34.合同訓練③
フィオナがこちらを警戒している理由は何か。
俺の力を何か不自然だと思ったとしても、それだけでは警戒理由にはならない。
人間なら頼もしい味方が増えたと思うはず。
現に周りはそんな感じだ。
じゃあ……。
俺がそんなことを考えている間に、フィオナはユーフィリアたちに挨拶する。
ユーフィリアも勇者ではあるが、同じ学生ということで身近に感じられる存在である。
フィオナはそれとは違い、雲の上の存在という感覚が強い。
そのフィオナが現れたことで、またもや闘技場がざわついている。
ユーフィリアとの挨拶が終わったフィオナが、俺に向って歩いてくる。
「そこの少年、まだ元気よね。私とも模擬戦してくれない?」
それは予想できた提案。
さて、どうするべきか。
俺の何かを探っているのだとしても、戦うことで得られるものはないだろう。
もちろん俺が何かをやらかさないという前提での話だが。
「私とどっちが強いか、なんて言われちゃったらやるしかないでしょ」
「ああ、いやそれは」
聞こえていたことにジェミーが慌てて言い訳しようとする。
「俺はかまいませんよ」
「そうこなくっちゃ」
後々探られる方がめんどくさい。
それに女との戦闘がどれだけできるようになったか。
それを調べるのにちょうどいい相手。
フィオナと戦う機会などそうは訪れないだろう。
もっとも邪気なしでやることになるので、問題となるのは……。
そう思いながらフィオナの腰のあたりを見る。
クラウ・ソラス――別名、光の剣。伝説の武器の一つ。
「ああ、これはもちろん使わないわよ。これは人間に向けるには危険すぎるからね」
「いえ、かまいませんよ」
「ほう」
フィオナが目を細める。
「冗談だと撤回するなら今のうち。この剣は先の魔王の結界すら切り裂いた神剣。本当に命を落とすわよ」
「その剣は聖属性で、魔族特攻もち。つまり闇属性の魔族には効果が絶大」
二重で弱点を突くのだ。
魔族さんが涙目になる武器である。
「闇属性でもない、魔族でもない俺にはそこまで効かないので大丈夫です」
「防御力に自信があるのね。そこまで言うなら本当に使うわ。死んでも恨まないでね」
フィオナは模擬戦の手続きに向かった。
「本当に大丈夫なんですか? 神剣ですよ」
「お、心配してくれるのか?」
「違います、何言ってんですか」
ティライザがぷいっと横を向く。
「ユーフィリアだってクラウ・ソラスは何とかなるだろ」
「そりゃあ私自身が聖属性だからね。クラス・ソラスの威力はかなり制限される。相性がいいのよ」
ユーフィリアがさも当然という風に頷く。
「まあそういうわけで、手の打ちようはある」
「じゃあお手並み拝見といきますか」
ユーフィリアたちはそう言って距離をとった。
二人が向き合うと、開始の合図が出された。
まず落ち着け。
落ち着かないと体もまともに動かないからな。
俺は修行を経て、徐々に改善しているんだ。
「せいやあああ」
目にも留まらぬ速さでフィオナが向ってくる。
剣を振りかぶり、俺目掛けて振り下ろす。
対する俺は左腕でそれを受け止めようとする。
どうせ自動で発動する結界で受けるのだから、別に腕でなくても体でも頭でも効果は同じ。
でもなんとなくそうしたくなってしまう。
その動きを見たフィオナが一瞬躊躇した。
剣の威力を考えれば、普通の人間の防御力など余裕で貫き、腕ごと真っ二つにしてしまう。
強力すぎる武器を持つがゆえ、こういう訓練では気を使っているのだろう。
しかし俺は相手の目を見る。
そんな剣では俺は切れない。いや、フィオナの能力では俺は切れない。
――こいよ。
言葉には出していない。しかし、戦っている相手には無言でも伝わるものがある。
それを感じ取ったフィオナは力いっぱい振り下ろす。
ギイイイイイイイイイイイイィィィィ
俺の万能結界とクラウ・ソラスがぶつかると強烈な異音が発生する。
それと同時に強烈な光も発生する。
二つの力が反発しあった結果だろう。
