47.通貨暴落
ブリトン王国首都ローダンの混乱は翌日も収まらない。
「えええい!」
国王リチャード二世は怒り任せに椅子を蹴る。
その椅子は足の部分が壊れた。
「ああああああ。この椅子は1000ポンドもするのに……」
エルドレッド財務長官が嘆く。
「細かいやつめ」
リチャード二世が舌打ちをする。
部屋がノックされ、騎士団長ゴードルフが執務室に入り片膝をついた。
「お呼びでしょうか」
「最悪の場合に備えねばならん。町の警備兵で対処できない場合、騎士団で対処せよ」
「そ、それは……」
ゴードルフは言葉につまる。
「暴徒化した場合。騎士団でもって鎮圧せよ」
「守るべき国民に刃を向けよと申されますか」
「ならば、その刃をスコットヤードに向けるか?」
リチャード二世は、最初は怒りに任せてそれを考えた。
しかし、1国を制圧するのは容易ではない。
「ブリトン軍はスコットヤード軍には負けません」
「我がブリトン軍は大陸、いや世界最強じゃ」
ゴードルフの言葉にリチャード二世は頷く。
「しかし、スコットヤードは持久作戦に出るでしょう。一体どれだけの時間がかかるか」
「戦費の問題。他国がどう動くかの問題もありますぞ」
エルドレッドが口を挟む。
「わかっておるわ!」
リチャード二世は壊れた椅子を再度蹴り上げる。
「ああ! 1000ポンドの椅子が」
「もう壊れてたろうが」
リチャード二世はそう吐き捨て、話を変える。
「このままでは国全体が麻痺してしまうぞ」
「王都の経済活動も滞っています。食料の輸送に問題がでれば、飢えた民衆は食料を売っている店を襲うようになるでしょう」
「そうなる前に、どうにかせねばならん」
「実はその件でまたひとつ問題がありまして」
エルドレッドが告げると、リチャード二世は眉をひそめる。
「こんどはなんだ」
「此度のこの騒動で、返すべき借金の額が増えました」
それは正確ではない。正確に言えば以下のようになる。
借金を外国から借りる場合、大抵外国の通貨で借りる。
それを自国の通貨に交換して使うのだ。
借金を返すときはその逆。
自国の通貨を外国の通貨に換える。
問題はその為替レートである。
「この騒動を受けて、ブリトンの通貨をスコットヤードの通貨に変えることを皆渋っております」
今まで1対1でほぼ等価交換できていた通貨が、そうではなくなった。
出入りの商人によると、2対1程度の比率でなければ交換できなくなっているのだ。
100万スコットヤードポンドの借金を返済しなければならないとしよう。
つい先日までは、100万ブリトンポンドを交換すれば返済できていた。
しかし今は200万ブリトンポンドが必要である。
「実質借金が2倍になったのと同じではないか!」
「はい、そうなります」
「おのれスコットヤードめ!」
三度椅子を蹴り飛ばしたリチャード二世に、エルドレッドは何も言わなかった。
「どうする。どうすればいい?」
「2倍の額はどうあがいても用意できません」
「ならば……」
リチャード二世は険しい顔をする。
「そういえば、ユーフィリア殿下に今朝お会いしたのですが、何やら覚悟を決めたような顔でございました」
ゴードルフが報告する。
「戦場に行く前のようなお顔でございましたが……」
「ユーフィリア殿下は聡明なお方。現状を理解して、婚約を受け入れる覚悟ができたのやもしれませんな」
エルドレッドがにこやかに話す。
「貴様。なぜうれしそうにしておる」
リチャード二世がエルドレッドを睨む。
「いえいえ滅相もございません。ただ、婚約を受け入れれば問題はすべて解決しますので」
「それは我がブリトンの完敗ということだぞ!」
「お金、経済に関することでスコットヤードに遅れを取るのは致し方ないかと」
リチャード二世はしばし苦悩する。
その後ため息をつきつつ答えた。
「今夜にも娘と話をしよう。任せておけといって数日でこのようなざまでは合わす顔がないがな」
エルドレッドが満足げにうなずいたのが癪に障り、リチャード二世は椅子を完膚なきまでに破壊したのであった。
「ふふふふふ。国が混乱している様を見るのは楽しいなあ」
ヴィンゼントは上機嫌であった。
ブリトン王都ローダンにあるヴィンゼントの邸宅に戻ってきている。
「殿下。この町は危のうございます。なぜお戻りに?」
屋敷の執事が問う。
「やっぱりこの目で見たくてね。危険は冒さないよ。最強の護衛も連れてきた」
ヴィンゼントの視線の先には一人の黒衣の騎士。
その表情はフルフェイスのメットで見えない。
「勇者エドガー殿ですか。ご苦労様です」
エドガーは無言のまま直立不動であった。
スコットヤードがほこる勇者の一人。
神槍グングニルの所持者でもある。
「しかしよくエドガー殿を連れて来れましたな」
「すごくいい品が手に入ってね。それをあげるからと言ってきてもらったのさ」
エドガーの胸元にはアクアマリンでできたペンダントがあった。
「結構値は張ったが、今までにない性能のマジックアイテムなんだとさ」
数もそれなりに手に入ったので、気軽に渡すことができたのだ。
「あの人ごみを見てごらんよ。あれが遠からず暴動に変わる。そうなったらブリトンは騎士団で鎮圧することになるだろうね」
ヴィンゼントの邸宅は小高い丘にあり、町並みを見下ろすことができた。
「ブリトン自慢の軍というのは、自国民にそうやって自慢するためのものだったんだね。アハハハ。アッハッハッ」
ヴィンゼントは笑いすぎて息が苦しくなった。
「それにしても二手目を打つのがはやかったね。1、2週間くらいあちらの様子を見てもよかったんじゃ」
「国王陛下が申しますに、これまでに鑑みれば、どうせあちらがあの程度で根を上げるわけがない。ならばさっさとやってしまったほうが、相手に手を打つ隙を与えない、とのこと」
執事が恭しく答える。
「父上も慎重だね。まあ私にとってもはやいほうがいいか」
ヴィンゼントは自分で頷くと、再度街の騒乱を見る。
「ブリトンが根を上げるのはいつだろうなあ。奴らに打つ手なんてない。遅くなればなるほど被害は大きくなる。もういっそ今日中にでも白旗を上げればいいのにね」
ヴィンゼントが振り返るが、家来たちは皆無言である。
「そうしたらユーフィリアはこの家に呼ぼう。いまどき婚前交渉は当たり前だし。ああもう待ちきれないよ!」
勝利を確信しているヴィンゼントは有頂天になっていた。
いつもと違う様子に困惑した執事が、「は、はぁ……」と曖昧な返事をするのみであった。




