42.邪神が武器を作るようです②
俺は道具などを取って戻ってくる。
続きの話は教室でするのもどうかと思い、人が来ないティライザの実験室に移動。
俺はジェミーに形状のリクエストを聞く。
「形状まで選べるのか」
ジェミーはうれしそうに紙に絵を書く。
ハンドメイドだからどうにでも作れる。
っておいちょっと複雑すぎねえか。
両刃型なのはまあいいとして、その両刃の真ん中にはこった意匠のデザイン。
絶対に武器としては不要な、とがった角みたいなところもある。
無駄に細い箇所があったり、穴が開いているところがあったり。
ジェミーの考えた最高のデザインとやらになった。
「すっげえめんどくさそうなデザインにしてくれたな」
「こんな形状可能なの?」
ユーフィリアが興味深そうに見る。
「たぶん大丈夫。いや、やってみないとわからないけど」
「鍛冶屋に依頼するのですか? デザイン料が高そうだし、市販品でよくないです?」
ティライザがジェミーの意欲作を台無しにしようとする。
「ええ。それはロマンがないよお」
ジェミーが不満を口にする。
「市販品にはない材料を使うから無理だな」
「売ってない材料ですか。もしかしてダークスチール?」
素材にはランクがある。
亜鉛、銅、鉄というのは元の世界にもあった素材。
ただしこの世界はそれより上のものがある。
霊銀鉱――それを加工したものがいわゆるミスリル。
黒鉄鉱――いわゆるダークスチールである。
ティライザが述べたダークスチールが、人類最高の素材となっていた。
「なるほど。今の斧はミスリル製ですからね。本来ならもっと早くダークスチールにするべきでした」
「いやまあ愛着ってもんもあるしな」
二人の会話はさておき、俺は持ってきた箱を開ける。
「今回の素材はこれになります」
それは白っぽい鉱石。
「なんですかこれ。黒鉄鉱じゃないですね」
「オリハルコン鉱だ」
「ファッ!?」
ティライザが通常ではありえない声を出した。
こいつを驚かせたことに俺は満足する。
「オリハルコンって伝説の金属じゃないの? この世界ではもう取れないって言われてるけど」
ジェミーがあんぐりと口をあけている。
「リディルとか、伝説の武器と同じ素材よね。どこでこんな素材を……?」
ユーフィリアも目を丸くしている。
「実家に伝わる秘伝の素材って奴かな」
「どんな実家なんですかねえ……」
先ほどまで驚きで声も出なかったアイリスが、かすれた声でツッコム。
ユーフィリアはオリハルコンを触って確かめている。
「そんなの使っちゃっていいの?」
「まあ、使い道なくて長年埃を被っていたものだし」
ざっと1000年以上。材料もまだあるから別に平気である。
「ちょっと待ってください。これが本当にオリハルコンかどうかはわかりませんよね」
冷静さを多少取り戻したティライザが、当然の疑問を口にする。
「一族秘伝のアイテムが実は偽物だった。よくある話です」
「それもそうだな。まあ加工することでそれは証明されるさ」
本物を知らない人間に本物であることを証明するのは難しい。
しかし出来上がった武器を見ればわかるだろう。
なので細かい話は抜きにして、さっさと作ってしまおう。
「これまだ鉱石ですよね。どこで加工するんです?」
アイリスが尋ねる。
「そりゃ工房でだけど、その辺はお姫様にお願いするしかないな」
さすがにこんな部屋では加工できない。
俺がユーフィリアを見ると、顎に手をあてて考える。
「ブレアム商会なら大きな工房を持っているわ」
国で1、2を争う規模の商会。
武具、アクセサリーの製作に力を入れている。
ユーフィリアもちょくちょく訪れており、顔が利くとのことだ。
とりあえず行ってみることとなった。
ブレアム商会の本店は繁華街のほど近くにあった。
10階建てで、町でもトップクラスの高い建物。
ここで手に入らないものはないと評判のデパートであった。
俺たちが店に入ると、店員は慌てて人を呼びにいった。
ユーフィリアに気付き、偉い人を呼んだのだ。
「これはこれはユーフィリア王女殿下。ようこそいらっしゃいました」
一人の恰幅のいい中年男性が揉み手でやってくる。
「こちらはロジャー・ブレアムさん。ブレアム商会の現会長ね」
