40.金融国家の謀略①
後日。
ブリトン王国に1つの書状が届く。
スコットヤード王国が融資を停止すると突然通告してきたのである。
借金取りにいきなり全額耳をそろえて返せといわれても、それに素直に従う必要はない。
金を借りるときに、いついつまでに返すかはきっちり決めてあるのだから。
それが通じるのは期日までに金を返していないものにだけ。
大国であるブリトン王国は借金が多いとはいえ、そんな状態ではない。
だから、スコットヤードは金を返せとは言っていない。
これ以上は貸さないと言っているのだ。
ブリトン王国にはそれだけでも大打撃になるのだから。
ブリトン王国の財政は、歳入において約3割を借金に頼っている。
これは毎年その分借金が増えることを意味しない。
一方の歳出においても、やはり約3割が借金返済となっているからだ。
1億ポンドお金を借りています。
期日に1億ポンド返しました。
その日のうちにまた1億ポンド借りました。
この場合実質変化なし、ということになる。
正確に言えば金利分は増えるが。
ただし、こういった状態を業界ではこういう。
自転車操業と。
自転車を漕ぎ続けていれば倒れることはないが、漕ぐのを止めたとたん破綻する。
今回の場合はお金を貸す側が、無理矢理ペダルを奪おうとしているような状態である。
「ジョージ三世め……ここまで強硬手段に出たか」
ブリトン国王リチャード二世はイライラしながら部屋を行ったりきたりする。
「まだ具体的な要求はありませんが、おそらくはユーフィリア殿下の婚約に関することでしょう」
エルドレッドが控えめに推察を述べる。
遠からず会談の場が設けられ、そこであちらは融資再開の条件を提示してくるであろう。
エルドレッドにしても青天の霹靂である。
先日機嫌を取ることには成功したと思っていたのだ。
このようなことをされては、財務を預かる財務長官としての面目は丸つぶれである。
「対抗策は?」
「他からなんとか借りるか、増税あるいは緊縮財政となります」
他から借りるというのは望み薄である。
スコットヤード王国が貸さないと決めた以上、スコットヤード国内の銀行もそれに倣うはず。
最大の金融国家抜きで、それほどの大金が借りれるとは思えない。
そもそもスコットヤードが手を引いたことで、他も融資を渋るということもありえるのだ。
「緊縮と言ってもな。近年できることはやっている。財政も持ち直した」
「赤字の拡大が止まっただけです。本来ならまだまだ削らなければいけなかったのです」
エルドレッドの苦言にリチャード二世は顔をしかめる。
「これ以上何を削るというのだ」
「軍事費です」
「本気で言っているのか」
リチャード二世は驚く。
この世界で軍事力を削ることは、魔王に対抗する力を弱めることと同義である。
ひいては人類の存続にも関わるのだ。
「はい。突き詰めると軍事費というのは究極の無駄です。それに使っている金も、軍人も。軍人が職人となって働けば、それだけ生産されるものも増え、皆の生活が豊かになるでしょう」
エルドレッドの言葉には熱がこもる。
「それをせずにただ己の体を鍛え、戦争を待つというのは人的資源の浪費です。もし戦争が起きなければ、究極の無駄ですな」
「この世界で何十年と生き、その上でそんなことをいえるとはな」
リチャード二世は奇妙な生き物を見るかのような目でエルドレッドを見る。
以前はここまでおかしな考えをするような人物ではなかった。
何者かに吹き込まれでもしているのだろうか。
「私は銭勘定以外、能のない男ですので……」
「軍事力は必要だ。この世界には魔王がいる。魔王が発生する。そしてそれがいつ来るかわからない以上、常に備えるしかないのだ」
「そのお題目でどんどん軍備を増やしていくわけにも参りません」
エルドレッドは首を縦には振らない。
「このブリトンの地は半世紀前に魔王軍に蹂躙され、焼け野原となったのです。その復興だけでも大事業。軍事費を格安に抑えて、復興に専念できるのであればこうはならなかったでしょう」
「そんな楽園のような国があったら苦労はせんわ」
リチャード二世は苦笑する。
「いきなり国庫が空になって、給料すら払えないという事態にはなるまい?」
「それはそうですが……」
エルドレッドはそう言ってはおいたが、一体どれほど有余があるかは疑問である。
昨年は魔王戦争があり、今年もフメレスの乱があった。
それで破壊された王都の復興にも資金を投じている。
「その間に対策を考えるしかあるまい」
リチャード二世はそう締めくくり、愛する娘にこの話を告げるために呼び出した。
ユーフィリアは父、リチャード二世の執務室に入った瞬間、大体の事情を察した。
父がこのような顔をするのは、自分の婚約に関するときが多い。
「またですか」
ユーフィリアは明るく振舞いながら話しかける。
こういうときは親子でスコットヤードの悪口をひとしきり言って、それで終わりである。
家臣たちに見せられる姿ではない。
しかしユーフィリアはこの時間が嫌いではなかった。
政務に忙しい父と心が一つになれる気がするから。
「うむ……。その件なのだがな」
しかし今回はそうはならなかった。
告げられた話にはユーフィリアも驚きを隠せない。
「そ、そこまでするのですか……」
「スコットヤードにはわが国を武力で制圧するほどの力はない。だからこういう策をとるのだよ」
「それで、返事は?」
「無論断りたい。だが奴らの策がこれで終わりとは限らない。ゆえに最悪の可能性として考えておいてくれ」
ユーフィリアは無言で頷いた。
王族に生まれた以上、政略結婚はありうる。
いや、ありうるというより、高確率で政略結婚になるだろうと思っていた。
白馬の王子さまなど存在しない。
でも最初からすべてを受け入れる気はサラサラなかった。
幸いにも戦闘の才能があり、勇者となれた。
魔王を討ち取ることもできた。
それによって自分自身の可能性もぐっと広がったと思っている。
父には申し訳ないが、最悪家を出ることになっても生きていける。
だから、今回の件も自分で何とかしなければならないのだ。
父はいつも通りに過ごしてていいと言っていたが、ユーフィリアはそんなつもりは毛頭ない。
自分で何とかする。
自分と、仲間たちとで。
――そう。自分には仲間がいるのだから。