27.エピローグ
すべてが終わったあと、俺はその場に悠然と立っていた。
そこに部下たちが戻ってくる。
さあ、褒め称えるがいい!
「ちょっと! あんなのにアポカリプス撃つ必要ありました!?」
あれ? 苦情?
文句を言っているのは第8軍団長モルゴン。
こいつは小言がうるさいんだ。
「いや、無いけど俺が本気で戦うのって1000年で初めてだし……」
「別にいいんです。あんな奴どうぶち殺そうが。でもこれ見てくださいよ。あなたの庭ですよ?」
えぐれた地面ははるか彼方まで続き、山は吹き飛んでいた。
はい。俺の庭です。
青々とした草が生い茂る草原。美しい山々。
それらが台無しだった。
「あの吹っ飛んだ山に、一応別荘があったんですよね」
第五軍団長ガレスがさびしげにつぶやく。
うだうだ文句を言っているが、この程度このことは言わせてもいい。
俺は批判を一切受け付けない狭量な主ではない。
だが、すべての決定権は俺にある。
「直せ」
邪神である俺がそういえば、家臣であるこいつらの答えは決まっていた。
「嫌です」
「全力でお断りします」
「そこは、『いえすまいごっど』だろうが!」
俺は手をビシッとだしてつっこむ。
「それはちょっと言えないですね」
「喜んではやれないんで……」
モルゴンを筆頭に、文句を言う邪神族たち。
「ごちゃごちゃうるせえ!」
「ぐわはあぁ~」
ガレスが吹っ飛んでいって星になった。
「ああ、ガレス殿~」
「ほらな、やっぱりガレス殿に行くんだよ」
邪神族たちは一様に頷いた。
王都ローダンの篭城戦は翌日にはほぼ終結した。
魔法生物やグールは数だけは多かったが、命令する魔族がいない状態ではまともに機能しなかった。
防壁を壊すことも、門を開けることもできず、ただ一方的に攻撃を受けるのみ。
魔族を相手にする必要のなくなった主力、魔道士の魔法によりそれらはほぼ一掃された。
「おつかれ」
俺はティライザにジュースを差し出す。
ティライザは汗が滝のように流れ、いつもの賢者のローブがびっしょりと濡れていた。
そのまま壁にのしかかり、下に崩れ落ちる。
「ありがとうございます。でもあなたも魔法が使えるんだから働いてくださいよ」
魔道士隊はかなりの被害を受けた。
そのためティライザなど、動ける魔道士に負担が重くのしかかった。
「俺はもう十分働いたからな」
「本当ですかね……」
ティライザは受け取ったジュースをゴクゴクと飲む。
「魔力が尽きたってやれることはありますよ、あんなふうに」
ティライザが指差した方角を見ると、皆が復旧作業をしていた。
町はかなりの被害を受けており、元通りになるまでは時間がかかるであろう。
作業しているものの中に、見慣れた大柄の少女がいる。ジェミーであった。
「勇者パーティーの戦士が瓦礫の片付けか……」
それはなぜか哀愁を感じさせた。
「防壁の上から一方的に遠距離攻撃するだけでいいので、出番がないんです」
「弓を使えばいいだろ」
「最初は使ってたんですけど、隣で広範囲魔法を使ってたら、『こんなちまちまやってられっかー』と防壁から飛び降りて暴れ始めたんです」
「アホだな」
「騎士団長のゴードルフさんがやってきて、当然のように大目玉です。そして今はあそこにいます」
クラスを間違えたな、と言いたいところだが、どうせ普段はちまちま魔法なんて打ってられっかって思うのだろう。
どんな状況でも活躍できるクラスなどないということだ。
アイリスは当然のように、教会で負傷者の治療をしているそうだ。
ユーフィリアは――という話になったところで、遠くから声がかかった。
ユーフィリアが手を振りながらやってきたのだ。
「大変そうね」
ユーフィリアは疲労困憊のティライザを労わる。
「もう終わりました。それにこれは私たちの責任。この程度では到底……」
ティライザは下唇を噛む。
ユーフィリアも頷いていた。
「責任ってなんだ?」
俺が問うと、ユーフィリアは伏目がちになる。
「こんな事態になったのは私たちがあいつを発見したから。発見しなければこんなことにはならなかった」
被害は小さくない。死者もかなり出した。
だが――
「それは違う」
俺がそう断言すると、二人は俺をじっと見る。
「この世界の人間にとって魔族と戦うのは義務。生まれたときから決まっていたこと。宿命だ」
それは世界のルール。
魔族は災害。
人類に必ず訪れる厄災。
「お前らが発見しなければ、下の世代がいつかはそのツケを払うことになる。そのほうがよかったというのか?」
俺の言葉に、彼女らは強く首を横に振る。
「だから今回の件に責任があるとしたら、それは第一にフメレスを倒さなかったくせに報告しなかった奴だ。そのせいで人類は400年も見逃した。第二にそういう事情とはいえ、400年も気付かなかった人類だ。そのせいで奴があんな戦力を持つに至った」
ユーフィリアとティライザはすこし目が潤んでいるように見えた。
「だからフメレスを発見したことは功績であって、失態じゃないんだ」
「そうね。そう言ってもらえると気が楽になったわ」
ユーフィリアに笑顔が戻る。
「ええそうですが、あいつを見つけてしまったときあなたもいましたよ。なんか他人事じゃないですか」
ティライザに指摘されて俺は苦笑する。
「そうだったな」
邪神族は人間じゃない。だから魔族と戦う義務はない。
まあそれを抜きにしても、俺は観察好き。
他人事のように見るのは癖のようなもの。
1000年そんな感じで生きてきたのだ。
一休みしたティライザは自宅に戻った。
体がベタベタするので、シャワーを浴びて着替えるのだとか。
「あの……」
二人きりになったところで、ユーフィリアがおずおずと話しかけてくる。
「どうした?」
「昨日の夕方のことなんだけど……」
俺はドキリとした。
「最後のほう、意識がちょっと曖昧なんだけど……。もしかしてアシュタールに会った?」
「ああ、倒れるときにちょっとこっち見たかもしれない。じ……エウリアス先生が運んだんだよ」
「そうなんだ。先生にお礼言っとかないと」
ユーフィリアは走っていった。爺やを探しに行ったのだろう。
俺は少し嘘をついた。昨日の夕方の出来事を。
あのときの気持ちがなんだったのか。
よくわからない。
俺は言葉にすることができない。
だから今はこれでいいと思った。