ユーフィリアは挨拶をすると、俺達にブレアムを紹介をする。
いや、知らないのは俺だけかもしれないが。
「それで、本日はどんなご用件で? 噂の件ですかな」
「ああ、違うわ」
ユーフィリアが苦笑する。
時期が時期だ。
お金に関する相談と思われたのだろう。
「工房をちょっと使わせてほしいの」
「そうでしたか。それならご自由にお使いください。すぐに話を通しておきますので」
ブレアムは安堵したようでニコニコ顔で快諾した。
工房は町の中心から離れたところにある。
防壁の近く、南西の町はずれであった。
常時うるさく、事故が起こる工房を人が多いエリアにおけるわけがない。
「おう。きやがったか。話は聞いてるぞ」
俺たちが工房に入ると、ハンマーを握ったまま俺達に近寄ってくる人物が一人。
スコットと言い、ここのトップである。
工房はかなり広く、中では数十人が作業をしていた。
「ちょ、ちょっと親方。姫様になんて口を……」
弟子が慌てている。
「いいんだよこのお姫様はこれで」
「ええ。堅苦しいのは王宮だけで十分」
ユーフィリアが笑顔で話す。
顔見知り以上の関係であるのだろう。
「で、何を使いたいんだい?」
「ええと……」
スコットに問われると、少し困ったように俺を見る。
「鉱石を加工して武器を作りたいのですが」
俺が前に出てスコットに話しかける。
そのついでに箱の中のオリハルコン鉱石を見せた。
「なんだこれ? こんな素材見たことねえぞ」
スコットは見ただけでなく、手触りも調べて不思議そうにしている。
「そりゃないでしょうね。これが本物だったら」
ティライザがつぶやく。
「疑り深い奴だな」
「それが賢者の役目なんで」
「で、これはなんなんだ?」
俺とティライザのやり取りにスコットが割り込む。
「オリハルコン」
俺がそれを告げると、工房にいたものたちの動きが皆止まった。
「はぁ!?」
「あちちちちち」
皆さん驚きで手元が狂ったようだ。
「嘘だろ? この世界にはもうないといわれている伝説の素材だぞ」
「本当かどうかを調べる意味でも、工房を使いたいの」
どうやらユーフィリアも完全には信じていなかったようだ。
軽く経緯を説明すると、やはり胡散臭そうに俺とオリハルコンを見る。
「かまわないけど、どうやって調べればいいかな。そもそも本物を見たことがない」
「調べるとか時間の無駄なので、さっさと加工したいのですが。それが証明にもなる」
「それもそうだな、じゃあやってみるか」
スコットが腕をまくる。
「いえ。あなた方では無理なので」
「ああん!? 俺の腕じゃあ無理だとでも言いたいのか?」
言い方が悪かったのか、スコットは気分を害した。
「いえ、腕の問題ではありません。むしろできるなら任せたいくらいですよ」
鉱石の中には様々な不純物が混ざっている。
それを取り除くことから作業が始まる。
インゴット製作という奴だ。
インゴットとは金属の塊。
たとえば金の延べ棒もインゴットである。
不純物を取り除くには様々な方法がある。
鉄の場合を例に取るとしよう。
鉄の融点は約1500℃。
つまり1500℃で固体から液体に変わる。
そこまでいかなくても、ある程度加熱すると柔らなくなり、分離しやすくなる。
そこで石灰石を投入すると、不純物は石灰石と反応して、石灰石に取り込まれる。
その後も作業工程はあるが、そういう風にして高純度のアイアンインゴットを作るのだ。
「ほう、多少は知識があるようだな」
俺が説明をすると、スコットは眉を上げて少し驚く。
「黒鉄鉱は約8000℃が融点です。それだけ高い温度のものを加工するのは簡単ではありません」
「だから鍛冶屋だって体を鍛える必要がある。熱に耐えうる肉体。人気によってガードしたりする」
さらに言えば鍛冶屋は火属性の人間が推奨される。
火に強くなるからだ。
逆に水属性の人間には勤まらないだろう。
防火効果があるマジックアイテムも使う。
職人たちを見れば腕輪、ピアス、ネックレスなどを装備している。
「ここの設備は1万℃まで耐えうる。俺たちだってそれに耐える。で、何が問題だってんだ?」
スコットが問う。
「10万」
「あん?」
「オリハルコンの融点は10万℃です」




