35.ダンジョン運営①
本日は2度目のダンジョン探索の日。
ブリトン王国より北方、スコットヤード王国の領土内。
スコットヤード王国王都グラーゴの西側にあるダンジョン。
イプスターという名が付けられている。
「よし、ここにいる魔元帥を探し出そう」
「いたらいいなあ。スコットヤードに親切で教えてやるわ」
俺の軽口にジェミーが乗ってくる。
「ちょっと不謹慎ね」
ユーフィリアが眉をひそめる。
「万が一ここで発見したら、どうせ連合軍が結成されるわ」
今度はスコットヤードは前回のことを棚にあげて、連合軍を結成しようと主張するであろう。
ブリトン王国はそれを拒否はしない。
おそらく他国も追随するであろう。
前回の仕返しをする、ということなどできないのだ。
「で、ここは何か期待できるポイントが?」
「ありません」
俺の問いに即座に否定するティライザ。
前回は事前に様々な推察を行い、すごい大当たりを引いた。
いい意味でも悪い意味でも。
今回はそういったものはないということだ。
「前回は新入部員歓迎特別企画です。いつもの部活はこんな感じになります」
ティライザがため息をつく。
「だから私はそんなに参加したくないんですけどね」
「ティルはこういうのに引きずり出さないと、家か部室に引きこもってるからな」
ジェミーは肩をすくめている。
「人手不足だから、というので仕方なく参加してましたけど、新入部員も入ったからもう大丈夫ですよね」
ティライザはそう言いながらも今回も参加している。
嫌々なのか、誘われて実はうれしいのかは俺にはわからない。
ダンジョンの中に入ると皆が身構える。
元々警戒はしていたのだが、中では異様な気配が漂っていた。
あと臭い。
「この臭い……。アンデット系かしらね」
「でしょうね。ということはここにはそれを作り出せる奴が住み着いているということです」
ユーフィリアとティライザが口を被いながら話す。
「きたっ。アイリス頼むぜ」
ジェミーに促されてアイリスは前に出る。ここは司祭の出番である。
「ターンアンデッド」
その魔法により、グール、ワイト、ゾンビといったアンデッド系モンスターが次々と土に還る。
しかし数が多い。
「ハァハァ……」
さすがに数十匹も追い返すと、アイリスの疲労もたまってくる。
「多すぎるわね。一人にだけ負担がかかってるし、もう物理的に倒しちゃう?」
ユーフィリアが見かねて提案をする。
「いえ、さまよいし魂を神の御許に送るのは司祭の務め。普通に倒すより、魔法で浄化すべしと教義にありますので」
アイリスが首を振った。
しかしアンデッドはそこで打ち止めだったようだ。
次に出てくるは下級の亜人。
ゴブリン、オーク、オーガといったモンスター。
「よし行くぜええええ」
ジェミーがはりきって敵に突っ込んでいった。
「アンデッドにゴブリン。なんか規則性がないですね」
真っ先に突っ込まれてしまい、魔法を使う機会が失われたティライザ。
暇つぶしに分析を始めた。
「奥にいるのはまーた魔族かしらねー」
ジェミーが余裕なので、ユーフィリアも参加せず見守っている。
通路もそれほど広いわけでもないので、無理に参加しないほうがよいのだ。
ジェミーは敵を斧でなぎ倒し、余裕で突き進んでいた。
そして通路の角を曲がって見えなくなる。
「さすがに一人で突っ走りすぎ」
慌ててティライザが追う。皆も後に続く。
俺らが曲り角を曲がったところで、ジェミーが必死の形相でこちらに戻ってくるのが見えた。
「?」
俺たち4人は一瞬怪訝そうな顔をする。
しかし、ジェミーの奥にいるモンスターを見て、皆が同じ表情をして全力で戻る。
「うあああああああああああ」
追ってくるモンスターはメルボル。
巨大な食人植物。
そこはまあいい。
問題なのはこいつの必殺技。
臭い息。
睡眠、混乱、毒、暗闇、麻痺、石化、沈黙といった、多数の状態異常を及ばす恐ろしい特殊攻撃。
ああ、全部俺には効きませんよ。
邪神様に状態異常なんて効くわけがない。
ただ臭い。
ものすごく臭い。
そして俺には邪鼻がある。
臭すぎて無理。
だから俺は逃げた。
4人を取り残して逃げた。
身体能力は俺が上。
皆を引き離して逃げた。
「あいつだけはええ」
「卑怯者ーーーー」
後ろからそんな声が聞こえたが無視した。
「あああああああああああああああ」
この狭い通路で臭い息を避けることなど不可能。
俺は彼女らの冥福を祈った。
俺が現場に戻ると、「卑怯者」「裏切り者」「ヘンタイ」などとひどい罵声を浴びせられた。
メルボルは存在そのものが臭い。切ったときに出る樹液も臭い。
メルボルは問題なく倒せたようだが、臭い息と樹液によって彼女らはひどい有様になっていた。
「こういう時って男が体を張るんじゃないんですかね」
「悪いな、臭いのは無理なんだ」
俺は鼻をつまみながら、ティライザの苦情に答える。
「はやほえはー」
ジェミーは混乱しているようだ。いや、他にもいろいろ状態異常はあるんだろうけど。
「キュアー。イレース」
アイリスが一生懸命、みんなの状態異常を解除している。
「ううう、このままじゃあ探索も続けられないわね」
ユーフィリアが辛そうにしている。
「というかメルボルがダンジョンにいるっておかしいでしょう」
ティライザも顔をしかめながら分析していた。
そりゃそうだ。あのゴブリンなどの亜人はどうやって生活してるんだということになる。
さすがに不自然すぎるなこれは。
ここは修正ポイントである。
冒険に多少の汚れはつきものだが、この汚れと臭いのまま続けるのは無理。
ユーフィリア達は風呂に入り、着替えてから戻ってくることとなった。
俺はその間にちょっと探索することを告げる。
「一人で大丈夫なの?」
「メルボルが来たら逃げるから大丈夫」
「……そうね」
心配していたユーフィリアも先ほどのことを思い出し、心配するのがあほらしくなったようだ。
彼女らが去ったあと、俺はダンジョン奥深くまで行き、声をかける。
「――だれかいるか?」
俺の声に音もなく現れたのは、邪神軍第一軍団長アドリゴリ。
「はっ。ここに」
「ちょっとバランスが悪い。あとやりすぎ」
そう。ここは今、俺たち邪神族が色々手を加えているダンジョンとなっていた。
モンスターを配置。宝箱も用意。
最深部にはボスも待っている。
我々がなぜこんなことをしているのかというと、話は先日の邪神会議にさかのぼる。