37.ダンジョン運営③
俺たちが手を加えるダンジョンに、このイプスターが選ばれた。
いや、ユーフィリアたちがここに行くと言ったので、逆にここでテストしてみようということになったのだ。
「敵の数が多すぎる。勇者なら余裕だが、一般の冒険者では辛いだろう。あとメルボルはやめろ」
「狭い通路に置けばメルボルに苦労するだろう。そう思って配置したのですが」
「素人の考えだな。嫌がらせが過ぎると人が来なくなるぞ」
「申し訳ございません。配置を考え直します」
アドリゴリが頭を下げた。
それにあんなのが狭い通路にいるのはおかしい。
いやまあ、元々色々おかしい点はあるんだけどな。
なんで宝箱が自動でわいてくるの?
どうしてボスが復活してるの?
とか、聞かれても誰も答えられないわけで。
「ボスは?」
「とりあえずイビルキマイラを配置しました」
アドリゴリの答えに俺は頷く。
イビルキマイラ。
邪神族が召喚したモンスターは普通と違いかなり強い。
名前にもイビルがつく。けど邪気は出さないので大丈夫。
モンスターの名前も彼女らにはわからない。
ずいぶん強いキマイラだな、としか思わないだろう。
アドリゴリへの指示を終えて、ダンジョンの入り口に戻る。
女の風呂は長い。
そろそろかと思って入り口に戻ったのだが、なかなか帰ってこない。
もうあれか。
イビルアイビジョンで様子を見てみるかな、と思った頃にようやくワープしてきた。
まだ風呂上りで上気した体。水をはじいた麗しい肌。
甘い香りはシャンプーか、彼女ら自身の香りか判別がつかない。
「ちょっと、いやらしい目で見ないでくれますか?」
「そんな目では見ていない。俺は性欲はないといったはずだが」
「絶対嘘ですよね。性欲魔人の癖に」
ティライザが疑惑のまなざしでこちらを見る。
俺が性欲魔人ならお前もう被害者になってたぞ。
「それより、ダンジョンでちょっと見つけたものがあるんだが」
俺はそう言って中を案内する。
それはダンジョンの中盤くらいにあるとある一室。
中には銀色の大きな宝箱があった。
「どう見ても宝箱よね」
ユーフィリアが首をかしげる。
「何でこんなところに宝箱が?」
アイリスも怪訝そうにしている。
「罠の可能性もありますね」
ティライザが警戒している。
皆疑ってるなー。ただ宝箱があるだけで不思議がられる世界。
これが現実です。
「じゃあ罠探知とか罠解除お願いします」
「そんなスキルはこの世に存在しない」
「罠解除(物理)でいいですよ」
「それは罠に突撃しろという意味か」
俺が半眼になって問うが、ティライザはいたってまじめな顔のままだ。
別にいいけどな。まだ罠は設置されてないはずだし。
俺が宝箱を開けた瞬間、ガスと液体が噴出された。
ちょ、罠ないんじゃなかったのかよ。
まあ、毒ガスだろうが俺には効かな……。
「くせえええええええええええええええええ」
俺がくらったのはメルボルの臭い息と樹液。
「うわぁ……」
樹液まみれになった俺に引いているユーフィリア。
「臭いんでこっち近寄らないでくださいね」
ティライザは鼻をつまみながら後ずさりする。
「さっきまでお前らもこの臭いだっただろうが!」
「せっかくきれいにしたんだから勘弁してくれ」
ガサツなジェミーですら俺から距離を取った。
結局俺も着替えに戻ることになった。
4人いれば大丈夫ということで、4人は先に進むそうだ。
俺は暗黒神殿にワープする。
「何でもう罠が設置されてるんだよ! 後々検討するって話だったろうが」
「言われたことばかりではなく、そういったことを即実装してこそ一流。アドリゴリがそう張り切って一晩でやってくれました」
爺やが内幕を説明する。
そんなところ張り切らんでよろしい。
俺は風呂に入って着替えを済ます。
「どうなさいます? 彼女らと合流なさいますか」
「いや、もうクライマックスだろう。俺もあまり戦う気はなかったし、そこは観戦で済まそう」
そう言って、イビルアイビジョンでダンジョンの様子を見る。
ユーフィリア達はダンジョン最深部に到達していた。
結局あれ以降たいした仕掛けも敵もなく、悠々と進むことができた。
「アシュタールは帰ってきてないけどいいよね」
ユーフィリアの言葉に3人が頷く。
そして一番奥の部屋に突入した。
「なにこの部屋」
そこは広い怪しげな部屋。
髑髏が端の棚に多数置かれ、壁には不気味なタペストリー。
怪しい儀式を行う部屋のようであった。
床には謎の魔法陣。
そしてその部屋にて待つはイビルキマイラ。