「うわっ。なんだ!」
みなが目をそらす。
審判の教師は慌てて避難する。
戦いの余波だけでも、彼には危ないのだ。
万能結界にヒビがはいる。
邪気なしの弱い結界では耐えれないということか。
俺はその瞬間フィオナに蹴りを放つ。
彼女はそれを後方に飛び、回避する。
「クラウ・ソラスで切れない結界!? やはりこいつも……」
フィオナが険しい顔をする。
その言葉に俺はピクリと眉を動かす。
気にはなったが、聞くわけにもいかない。
ジェニーのときの斧と違って、どこかを折るとかはできない。
伝説の神剣である。
ならば、柄をつかんでそのまま投げ飛ばせばいいか。
受身のために手を放すだろう。
俺はそう考え、フィオナにダッシュする。
フィオナは剣を前に構えていた。
俺は手を柄に向って伸ばす。
――よしつかめる。
そう思った瞬間、フィオナは剣を振り上げた。
こちらの動きを察知して回避したのだ。
回避動作と、攻撃の動作を一致させた美しい動き。
振り上げた剣を俺に下ろそうとする。
おい、そのタイミングで避けると――
だが、彼女の剣よりも俺の手の動きの方が速い。
俺の腕はそのまま前に突き進む。その先にあるのはフィオナ2つの突き出た物体。
むにゅ。
フィオナのたわわな胸を鷲づかみしていた。
もみもみ。見事なやわらかさである。
「あっ……やっ……」
フィオナは抑えきれず声を漏らす。
驚きで体が固まっている。
俺も体が動かなくなることがあるからよくわかる。
けどどうすんだこれ。
いやもう色々手遅れだけどさ。
「きゃあああああああああああああああああああ」
一瞬の後、フィオナは俺から距離を取り叫んでいた。
「なんだ!? なにがあった?」
ギャラリーの皆さんには、速すぎて何が起きたのかわからなかった人も多い。
見えた人が解説する。
「げぇ! フィオナさまはそういうのが大っ嫌いなんだぞ」
「まずい。逃げろ!」
皆が危険を察知して逃げ出す。
「なにするのよ!」
フィオナは顔を真っ赤にして怒る。
「ぎy、くぁもnでvrぉdくうぃふj(訳:いや、今のはそちらが悪いだろ)」
今のを避けたらそうなる。むしろ揉んでくださいと自分から突き出したようなものだ。
俺には当然の主張だが、フィオナの怒りは収まらない。
いや、そもそも何言ってるか伝わってないだろうが。
「はあああああああああああ」
フィオナの周りに人気が満ちる。
大技を使うつもりだ。
「攻撃力というのは常に一定ではない。怒り、悲しみ、絶望。様々な感情によって大きく上下する。次のフィオナ様の攻撃は人の想像を超えたものとなるだろう」
誰かは知らないが、ギャラリーの人が解説してくれる。
解説してる暇があったら早く逃げた方がいいんじゃないかな。
俺も結界があれば大丈夫だが……。
あれ? 結界消えてね?
精神が乱れてるか。
まあ言葉も乱れてたしな。
「フレア!」
彼女が魔法を発動すると、上空に小さな太陽のごとき火の玉ができる。
それが俺目掛けて落ちてくる。
ゴオオオオオオオオオオオーーン
巨大な曝炎が舞い上がり、俺の周囲を焼き尽くす。
煙幕が去ると、そこには数十メートルのクレーターができていた。
中心には黒い物体が一つ。
はい。フレアで燃えた俺です。
まあ邪神なので余裕で生きてますけどね。
さすがは勇者パーティー。4人は少し離れたところで魔防結界を張っていて、余裕で防いでいた。
そしてトコトコとやってくる。
「く、黒焦げですけど大丈夫ですよね?」
アイリスが心配している。
「あいつはタフだから大丈夫さ」
ジェミーが呆れながらいう。
「勝利よりもおっぱいを揉むことを優先したということですかね。さすがヘンタイ」
「サイテーね」
ティライザとユーフィリアに軽蔑のまなざしを受ける黒い物体。
完全に誤解なんだがなあ。
その日闘技場の一つが大破した。
しばらくは使い物にならないだろう。
俺にも責任の一端があるということで、こってり絞られた。
理不尽な話である。