3.勇者VS邪神
AS暦1005年の初夏。俺はいつものように過ごしていた。
家臣たちは皆出払っているようだ。
まあ訓練とか色々あるのだろう。
今日はどこを観察するかな。と言っても世はなべて事もなし状態なんだが。
む?
そんな風に考えていると違和感を覚えた。
誰か来たが、なんだこの気配。家来達ではない……。
まさか!
玉座の間は広い。まだ相手の姿は豆粒のように小さかったが、邪眼を持つ俺には容易にその姿を判別することができた。
――勇者ユーフィリア・プランタジネット。
間違いない。とうとうこの日が来たのだ!
俺は1000年待ち続けたこの日が来たことに打ち震えていた。
心臓もバクバクといっている。緊張しているのかもしれない。
勇者一行が俺の前までやってくる。
「あなたが……邪神?」
ユーフィリアが俺を睨みつけてくる。
「なんて禍々しい気配……」
賢者の格好をした少女が顔をしかめる。
賢者ティライザ。魔王討伐パーティーの一人。
ミディアムヘアーの青い髪をボブカットにしている。
体つきは小さく、華奢であった。
賢者は冷静沈着であるべし、と思っているようで普段は無表情で感情を表に出さない。
しかし俺の邪気を受けてはポーカーフェイスを維持できなかったようだ。
――邪気。
邪神族の放つ気配。人とは異質の、圧倒的な気配。
ただの人間であればとうに気絶しているであろう。
さすがは勇者一行といったところである。
「こんなところに本当にいるなんて」
ユーフィリアは信じられないといった顔つきである。
彼女の体からは滝のように汗が流れていた。
邪神と対峙するだけで、それだけ消耗するのである。
「ユフィ! どうする!? こんな奴に勝てるの?」
戦士ジェミーが斧を構えながらユーフィリアに判断を仰ぐ。
「ここまで来て簡単に引かせてくれるとは思えないわね……」
ユーフィリアはやる気のようだ。
さすがにこんな状況から逃がしはしない。
神に頼まれたとおり、邪神の恐ろしさを知らしめてからお帰りいただくまでだ。
――さあ。真の恐怖を教えてやろう。
俺は自らの漆黒の大きな翼をバサッと広げ、満を持して話しかける。
「よくjwぐnこしdnくいtnゆyひゃdも!(訳:よくぞ我が暗黒神殿に来たな勇者ども!)」
はぁ? なんだこれぜんぜん喋れてない。
声が裏返るわ噛むわで、自分でも何言ってるのかわからん。
俺は思い出す。1000年以上昔を。前世のことを。
俺は女性と話すのが苦手だった。
若い女性とうまく喋れないのだ。
話そうとするとこうなってしまう。
あくまで前世の話であり、まさか邪神になってもこの悪癖を引き継いでいるとは思ってなかった。
「なにこいつ……言葉が喋れないのか」
「魔族は普通に話せたのですけどね」
戦士ジェミーと司祭アイリスが警戒しながら語る。
「何でもいいわ。やるわよ!」
ユーフィリアが覚悟を決めて叫ぶと、俺に襲い掛かってきた。
「ひゃ、ほttmyちょ!(訳:ちょ、ちょっと待って!)」
「問答無用!」
俺の意味不明の言葉にユーフィリアはそう応えて、戦いが始まった。
「なにこいつ。クッソ弱くね?」
ジェミーが不思議そうに首をかしげる。
俺は血まみれで倒れこんでいた。
「というか攻撃してきませんでしたね」
ティライザがめんどくさそうにしている。
最初の緊張はどこへ行ったのやら。
つまんないことに付き合わされてしまったな、と思っているのだろう。
ああそうだ。女の子とまともに会話すらできない俺が、戦うなんてできるわけがない。
緊張で体が思うように動かなかった。
心臓がバクバクとなり、体がブルブルと震えた。
1000年で初めての勇者との戦いに震えたのだと思ったが、なんのことはない。
女性に会って緊張したのだ。
1000年ぶりだしね。
当然ながら、攻撃するなんてとんでもない。
男がいればそいつをボコボコにして追い返そうと思ったが、全員女のパーティだった。
なんでだよ! 魔王倒したときは男ありパーティーだったろ。
「アイリス?」
ユーフィリアが司祭であるアイリスを見ている。
アイリスは自分のブラウンの髪の先を指先でいじっている。
責められると思っているのだろうか、少しあたふたしていた。
「ええええと……でも私の村に伝わる伝承はほんとだったじゃないですか。暗黒神殿は確かにありました」
アイリスは必死の弁明を試みる。
なるほど、彼女らがここを知ることができたのは、伝承を伝える村出身の娘が身近にいたからか。
「確かにあったけど、魔王をはるかに超える圧倒的存在――邪神。そして魔王軍を1日で蹴散らせる邪神軍。そんなのどっちもないじゃない」
あれ? そういえばこいつらなんでスルーパスでここに来れたんだ? 部下たちも戦ってないのか。
「そんなこと言われましても……。私は伝承を一字一句間違いなく伝えただけで……」
アイリスの声は小さくなっていく。
「というかこいつが邪神かどうかも怪しいよね」
ジェミーが当然の疑惑を口にする。
俺も自分で疑問に思ったわ。いや間違いなく邪神なんだけどさあ。
「それは間違いないと思うけど。我が暗黒神殿って言ってたし」
ユーフィリアがそういうと、3人は驚く。
「えっ!? あいつの言葉理解できたの?」
「ええ……だいたいは」
ユーフィリアは若干困惑気味に応えた。
「まぢですか」
ティライザは半信半疑どころか、全疑といった眼差しでユーフィリアをみている。
「まああいつの言語なんてどうでもいいか。ところであいつ死んだのかな?」
余裕で生きてます。俺はジェミーの疑問に心の中で答えた。
俺はオートリジェネがついている。これは自動でHPが回復する能力だ。
あとは復元能力。これがあると体が元通りに戻る。頭だろうが心臓だろうが復元します。HPがある限り。
この再生力のほうがこいつらの火力より高い。ゆえにこいつらに俺を殺すことなど不可能。
今の俺はHPフル。完全な状態である。
もちろん一時的に傷はついているから、血まみれになってはいるが。
ゆえに彼女らは俺が死ぬ寸前だと思っているようだ。
常識的に考えれば元気なら起きない理由がないわけで。
今起きても話がややこしくなるだけなので、倒れたままで話を聞いている。
「まだ息はあるけど、ほっとけば死ぬでしょう」
「生き残ってもどうでもよくないですか? 弱い邪神の様な者が1体だけいる謎の神殿。第一、1000年目撃情報も被害もないんですよ。ホント時間の無駄でしたね」
ティライザはさっさと帰りたいようだ。1000年間、人に危害を加えていない。だから無害だしどうでもいい。人間から見ればそういう風に見えるのか。
「時間の無駄かどうかはまだわからない。探索したらお宝があるかもしれないじゃん。最高難易度ダンジョンなんだぜ」
「わざわざ邪神を倒してもドロップはありません、とか伝承に残ってるんですよ。お宝も望み薄じゃないですかね」
ジェミーの提案に否定的な見解を述べるティライザ。
「一応一通り回ってみてみましょう。かなり広いから時間はかかるでしょうけど」
「はーい」
ティライザは不承不承といった感じで返事をした。
そして勇者一行は玉座をあとにした。