「あのキマイラ……普通じゃないですね」
ティライザが雰囲気で察する。
「あれがここのモンスターを支配しているのでしょうか」
アイリスが戦闘体制に入りながらつぶやく。
「あのキマイラに知性があるように見えないけど……。倒してこの部屋を調べましょう」
ユーフィリアの言葉を合図に4人はキマイラに向っていった。
「ガアアアアア!」
襲ってきたのを察知したキマイラは咆えた。
同時に魔法を唱える。
それは雷の弾。その弾の移動速度はそれほどはやくはない。
ただし、全員を追尾して襲ってきた。
「くうっ」
ジェミーはかわしても追尾してくるとわかると、その体で受け止める。
かわし続けるながら戦うのも大変。
自分の耐久力に自信があるからでる戦法である。
ユーフィリアは雷の弾をかわしつつキマイラを攻撃し続けた。
問題は後衛の二人。
弾をかわしつつ魔法を使う、というのが非常にやりづらい。
かといってジェミーのように、気軽に体で受け止めるというわけにもいかない。
耐久力がぜんぜん違うのだから。
ティライザは弾から距離をとって、一瞬の隙に魔法を唱える。
「マジックバリア!」
対魔結界が張られ、その雷の弾にぶつかる。
結界の力が勝ったようで、雷の弾は消滅した。
「ふう」
ティライザはホッと息をはいた。
一方アイリスは覚悟を決めて弾を受け止めた。
神官衣がぼろぼろになる。
ダメージも大きかっただろう。
しかし即座に自分で治療した。
最初の対応には苦労したが、それが終わり安定すると、イビルキマイラは次第に劣勢になっていく。
後半に再度雷の弾を放ったが、各自問題なく対処し、イビルキマイラは討ち取られた。
「こんなもんか」
俺は拍子抜けしていた。
「勇者パーティーだから危なげなく討ち取りましたが、それより下の冒険者ならどうなりますかな」
俺は爺やの質問の意図を測りかね、首をかしげた。
「もっとモンスターのランクを下げろと?」
「それも検討すべきかと」
「そのうちここのボスは強いということが知れ渡り、ふさわしいものしかこなくなるさ。無謀な馬鹿は死ぬ。それだけのことだ」
宝を手に入れるにはそれなりのリスクが付きまとう。
負けても殺さず追い返すように、モンスターに指示を出すことも可能かもしれない。
しかしそれは温すぎるように思われた。
この世界は人間には過酷なのだ。
俺は爺やとの話を終え、イプスターに戻った。
「おせえよ。もうボスは倒したぞ」
最深部で開口一番、ジェミーから苦情が来る。
「あとアイリスを見ないでくださいね。あなたがヘンタイじゃないなら」
アイリスは2度の雷で服がボロボロになり、様々な箇所から白い艶やかな肌が露出していた。
もちろん胸やお腹付近のきわどい部分にもあり、恥ずかしそうにしていた。
見るなといわれたのでイビルアイビジョンで見てますけどね。
ヘンタイじゃないので。
「ダンジョンの奥にボスがいて、宝箱を守っている。不思議な話ね」
「誰がこんなことをしているのでしょうね」
「昔はこういうのがあったらしいけど」
「それでも1回倒したら終わり。何でまたここがそうなったのか」
「うーん……」
ユーフィリアとティライザが頭を悩ませている。
「この部屋も怪しいけど、別に何もないわね」
「床の魔法陣もでたらめに書いてあるだけで、特に魔法の力も感じません」
アドリゴリの演出だからな。
ただ雰囲気を出すためだけに、こういうセットを作った。
「別に何でもいいだろ。宝があれば」
「そうだな、とりあえず空けよう」
俺は能天気なジェミーに相槌を打つ。
「はい。じゃあ開けてくださいお願いします」
やっぱ俺ですか。
さっきと同じ罠だったらやだなあ。
ボス倒したあとの宝箱に罠とか普通ないよな。
あったらもう責任者を小一時間説教しよう。
覚悟を決めて箱を空けたが、罠はなかったようだ。
中には金銀宝石がぎっしり、とは言えないまでもそこそこ入っていた。
「おおー」
「悪くないですね」
ジェミーとティライザが中身をチェックしていく。
「でもこんな財宝どこから出てきたのか。誰がこんなことして得するのかしら」
邪神族が得をします。
俺はユーフィリアに心の中で答えた。
「他のダンジョンも全部こうならいいんだけどねえ」
「他のダンジョンも調べるまで、この件は秘密にしておきましょう」
ティライザのその発言に俺は驚く。
え?
ギルドに報告しないの?
それだと広まらなくて困る。
その事実が広まり、ダンジョンは大人気……とはならないのであった。