界で一つだけの品なら、スコットヤード王家は1000万。いや、それ以上でも買うでしょう」
「羽振りがいいな」
ブリトン王国には絶対に出せない額である。
「それだけ豊かなのがスコットヤードです」
ヴァレフは胸を張る。
そして窓から見える町並みを見た。
「人類で最も安全なのは北の果て。まあ実際の大陸最北端はさすがに気候が寒すぎる。というわけでこの地、グラーゴに人類は最大の都市を築いた」
魔王は大陸の南端に発生する。
必然的に、南になればなるほど損害が大きくなる。
「この地が最後に大きな被害を受けたのは第四魔災。人類が魔族に支配されたときです。第五魔災も第六魔災も、この地に害を及ぼすことはありませんでした。それゆえにこれだけ発展しています。魔災のたびに焼け野原にされる他国とは状況が違うのです」
ヴァレフは語った後、話がそれたと頭をかく。
「話を元に戻しましょう。昨日の今日でこれを売りに行っては、我々が王家の不興を買う。昨日売りつけた品の価値が暴落したのだから」
昨日売った12%強化のアクセサリーは、それが現状最高のアイテムだという付加価値があった。
だからあの値段で買い取ったのだ。
翌日それよりいいのが見つかりました、などとぬけぬけと売りに行ったらそれこそ激怒するであろう。
政府は詐欺にあったようなものだ。
「まさか……あなたの目的はそれか!」
ヴァレフが警戒を強める。
「あなたがどこの誰かを聞いてませんでしたね」
「冒険者の素性を詮索するのか? 意味がない」
「ブリトン人ですね」
残念ながらはずれだが、俺は否定しない。
「普通に売るのではなく、スコットヤード王家から金を騙し取る。それが目的でしたか」
「だとしたら?」
「今回の件のささやかな報復ですか?」
どうやらブリトンで起きている事件についても、この国の人々はすでに知っているようだ。
重大事件は転移できるものが知らせに来るのだろう。
「無駄な足掻きです。スコットヤードはこの程度の損失では小揺るぎもしない。そしてブリトンもこの程度の金では救えない」
「確かに。ブリトンの借金総額には程遠い。今起きている危機を救う金額にもまだ足りない」
俺はそれを認めた。
「ならば。あなたは何をしようというのですかな」
「なに、小さな仕返しだよ。で、これは買い取ってくれるのか」
「お断りします。あなたを信用できないのでね」
ヴァレフは首を左右に振った。
そもそも冒険者など、ごろつきに近い存在。
最初から信頼などしていないはずだ。
その商品の価値を見極めるのが商人というもの。
そしてこういったマジックアイテムの性能は自明である。
「俺を信用しなくても、そのアイテムは信用できるだろう」
「次に20%アップアイテムをもってこられても困る。先ほど言ったように、これをすぐ王家に売るわけにもいかない。いつ暴落するかわからない爆弾を在庫に抱える気はありません」
できればこれをさっさとスコットヤード政府に売りに行ってもらいたい。
奴らが真っ赤になる様を見たかったのだが、俺の望みどおり踊ってはくれないらしい。
俺は諦めて席を立つ。
「そうか。邪魔したな」
「この件は私の心の中にしまっておくとしましょう」
「ほう」
「あなたのような人とは二度と関わらないほうがいい。商人としての感がそう告げております。だから私は今日あなたとは会っていない。それでいいですね」
俺はそれには答えず、無言で立ち去った。